2章 24話 1節 アトロ王
星暦1003年 6月14日
カサンドウラでの補給を終えた巡洋艦ブレイズは
惑星マークサスに向かう途中で、ウルス艦隊本体とは
別動隊としてガイアントレイブに侵攻するアトロ艦隊と合流した。
通信機での会話も出来るが、ブレイズの首脳部は
セリア、ゲイリ、ティープ、タク、ハルカの5人を
アトロと直接面会させる事に決定した。
皇帝ウルスの甥であるアトロは、帝国にとっても重要人物であり、
現在では、帝国内で唯一の自治領であるスノートール王国の王である。
クールン人の情報は共有していたほうがいいと判断したし、
何より、先の内戦でウルス軍が戦ったのは、
アトロの父であったメイザー公爵である。
浅からぬ因縁がある相手であったので、隠し事をする事で
関係が壊れる可能性に配慮しなければならなかった。
連絡艇でアトロ艦隊旗艦ガンキメラへと接弦する。
連絡通路を通る彼らを出迎えたのは、アトロの側近であるブレイダー男爵だった。
「お初にお目にかかります。
セリア様、ゲイリ様。
ブレイダーと申します。
以後、お見知りおきを。」
ブレイダーがセリアとゲイリに先に挨拶したのは、
二人が皇族であるからである。
皇帝の妹であるセリアがスカートの裾を上げ、貴族風に挨拶した。
「ブレイダー男爵の名は、噂に聞いております。
アトロさまが大変信頼されている御仁であると。」
「光栄にございます。
しかし、内戦を止められなかった無才でございますよ。」
ブレイダーのこの発言は危険な発言である。
何故なら、旧スノートール王国に反旗を翻した陣営は、
セリアやゲイリが属するウルス軍だったからである。
メイザー公爵は国家を簒奪しようとし、半ばそれは成功しかかっていた。
そこに正式な王太子であるウルスが対抗した形になったのだが、
現体制に対し武力を以って抗ったのは他でもウルスなのである。
つまり内戦状態に突入させたのはウルス側だと言えた。
従って、ブレイダーの言葉はウルス批判と捉えられなくもない。
もちろんブレイダーにそういうつもりがないのは明白であり、
ウルスが挙兵する決断をせざるを得ない状況に導いた社会を
悔いた言葉であり、その事は言わずとも
セリアにも伝わっていたので問題はなかった。
「お互い苦労しましたね。」
「有難きお言葉。
アトロ殿下がお待ちです。
こちらへ。」
5人はガンキメラ船内へと案内された。
シンプルな部屋に通されると、そこには一人の男性が椅子に座っていた。
アトロ王である。
アトロはセリアよりも2歳年上の27歳。
セリアのほうが年下ではあるが、アトロは甥にあたる。
若いころから神童として有名で、国民の人気も高かった。
王位継承権1位のウルスを差し置いてメイザーが
王位を狙ったのも、アトロの国民の人気の高さが下地にあった。
芸能活動をしていたセリアのファンで、
いずれはアトロとセリアが近親ではあるが、
結婚するものと期待する者も多かったのである。
が、先の内乱で元王太子ウルス派とアトロを擁立するメイザー派に分かれた際に
二人は敵対する陣営に分かれてしまったのである。
「ご機嫌麗しゅうございます。殿下。」
セリアは再び絵になる立ち姿で挨拶をすると、
ゲイリもこのタイミングを逃すまいと強引に入ってきた。
ウルス、セリア兄妹と幼馴染のように育ったゲイリは
アトロと初対面ではなく、何度か会った事はあったが、
本格的に会話した事はなく、親しい間柄ではない。
「お久しぶりでございます。陛下。」
アトロはまずゲイリのワードに反応した。
「殿下とお呼びください。中佐殿。」
ギクシャクとした空気が現場に流れる。
事情を知っている者であれば、この光景も
さもありなん。と思うだろう。
今でこそ、セリアの夫であるゲイリはアトロの親族に位置するが、
元は伯爵家の出で、アトロと対等に話す立場にない。
更にアトロがセリアを好いていた事はゲイリ自身知っていた。
アトロからすれば、意中の人を奪われてしまった訳だ。
もちろん、アトロではなくゲイリを選んだのは
セリア自身であったが、父メイザー公爵をウルス軍に殺され、
更には好きな女性も奪われた形になる。
アトロがゲイリに対して好意的である要素は皆無と言えた。
しかし、ゲイリよりも年下であるこの聡明なるスノートールの王は、
そのような感情を一切表に出す事もなく、
むしろ「陛下」と呼ぶゲイリに対して、「殿下でよい」と
言ったのである。
それはゲイリにとって陛下と呼ぶべき存在はウルス一人であるだろう?
との配慮が感じられる。
もちろん意地悪く考えれば、殿下と呼ばせる事によって、
自分に野心はありません。とゲイリに伝えているようにも見えるが、
本格的に絡んだことはないとは言え、幼い頃からアトロを知っているゲイリは
アトロがそんな打算で生きている男ではない事も知っている。
もし、ウルスと幼馴染ではなく、中立であれば
スノートール最高の智謀と謳われるこの軍師は、
ウルスではなくアトロの下に駆け付けたかも知れないのだった。
それほどアトロは人としては優しく立派で魅力的な人物だったのである。
「では、殿下。
ここまで詳しい説明は省いておりましたが、
我々が殿下の軍と合流した理由を説明させていただきたく思います。」
「うむ。
こちらへ。
将校の中には、今回の姫と皇帝直属の使者の来訪に
怯えておる者も少なくない。
我々は前の内戦で敵味方の存在だったのだからな。
何か理由をつけて、断罪されるのではないか?と
皆、不安に思っている。
理由の説明はこちらからもお願いしたいところです。」
「その不安は取り除いてもらいませんと、
勘違いした者が、勢い余って暴走する事もありえますね。
ですが、これから話す事は一般将兵には伏せて欲しい内容となります。
何かしら別の理由を考えねばなりませんが、
まずは、本題から。」
そう言うと5人は案内されるがままに
テーブルを囲んで部屋の中の椅子に座った。
ふと、アトロの視線が二人の年少者に流れる。
貴族の中には小姓と呼ばれる未成年者を
身近にはべらかせる趣味のある者も居たが、
セリアやゲイリにそんな趣味があるとは聞いておらず、
また、軍の絶対的エースであるティープとは面識がなかったが、
有名人であるティープにもそんな噂を聞いたことはなかった。
つまり、この場所に未成年のしかも男女が居るのは
とても不自然だったからだ。
そう考えると、セリアたちがここに来た理由というのは
この幼い男女に関係していると察する事が出来る。
アトロは興味深く、二人を見た。
大人になりかけている少年と、
子どもの愛らしさが強調される少女。
途中アトロと目が合ったハルカは、慌てて視線を外した。
その光景が微笑ましく、アトロは右手を軽く握ったまま
口元に充てると笑みを隠す。
その仕草には、色気さえも感じた。
ウルスやセリアとは少し毛色が違うが、
彼もまさに絵になる男だったのである。




