3章 26話 2節
ハルカと出会ってから、タクの常識は
どんどん非常識に塗り替えられていく。
今、目の前に現れた男は、
女性しかいないクールン人でもなければ、
タクと同じスノートールの軍人でもない。
しかも一般人が立ち入ることが不可能な区域で、
ティープら何人かの隊員に銃を突きつけられているのである。
なのに、男は動じる様子もなく、
両手を掲げて降伏のサインは送っているものの、
その態度は降伏しようという人間の様子ではなかった。
むしろ、勝ち誇ったような表情である。
男の不遜な態度は続く。
「私の名前は、リュウドンゴン。
聞いた事もなければ、データベースにも
登録されていない名前だけどね。
これからよく耳にする名詞になると思う。
憶えておいてくれたまえ。
明日があれば。の話であろうだがね。」
「しゃべるな。後ろを向け!」
ティープは更に銃の照準を男に合わせた。
男は少し上半身を後ろに逸らす。
「まぁまぁ。待ってって。」
と言いながら右手を前方へと流し、おいでおいでをするように
掌を前後させた。
素振りは同じだが、落ち着け!待て!と言ったニュアンスの仕草である。
ヴォン!
その瞬間、タクの耳の奥に重苦しい音が響く。
周囲の気圧が変わったかのような感覚に似ていた。
「うっ!」と思った瞬間、反重力装置をつけたスーツの
機械の部分がバチバチと火花を散らす。
怪我をするような火花ではなかったが、バンッ!と軽く爆発すると
スーツのLEDランプが一斉に暗く消えた。
慌ててタクは周囲を見る。
自分だけでなく、部隊の全員の精密機械の部分がショートしたかのように
破裂していた。
と、一気にタクの身体に重さがのしかかる。
この場は地面に反重力装置が埋め込まれており、マークサス特有の
重重力の影響は受けないはずであったが、
身体が重くなり、思わず片膝を崩した。
必死に倒れこまないように力を入れる。
だが、スノートールの軍人たちは全て、重い錘を担がされたように
態勢を崩していた。
普通に立っているのは、ヒナと呼ばれた少女だけである。
ヒナは周りの男たちが崩れていく様を見て驚きの声をあげた。
「何?どうしたの?」
ヒナの言葉でティープは何が起きているのか把握する。
ヒナとスノートールの陸戦隊員たちの違いは
反重力スーツを着ているか?着ていないか?の違いしかない。
その証拠に、ヒナと同じクールン人であるハルカは
のしかかった重さに耐えきれず、両膝、両手を地面に付け、
土下座の格好で地面にうつ伏せ状態で身体を支えていた。
それはつまり、反重力スーツの反重力機能が失われた事を意味する。
この反重力スーツは子供用と大人用で差はあるが、
ティープが着用しているもので、実に40キロの重量があった。
40キロの重量がありながらも、反重力装置の機能で
その重さを感じさせない作りになっていたのである。
その装置が壊れれば、ティープは40キロの鉛をつけた服を
全身に着ているのと同様である。
まさにその事が、今起こっているのだった。
地面に跪いたハルカの元にタクが必死に駆け寄る。
鉛を背負っているようだと言ってもタクのスーツの重量は35キロである。
一歩も動けない事はない。
ハルカの隣でしゃがむと、ハルカのスーツの肩口、脇腹、腰、ふとももに
付けられたフックを外していく。
ドサッ!
ハルカの身体から外れたスーツは鈍い音と共に地面に落ちた。
続けて自分のスーツのフックも外していく。
タクと同じように陸戦部隊の隊員も、
半数は腕の重さに耐えながら銃口を構え、
半数がスーツを脱ぎにかかっていた。
ティープの横でベイノもスーツのフックを外しにかかっている。
「今のは、ジャミング攻撃か?
油断していた。」
電子機器を無効化するジャミングによる攻撃は
一般的な攻撃手段である。
文明の進んだこの時代でも、携帯用の武器で最強なのは、
結局は原始的な火薬を使った物理主体の攻撃である。
アナログな銃が主流なのは、銃が電子機器を必要としないからである。
単純な物理の攻撃に対抗するためには、
同じく物理で防がなくてはならない。
結局、攻撃手段として有効なのは、いつの時代も物理なのであった。
電子機器を使ったハイテク装置は、
同じくハイテクの兵器に無効化されるからである。
しかし、ベイノらはジャミング攻撃をモロに受けてしまった。
狭い範囲の指向性のあるジャミングなら、
ブレスレット程度大きさの機器で発動させることが出来る。
彼らが油断していたのは、
着慣れない反重力スーツを着用していたからだった。
反重力スーツは超が付くほどのハイテク機器である。
普段は着用しない装備であるため、
ジャミングに弱いという弱点を失念していたのだ。
ドサッ!
ベイノが来ていたスーツも地面に脱ぎ捨てられる。
ベイノは素早く銃を構え、ティープに合図する。
「大佐も早く。」
ベイノの合図でティープも反重力スーツのフックを外しにかかるが、
敵はその時間の猶予を与えてはくれない。
男は声高らかに笑う。
「お粗末だな。
スノートール屈指の陸戦隊員が同伴と聞いていたが、
噂ほどではない。
やれっ!」
男の合図と共に、左右の木々が大きく揺れた。
木は12~3メートルの高さがあり、
木々が揺れたというのは、頭上の高い部分の枝が
ザワザワと揺れたのである。
タクは視線を音のする方に向けた。
すると、何やら黒い物体が枝から枝へと飛び移っているように見える。
それは人の形をしているように感じた。
だが、どんなに身体能力がある人間でも
木と木の枝を飛び移るような事は出来るわけがない。
しかも数は一つや二つではなかった。
5・・・・・・いや10以上の個体が飛び回っているように見える。
そして、その内の1体がバサッ!と隊に向け飛び降りてくるのが見えた。
タクからは距離が離れていたが、その個体は
一瞬にして陸戦隊員の目の前に降りると
右手を振りかざし、叩きつけるように隊員の一人を殴りかける。
ぶしゅー!
殴りかけられた隊員の身体が、叩きつけられた腕の力で
ぐにゃっと折れ曲がると、大量の血が噴水のように空へ向け
吹き飛んでいく。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
ハルカの悲鳴が木霊する。
降り立った物体は、人のような形をしていたが、
太い首、身長に合わない肩幅、張り出た肩と胴回りより太い腕と脚。
見開いた目は赤く充血していた。
ほとばしる鮮血を浴びながら、そこに居たのは
人とは思えない異形の生命体だったのである。




