2章 23話 5節
モーネットと別れ、食堂を後にしたタクとハルカは
それぞれブレイズの船内にある自室に戻った。
部屋に戻るとタクは簡易パソコンを立ち上げ、
AI搭載の電子辞書にてレルム・オブ・エイジレスの
資料を検索する。
電子辞書の内容は一級資料と呼ばれる精度の高い情報源から
厳選された情報が表示され、
一級資料以外の情報は参考と明記される仕様のため、
情報の取捨や真偽については判断しやすくなっていたが、
それでも現在進行形で動いている物事などでは特に
嘘の情報も多く交る。
と、云うよりも明確に「こうである」という事象自体が
そもそも少ないのが現実である。
例えば、Aという組織は、AAという思想を元に成立したとしても
3年後にはBBという考え方が支流になり、
そのまた3年後にはAAという思想に先祖返りする。
といった事はリアルな現実社会では普通に起こりえる。
Aという組織を一言で言い表す事は難しい。
もっと言うならば、Cという人物は、
Dという人物から見て、陰険で性格が悪いと評価されていたが、
Eと言う人物からは、温和で優しい性格と評価されていたりする。
この場合、一級資料の著者がDであれば、Cの人物像は
陰険で性格が悪いと社会では認知されてしまうのである。
このように、定義された情報というのは
「真実」である可能性は高いが、「全て」ではなく
「一面」でしかない。
だが、他に根拠を持てるものを見いだせない場合には、
真偽性を一級資料に縋るしかなくなるわけだが、
あくまでも一面でしかないものを、
その「全て」だと思い込むのは危険である。
特に歴史を専攻した者ほど、「一面」を信じたがる傾向にあるが、
タクの歴史の講師であるゲイリは、
物事の一面を見すぎないようにとの教育していた。
何故ゲイリがそういった解釈に至ったかについては、
皇帝ウルスの存在であるというのが後世の研究者の一致した意見である。
皇帝ウルスは、皇帝の顔と幼年期の顔、妻のカエデに見せる顔、
そして幼馴染であるゲイリや妹のセリアに見せる顔が
全て違っていたと言われている。
その場面その場面で顔を使い分ける役者であったとする意見も多いが、
多重人格であったと極論する研究者も存在するぐらいである。
真実は不明として、身近にウルスがいた事で
ゲイリは物事の一面を信じる事が危険だと
考えるようになったと言われていた。
その教育をモロに受けたタクは、ゲイリの思想がかなり浸透しており、
モーネットの話を鵜呑みにせず、自分で調べる事も怠らなかったのである。
「レルム・オブ・エイジレス・・・・・・。
思ったより情報がないな。
エスカレッソに行って、帰ってきた人は居ないのか。」
エスカレッソはレルム・オブ・エイジレスが統治する惑星である。
情報自体は沢山あれど、どれも信憑性に欠けていた。
タクが欲しかったのは、惑星エスカレッソに侵入して
帰還した人の情報であったが、そんな情報は一つも見つからない。
いくら社会から隔離された場所とは言え、
120年もの歳月の間、人の往来がないというのは
不気味ではある。
かの地に足を踏み入れた人間は数多く、
情報では5億人は下らないという試算が出ているが、
戻ってきた人間は皆無なのである。
不老に身体を改造されてるとは言え、
マジかよ。という気持ちが先行した。
「それでも、エスカレッソに行く人は後を絶たない。
不老は確かに魅力的だけど、
本当にそこで不老不死で生き続けているなんて保障、
どこにもないじゃないか。」
タクは画面から視線を外し、天井を見上げた。
その時である。
コンコン!と部屋のドアを叩く音がする。
「はい、どうぞ。」
タクが声を上げると、カチャッ!と音がして
部屋の鍵が自動的に解除された。
ドアが自動でスライドし開くと、
そこにはパジャマ姿で、枕を胸元に抱えたハルカが立っていた。
「寝れないんだ。
一緒に居ていい?」
ハルカは心細そうに言う。
いつもは元気にはしゃぐ彼女にしては
意外な一面である。
だが、タクは日中での騒動を知っている。
この11歳になる少女は、カサンドウラの人々の
悪意を全身で受け止め、精神に多大な傷を負ったのだ。
例え、自分自身に向けられた悪意ではなくとも、
彼女は悪意を拾ってしまったのだ。
しかも、タクは彼女の精神世界に入って、
疑似的に同じ状況を経験したが、
なんといっても、あの世界は彼女の精神世界なのだ。
空間に現れた文字のブロックは、タクを見つけると攻撃してきたが、
その攻撃を受ける前から、彼女の精神世界を蝕んでいたのだと
想像できる。
弱音を吐かない彼女だから、昼間は平気そうな顔をしていたが、
相当な傷を心に受けていたのは、タクでも想像できた。
タクは年上のお兄ちゃんのような優しい笑みで
ハルカを迎え入れる。
「仕方ないな。
俺のベッドを使っていいよ。
俺はソファーで寝るし、ずっと居るから。」
「ありがと。」
ハルカは少し俯き加減に表情を隠して、
部屋の中に入ってくると、デスクの前に座っていたタクの
後ろまで歩いてきた。
そして、背中側の服をチョイとつまむ。
「今日はありがと。
タク、助けてくれたんだよね?
あんなの初めてで、どうしたらいいかわからなくて。」
ハルカはクールン人であるが、他のモミジやルカゼとは違い
魔法の力はほとんどない。と言われており、
本人もその自覚がある。
だが、遠方の友人と念話で会話したり、
ルカゼの魔法の気配を察知したりと、
意図せず自然に魔法を行使している場面が何度かあった。
周りの大人たちはこの事をあまり意識していないが、
ハルカの側に一緒にいるタクは、その事を重要視していた。
外向きな魔法ではないため、ド派手さなどはないが、
ハルカもクールン人としての魔法の素質は
かなり高いとタクは前々から感じていたのである。
だから、昼間の事も即座に受け入れる事が出来た。
タクは背中側にいるハルカを見る事もなく、
自然体で応える。
「問題ないさ。
守るって言っただろ?」
ハルカは深く頷くが、その仕草はタクには見えていない。
恐らく、タクが見ていたら頷かなかったかもしれない。
彼女は、対象の前では素直に気持ちを表現する事はあまりないが、
見ていないところでは、自分の気持ちに正直になる娘だったのである。




