2章 24話 6節
マークサスへ向かうための準備が始まった。
戦闘が起こる想定ではなかったが、帝国はFGを投入する予定であり、
タクはスノーバロンの調整に余念がない。
そんなタクの元に、暇を持て余したハルカが顔を出した。
「タクー、いるー?」
昇降エレベータでコックピットまで上がってきた彼女は
座席で操縦桿の感度調整をしているタクに話しかける。
タクは視線を合わせずに声の主に応えた。
「いるよ。
そっちの準備は終わったの?」
「準備って、特にないし・・・・・・。」
ふとタクは手を止め、何か必要なものはないか?と考えた。
別に旅行に行くわけでもなく、
目的を達成したら直ぐにでもブレイズに戻ってくる予定だったので
確かにハルカが準備するモノは思いつかない。
「そっか。じゃあ、待っててよ。
もう少しで整備終わるから。
ハルカもスノーバロンと一緒に大気圏に突入するんだしさ。」
カチカチカチと操縦桿を少しずつずらしながら
モニターに映る丸い円を捉えるように調整する。
基本はスーパーコンピュータ「バッカー」が全て計算してくれるが、
パイロット特有の癖というものが存在し、
その癖をも組み込んだ計算をさせるためには、
このような微調整が必要になった。
これは一見無駄な事にように思えて必要な調整である。
全てをコンピュータ制御に任せ、
コンピュータに人が合わせたほうが効率は良かったのだが、
それでは「誰でも簡単に操縦出来てしまう」事になる。
万が一、敵に奪われたりした場合など、
スノーバロンを敵に使われてしまうのだ。
だからと言って何段階も認証システムを組み込むのは、
緊急発進などの際に邪魔でしかない。
従って、FG1機1機にパイロットの癖を組み込むことによって、
正規のパイロットでなければ、
スノーバロンの性能を最大限発揮できないようにしてしまうのである。
これは逆に言えばデメリットでもある。
例えばタクが負傷し、ティープが代わりに
スノーバロンに乗った時でも同じことが起きてしまうが、
そういう状況のメリットよりも、敵に奪われた際の
デメリットを考慮した設計だと言えた。
正規パイロットじゃない者が乗っても、
まったく使えないわけではない。
このように各FGとパイロットは強い結びつきを持っていた。
タクの言葉にハルカは
「よいしょ!」と声を出して、二人乗りのスノーバロンの
助手席へと飛び込む。
FGへの乗り込み方も、大分サマになってきているのだが、
カチカチカチとレバーを動かしながら微調整するタクは
ハルカを気にも止めていないようである。
それが逆に、ハルカの心の余裕を生み出した。
「ねぇ、タク?」
「ん?どした?」
「タクってさ、恋人とかいるの?
好きな人とか~?」
「戦争中なんだ。
いるわけないだろ?」
「そっか。」
何か安心した表情で言ってしまった少女は、
自分の不用意さに気付いて、慌てて言葉を続ける。
「私ね。
全部片付いたら、恋をしてみたいんだ。
私のお母さんね、軍人さんと結婚させられたんだけど、
本当に好きになった人だったみたいでさ。
私はお父さんの顔も見た事ないんだけどさ。
お母さんはいっつも会いたがってたし、私たちにも逢わせたがってた。」
タクは黙ってハルカの言葉を聞いていた。
何か言える事でもなかったし、何か言えるほどの人生経験もない。
少しの間を置いて、ハルカは椅子に深く座ると、
天井を見上げながら言葉を続ける。
「ねぇ、タク。
クールン人ってやっぱりキモイのかな?
魔法を使ったり、何かを感じたりしちゃうのって
気持ち悪いかな?
クールン人は恋とかしちゃダメなのかな?」
ハルカの言葉に、タクは作業の手を止めた。
おもむろに上半身を起こすと、ハルカを見る。
タクの視線に気付いたハルカも横を向いた事で
タクと目が合った。
タクは驚くほど、キョトンとした表情をしている。
釣られてハルカも目を見開いた。
「なによぉ、その顔~。」
「だって、ハルカが気持ち悪いわけないじゃん。
愛想もあって、大人たちにあんなに可愛がって貰ってて、
誰もキモイなんて思ってるわけないじゃないか。
そんな事言い出すとは思わなかったよ。」
「あれは、皆が優しいから~。」
少し口を尖らせて少女は拗ねた。
彼女が聞きたいのは、大人たちの、周りの評価ではない。
そんな一般的な評価ではない。
特別な評価だ。
どんくさい奴!とハルカは心の中で訴えた。
その願いが聞き届けられたかのように、
タクはさらっと言葉を紡ぐ。
「ハルカは可愛いよ。
大丈夫、恋だってなんだって出来るさ。
そのために俺たちは努力してるんだから。」
「そのため!?」
ハルカの顔が赤くなる。
少女はタクの言葉の意味を最大限に受け取った。
彼女の妄想が加速する。
ハルカの恋のために、タクが努力するという事は、
つまり、そういう事である。
と、彼女は受け取った。
自意識過剰かも知れないと思いつつも、そう受け取った。
急にタクから視線を外すと、後ろに振り返り、
バクバクした心臓を押さえるのに必死になる。
こんなハルカをちょろいと思ってはいけない。
何故なら彼女は長い研究所暮らしで、同じ歳位の男の子と
会話した事もなければ、恋愛話も皆無な少女だからである。
圧倒的に経験が足りない女の子なのである。
だが、そういう観点であるならば、
孤児として生まれ、幼少期から生きる事だけに精一杯だった
タクも負けてはいなかった。
「約束するよ!
ハルカは俺が幸せにする!!」
「くふっ!!!!」
ハルカは思わず、口の中の空気を一気に飲み込んだ。
心臓が止まるかもしれないというほど激しく
自分の耳に心音が聞こえるかのようなぐらい振動している。
少し身体の力が抜けていくような感じで
ハルカはコックピットの座席をゆらゆらと立ち上がった。
もちろん、タクには背中を見せたままである。
「そっか、期待しているネ!」
と頑張って声を張った。
若干、棒読み気味だったかもしれない。
でも、ハルカは自分を褒めたいぐらいに頑張った一言だった。
おずおずとコックピットから這い出ては、昇降エレベータに移動する。
途中、チラッとタクを見たが、
操縦桿を左右に動かし、ハルカの事はもう気にしていないようである。
完全に作業に戻ってしまっていた。
「ばぁか。」
ハルカはボソッと呟くと、昇降エレベータのスイッチを押した。
たぶん、顔はまだ赤いままである。




