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春風戦争 第2部  作者: ゆうはん
~決断~

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2章 23話 4節

「さて」とモーネット委員は、本題に入るかのように

身を乗り出して話を続ける。


「レルム・オブ・エイジレスの不老。

それは完全なる老化の停止でした。

詳しい原理は私もわかりませんが、

細胞など全ての老化を止めるもの。

すなわち、人の時間を完全に止める事に成功したのです。

もうそうなると、もはや死という事象は

事故や犯罪でしか起こり得ません。

そこにさえ気を付ければ、不老不死です。

事故は発生せず、犯罪行為も起こらない。

そんな世界が求められたのです。」


タクは生唾をゴクリと飲み込んだ。

モーネットのしゃべりが、まるで怪談を話しているかのような、

オカルトの核心に触れるような話し方であったのも影響している。

しかも、会話の内容が既に不遜だったのである。

事故は起こしたくて起こしているのではなく、起きてしまうのだ。

犯罪行為も法で禁止されているのにも関わらず、発生するものだ。

それが無い世界というのは想像できなかった。

モーネットはタクの表情に満足気である。


「そんな世界は成立しないと、タクさんは考えたでしょう?

いえ、成立するのですよ。不老者の世界でなら。

何故なら、不老者は時が止まっているのです。」


「え?まさか、動けないとかですか?」


タクは時が止まるというシチュエーションを想像して

動きがない世界を想像した。

まるでマネキンがショーウインドウに飾られているように

硬直したままの世界。

確かにマネキンが飾られている世界であれば、

管理さえしっかりしていれば、事故も犯罪も起きないと言えるかも知れない。

モーネットは首を振る。


「物事はもっと深刻なのです。

当時の不老の研究に、AIが使われていたのですが、

AIが指し示した信号を不老者に送ると

なんと動き出したのですよ。

時間が止まったまま、身体は動き出したのです。

この理由は研究者でもわかっていません。

原理を知っているのは回答を導いたAIだけです。

そして、そのAIはなんと人間世界に

不老者の国を作るから領地を寄越せ、

自治権を認めて人間社会から隔離しろ。

お互いの社会が互いに交わらない世界を構築せよ。

と要求してきたのです。

それまでも自律したAIは開発されてきましたが、

このAIは、時間を止めた不老者を動かす原理を人類に開示しないまま

この技術を人質に、人類からの独立を要求してきたのでした。」


「そのAIが、レルム・オブ・エイジレスを完全支配するという

ゴットマザーマリア?」


タクの質問にモーネットは深く頷いた。


「当時の人類は悩みました。

せっかく死を克服したというのに、

その技術の根幹部分をAIに握られてしまったからです。

ですが、ゴットマザーマリアの言い分も正しかったのです。

不死者は言わば、時間が止まった人間であり、

食事も排便も、おっと失礼食事中でしたな。

他には睡眠なども必要なく、通常の人類とは

一線を引くべき存在でありました。

逆に怪我などした場合、

自然治癒にはまったく期待できない。

不老者は、細胞移植を実施したとて

傷付いた部位は身体に馴染まないのです。

布の人形の破れた箇所に、布を充てるだけでは修復したとは言えないでしょう?

布を縫い合わせるが如く、人間が持つ治癒能力が、

傷を修復するのですが、彼らはこれが起こらない。

血を流すような怪我をしてしまうと、

傷口は凝固せず、流れ出したまま、

更に言えば、失った血の補充さえ出来ない。

怪我をするリスクを回避するためには、

安全な場所から動かないでいる事が必要になったのです。

更に言えば、動かないでも筋肉の劣化など起きないし、

食事が不要な彼らは仕事などをする必要がない。

何故なら、彼らの時間は止まっているわけですから。」


「ちょっと待ってください。

時間が止まったような不老者を、ゴットマザーマリアは

動かす事に成功したのに、

結局、動かない事が不老者の正解なんですか?

意味がわからない。」


「ゴットマザーマリアが治める惑星エスカレッソでは

不老になった人々は徹底的に監視され、

特定の場所から動かず、じっと生きていると言われています。

しかも、AIによる合理的で冷酷な管理体制の中、

噂では次々に現れる移民希望者を受け入れるために

人口調整と称し適度に不老者を間引いているとの話もあるのです。」


これがモーネットがレルム・オブ・エイジレスを嫌う理由である。

モーネットの言う事が事実なら、そこに人権などという概念はなく、

人はただ、ゴットマザーマリアの監視下のもと、

ただ生かされているだけの存在にしか過ぎない。

ペットでもない、家畜でもない、

強いて言うのであれば、庭に植えられた園芸である。

いくら本人が不老を望んだからと言って、許される事だとは思えなかった。

タクは食事をしている事を忘れるぐらい、

興味深くモーネットの話にのめりこんだ。


「何者なんですか?ゴットマザーマリアって?」


「人類が作った自我をもつAIですよ。

人が老化しない事を前提に、理想の社会の構築という

使命を帯びたただの人工知能です。

恐らくゴットマザーマリアは、人類の理想郷を実現するためには、

人類社会と手を切らなければならないと考えたのだろうと言われています。

人々が望む理想郷は、人が人を辞める事でしか到達できないと言うのは、

皮肉でしかないと言わざるを得ません。」


タクは一旦、情報の整理をする。

もし目の前に現れた敵が、ゴットマザーマリアの息のかかった存在だとしたら?

いや、むしろその可能性は高いように思われた。

何故ならクールン人の魔法以外で、人の精神世界に侵入してくるような

人類が手にしていない技術を持つ存在は、

不死者の止まった時間を動かす事ができる

ゴットマザーマリアしか考えられなかったからだ。

人間界から切り離されたはずの存在が、

クールン人の存在を知って、介入してきたのだとしたら?

タクの心配を他所に、モーネットはスープを口に運びながら

話を結ぶ。


「人類の理想郷は、人類を辞めてこそ手に入る。

まるで、カサンドウラのようです。

戦争を、軍備を無くす一番の近道は、人類を滅亡させる事です。

争う人がいなくなれば、戦争は起きませんからな。

彼ら急進派は、それを判っているのか、いないのか?

理想実現のためなら、人類をも滅ぼさん!とでも言ってるかのようです。

そうして手に入る平和に、一体何の意味があると言うのか・・・・・・。」


タクもようやく食事をしている事を思い出し、

具材の乗ったスープを胃に流し込む。

この一杯のスープが、とても暖かい事に

何故か幸せを感じるのであった。


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