2章 24話 3節
しんみりとした空気になった事に気付いたアトロは話題を変える。
「しかし、クールン人。魔法。
にわかには信じ難いものです。
この部屋に、ブレイダーを呼んでもよろしいでしょうか?
彼は私の側近になります。
彼にもこの話は通しておきたい。」
アトロの要望をゲイリは承諾すると、
部屋にブレイダーが入ってきた。
簡単な説明をブレイダーに行う。
常識のある彼は、まず眉をしかめた。
「魔法とは・・・・・・。
信じられませんな。
可能であれば見せてもらっても?」
ブレイダーの要望は当然である。
魔法を直接確認する事なく、話を信じたアトロが異端なのだ。
ブレイダーの視線を受けたハルカはゲイリを見る。
魔法の使用は、禁止されており、
彼女がスノートールの被保護者である条件であったからだ。
視線を受け止めたゲイリも暫く考える。
だが、信じてもらうには実物を見せる事が手っ取り早い。
「ハルカ君。特例だ。
あまり特例なんてものは使いたくないんだが、
君たちクールン人の未来がかかっている。
一瞬だけ魔法の使用を許可しよう。」
その言葉にハルカは、わざと右手をテーブルの上に挙げ、
ことさら大げさに指で空中にクルクルと円を描く。
実はそんな事はしなくてもいいのであるが、
視覚的にわかりやすいように、
魔法のモーションを付与した形であった。
ハルカの指の動きにつられて、
テーブルの上のコップがゆらゆら動くと、
右に左にと傾きながら、まるでダンスをしているかのように踊る。
カツン!コツン!とテーブルを叩く音も
リズムを刻み、6つのコップがブレイダーの前で横に並ぶと、
揺れ動くタイミングを合わせた。
ブレイダーは関心した表情で唸る。
「ほぉ。
なるほど。
これは凄い。」
ブレイダーは片手でハルカに合図を送ると
コップの動きは止まった。
彼は動いてきたコップを、それぞれ所有者の位置に戻す。
どれが誰のコップなのか覚えているようであった。
そして、ゲイリに視線を流す。
「ガイアントレイブは人体実験を?
確かにサイバー兵士の研究は昔から行われておりましたが、
人の手でどうこうするより、AIやロボットで代用できると
結論付けられたのではなかったですかな?」
クールン人の魔法を、彼は軍事研究の産物だと思っているようだった。
ゲイリが訂正する。
「いえ。
クールン人の発見は、偶然の産物なのですよ。
それを軍事に利用しようとしただけで、
当初から軍事目的で研究されていたわけではないようです。
確かに、物体を宙に浮かせたりなどは
クールン人でなくとも、反重力装置を使えば可能。
今のコップのダンスも、コンピュータ計算させて
テーブルの傾きを調整し、反重力装置を使用すれば再現は可能です。
だが、クールン人の力は人々の予想を上回った。
家庭で花火を楽しむのと、
都市を壊滅させるほどの爆弾を使用するのでは、
全く話が変わってきます。
ここにいるハルカ君は、花火ほどの魔法しか使えませんが、
ワルクワにいるルカゼ君の魔法は、核爆弾にも匹敵する。」
「ふむ。
ハルカお嬢ちゃんを含む、クールン人を受け入れ、
人間社会との共存を模索する事は、反対はしません。
ですが、ルカゼという少女はどうなさいます?
ワルクワも、彼女を利用しようとしているといお話でしたが?」
「はは。
そこが頭の痛い問題です。
正直、どうしたらいいのか?わからない。
一旦は、ハルカ君らクールン人を受け入れるという事で
アトロ殿下と協力体制を構築する。
というところが精一杯ですね。
理想では、スノートールがクールン人を受け入れる事で
ルカゼ君が、満足してくれないものかと。
彼女は恐らくガイアントレイブに復讐さえできれば、
その後は、クールン人の生活の安定を望んでいるだけだと思われます。
その舞台を我々が用意する事ができれば、
彼女は人類支配を諦めてくれるかもしれない。
一縷の望みですけどね。」
話を聞いてブレイダーは、少し考える素振りをした。
流石の彼もいい案は直ぐには浮かばなそうである。
「承知しました。
クールン人が同居する世界をスノートール王国に
作っても良いかも知れません。
王国は陛下の御配慮で、自治権を認めていただいている。
王国の中には貴族領もあり、王国の中に更に自治権をもつ地方があります。
小さい多くの自治体系が集まったのがスノートール王国の姿でありますから、
その中に、クールン人主体の国を作るのもありかもしれません。
ルカゼという少女が、本当に悪意なき人物であれば、
地方の領主として迎えるのもやぶさかではないでしょう。」
ブレイダーはアトロを見た。
アトロは深く頷く。
だが、ゲイリは首を振った。
「その場合、ワルクワ王国がルカゼ君を手放すか?
というのが重要になってくるのです。
ドメトス陛下の演説を見るに、かの国は
クールン人を利用して、琥珀銀河の主導権を
得ようとしているようにみえました。
我が国は今のところワルクワと同盟を結んでおりますが、
クールン人の問題でこじれる事も考えなければならないのです。」
ゲイリの話にアトロが反応する。
「では、我が軍は現在ガイアントレイブへと侵攻していますが、
進軍スピードは遅めたほうがいいのかも知れませんね。
あまり奥に進みすぎると、
ワルクワ軍の戦線と合流してしまうかも知れない。」
「はい。出来れば、ガイアントレイブ領内の奥へ
あまり侵入しない方がいいかと。
ウルスの本軍も、元々積極的に進軍しておりませので、
歩調を合わせていただければと思います。」
実のところ、アトロ艦隊が進軍する予定進路は
ガイアントレイブの防衛は手薄であり、
これまでもそこまでの抵抗はなく、順調に進撃出来ていた。
これは、ガイアントレイブが防衛線を対ワルクワ方面へと
強化していたからであったが、だからと言って
調子にのって進軍するわけにはいかなかったのである。
もし、アトロ軍がガイアントレイブの首都星ベートーキンに
一番乗りでもするような事があれば、
主力であるワルクワのメンツは潰れてしまうし、
内戦でウルスに敗れたアトロが戦功一番という事になると
スノートール国内でも、色々とめんどうな事になる。
これは相手も理解したところで、ガイアントレイブはアトロ王の進軍路に
強力な防衛線を張っていなかったのであるが、
改めてアトロは進軍の遅延をゲイリと話を合わせた形になった。
こうして、アトロ王との会談は終わった。
この会議でタクが何か発言したという記録はない。
彼は黙って大人たちの話を聞いていた。
要望も、思いも何も発言する事なく、
ただただ聞いていたのである。




