2章 24話 2節
ゲイリはクールン人に関わる情報をアトロに開示した。
情報のレベルとしては、スノートール帝国が所持している
全ての情報と言っても良い。
ただし、研究所から持ち帰った情報の内、
ゲイリが独自に調査を進めている案件に関しては
真偽性も疑わしく、可能性の段階でしかなかったので割愛している。
だが、その伝えられたレベルの内容だけでも
アトロを驚愕させるに十分なだった。
王はゲイリの報告を受け、神妙な顔つきになる。
「3か月ほど前に行われたドメトス6世陛下の演説は
本物だったという事か。
魔法などと半信半疑ではありましたが。
そして、そのルカゼという少女は
人類の支配を目論んでいると?」
アトロはハルカの顔を覗き込んだ。
言われてみてば、クールン声明の際に出演した
少女と顔が瓜二つである気がしないでもない。
ハルカは再び視線を逸らす。
興味ありげに人に見られることは、彼女は好きではなかった。
何故なら、研究所でハルカは研究対象として
人の好奇心の視線に常に晒されていたからである。
ハルカの表情を察し、セリアが助け舟を出した。
「人類の支配っていう言い方はどうでしょうね?
支配するって言ってはいますけど、
ルカゼはただ、クールン人の自由が欲しいのだと思いますわ。
人類の支配というのも、クールン人が人類に支配されないがために
逆に人類を管理下に置きたい。
そうではなくて?ハルカ。」
「たぶんそうだと思う。
ルカゼの魔法は強力だから、別に人類を支配したりしなくても
個人で生きていくのに困る事はないんだよね。
魔法の使い方次第で、お金には困らないし、
警察や軍とかに追われても逃げる事は簡単だし、
ルカゼにとってメリットってあんまりないと思う。
むしろ、人類を支配する立場になれば、
魔法を使うタイミングって減るんじゃないかな。
ルカゼ自身は縛られる事になるだろうし。
だから、ルカゼやモミジ姉のように、魔法の力が強くない
私たちでも安心して生きていける世の中が
ルカゼの目指しているところじゃないかって思うんだ。
身内贔屓かもしれないけどサ。」
セリアも大きく頷いた。
現にハルカらクールン人は、魔法の強弱に関わらず研究の対象とされ、
社会から隔離され、軍事利用まで行われた。
魔法の力が強いルカゼならともかく、
魔法の力が弱い他のクールン人は、
人類に危険性だけを脅威に感じられてしまう存在である。
ルカゼの行動は、自分一人が良ければそれでいい。と
言う風には見えなかったのである。
アトロはハルカの言葉を聞いて、感慨深そうに頷く。
「可哀そうですね。
11歳の少女がそこまで追い詰められたと考えると、
人類の愚かさを呪いたくなります。」
アトロの言葉を聞いたゲイリは一安心する。
「殿下は判ってくださると思ってました。
メイザー公の息子として生まれ、
優秀で国民に人気があったばっかりに、王にへと担がれ、
責任感と優しさ故に、今も苦しんでおられる。
ウルスも私たちもメイザー公を恨んではいません。
ただ、時代が悪かった。
もし、殿下が普通の一般の家庭に生まれたのであれば、
優秀な人材として社会に貢献し、
リーダーシップで皆をまとめ上げ、
人々に尊敬される人生を送られた事でしょう。
政治家にでもなって、多くの人を救っていた可能性もある。
それは、メイザー公とて同じこと。
ただ、公爵家の人間に、王位継承権を持つ家に生まれたばっかりに、
時代に翻弄されてしまった。
クールン人とて、同じなのかも知れません。
我々は内戦という形で国を割った。
人々を戦争という舞台に巻き込んでしまった。
パラドラムのような悲劇もあった。
そんな悲劇をクールン人問題で繰り返したくないのです。」
アトロはそれまで猫背気味に思案する素振りを見せていたが、
顔を上げ、ゲイリとセリアに視線を合わせる。
「わかりました。
協力は惜しみません。
惑星マークサスの攻略、しいては残りのクールン人の解放。
出来るだけお手伝いさせていただきます。」
「ありがとうございます。」
アトロとゲイリは立ち上がると、硬く握手を交わした。
儀式的なものだが、必要な行為である。
内戦で敵と味方に分かれて争っていた者同士が、
同じ目標に向かって進むというのは、簡単そうに見えて簡単ではない。
それが簡単に出来るのであれば、
人は何千年も前に、戦争と言う愚行から卒業出来ていただろう。
後世の歴史家の一部では、
スノートール帝国は、国内の結束を高めるために
クールン人を利用したのだという見方がある。
そして、それは実のところ間違ってはいなかった。
皇帝ウルスにしろ、ゲイリにしろ、
元々人気があるにも関わらず、内戦の結果にて
更に国民の同情を引いたアトロの存在は
頭の痛い問題だった。
またタチが悪い事に、この王は憎める相手でもなく、
帝国としては、共に時代を築いていきたい相手でもあった。
クールン人問題は、帝国が一枚板になって取り組む事が出来る
最適な問題だったのである。
そしてそれは双方の願いだった。
皇帝側からみれば、国民に人気の王を排除し国内を再び分裂させたくなかったし
王側からみれば、圧倒的力の差のある強者に睨まれたくなかった。
従って、2者はお互いに手を組みたかったのである。
そのキッカケが、クールン人問題になったのだ。
室内から険悪なムードが消えると、アトロは改めてセリアを見る。
「幸せそうで良かった。
戦争は続いていますが、ご結婚もなされ、
今もあなたは輝いている。」
口には出さなかったが、まるで
「私には勿体ない。」と言わんばかりの表情で
アトロは言った。
彼はセリアに恋していたが、反面彼女を遠ざけた経緯もある。
セリアがメイザー公爵により王都に幽閉されていた時
裏で王都脱出の手引きをしたのは、何を隠そうアトロ自身であった。
父の国への反逆に、精一杯の抵抗をした形ではあったが、
逆に言えば、彼は父に対してそこまでしか出来なかったのである。
それ以外の部分では、父の敷いたレールに乗ってしまった。
彼は人として人格者であり、正しく物事を見る目も持ってはいたが、
乱世という時代を生き抜くには、優しすぎたのである。
だからこそ、敗者側の身でありながら
こうして生きながらえているわけであるが、
国内を再統一し、皇帝となった男の妹の隣に立つには
荷が重すぎたと言えよう。
やろうと思えばセリアと共に王都を脱出する事も出来たのである。
むしろ、本気でセリアを愛していたのであれば、
そうすべきであっただろう。
しかし、そうはしなかった。
それでも彼女の幸せを喜ぶ辺り、人の好さだけが際立つ。
セリアはニコリと笑った。
「殿下も早くいいお相手を見つけてくださいませ。
血に汚れてしまった私たちではなく、
その純白な、真っ白いアトロさまの血筋が、
スノートールを救う日が来るかも知れません。」
「私の手も汚れてしまっていますよ。」
アトロは自身の両手の掌に視線を落としながら言った。
父と、兄と慕った男がこの世を去った。
アトロが直接手を下したわけではなかったが、
自分自身の不甲斐なさが招いた結果だと彼は後悔している。
だがそれさえも、ゲイリやセリアからみると
眩しすぎるのだ。
直視できないぐらいに、眩しすぎるのだった。




