2章 23話 3節
車はケロポという街についた。
ケロポは片田舎ではあるが、ミューロドライバーという
宇宙船を宇宙に打ち上げる施設があり、
小型連絡艇マイルバは、ブレイズに帰還するために
ここに運ばれていたからである。
ケロポにつくと、ゲイリは調印式に出席するため
再び車に乗って都市部へと走っていった。
だが、案内役であったモーネット委員は
連絡係としてケロポに残る事になったのである。
タクとハルカに重力宇宙病の症状が出ている以上、
カサンドウラの委員として、何かあった時に動けるよう
マイルバ側で待機したと理由もある。
先ほどのお詫びのつもりか、モーネットは
年少の二人を食堂に誘った。
地元の料理を紹介するという話だったので、
二人は断る事もなく、モーネットとケロポの食堂に向かう。
席につくと、ハルカはウキウキであった。
モーネットは喜ぶ少女を見て、優しい笑顔になる。
「宇宙では栄養食ばかりで味気ないでしょう。
人は何千年前から、食事というものを
娯楽として生き甲斐にしてきたのです。
このカサンドウラでも、自慢の料理があるのですよ。」
すっかり子どものいる父親の顔になっている。
カサンドウラのイメージは良くはなかったが、
モーネット委員は、悪い人ではないのだとタクは感じていた。
料理が運ばれ、マントスキューという名前である事が紹介される。
野菜やお肉を煮込んだ料理であり、暖かさがある。
ハルカは更に目を輝かせた。
「おいしそー。
鍋料理って言うんだよね?
すごーい。スープの中に具が一杯はいってるー!
スープがメインなのかなー?具がメインなのかなー?」
「はははは。
どちらもメインですよ。
どっちが主役というわけではなく、また、
どちらが欠けてもダメなのです。」
ハルカはスプーンでスープを口に運んだ。
熱い料理には慣れておらず、恐る恐る唇をスプーンに付けると、
熱いのか、少しふーふーして口の中にパクッ!と一気に口の中に迎え入れた。
舌で味を噛み締めると、瞳を閉じて至福の笑顔となる。
「んー。おいしぃぃぃぃぃ。」
気に入ったようである。
タクはハルカの様子を見ると満足して、自分もマントスキューを口に運ぶ。
彼にとっては、マントスキューの味云々よりも
ハルカが満足したのならそれでよかった。
「おいしい。
何の味かはわからないけど、すっごく
いろんな味がする。」
二人の感想にモーネットは大満足である。
「そうでしょう。
マントスキューは30種類以上の具材が使われているにも関わらず、
見事に調和したカサンドウラ自慢の料理なのですよ。
マントスキューは見事に調和しているというのに、
カサンドウラの人々は・・・・・・。
全く、お恥ずかしい。」
モーネットの表情が暗くなる。
しかし、タクはこのタイミングを逃さなかった。
「戦争や軍備を人々が嫌う気持ちはわかります。
僕は孤児ですが、戦争は孤児を量産します。
好きになる人なんていません。」
「ですが、軍事力で今の生活が支えられているのも事実。
私とて、理想は完全平和、武力の放棄です。
ですが、理想と現実の区別はあります。
今は、軍事力の必要性を認識しつつも、
武力が暴走しないように、いずれ軍事力放棄という
人類の宿願を叶える時代が来るように、
地道な活動が必要だというのに、
カサンドウラでは、今すぐにでも軍事力を放棄すべきだという理論が
大勢を占めています。
ましてや、不老者の世界に亡命するなど・・・・・・。
あそこが軍事力のない世界だとしても、それは話が違う。」
気になるワードが出た事で、タクは更に話に食いついた。
「不老者の世界。レルム・オブ・エイジレスってなんですか?
歳を取らない人たちが住む世界だってのは知っているのですが?」
「ああ、タクさんはまだ15歳でしたっけ?
レルム・オブ・エイジレスは、成年、16歳以上にならないと
その実情は教えられませんからね。
別に禁止しているわけではないのですが、
思春期にレルム・オブ・エイジレスを知ると
かの世界を正しく認識できなくなったりしますから。
まぁ、タクさんは軍属ですし、そのあたりの分別はおありでしょう。」
と言うと、モーネットはレルム・オブ・エイジレスの説明を始めた。
「人は、老化を克服するための手段を3つ見つけました。
一つはコールドスリープ。
ですが、コールドスリープは老化を止めるというよりも
ただ寝ているだけ。
実際に寿命が延びるわけではありませんし、
コールドスリープから起きたら、周りに誰も知り合いがおらず、
社会も常識も全く知らない世界に放り出されてしまうため、
社会復帰できないという弊害があります。
何より、コールドスリープ中は何も行動する事が出来ず、
起きるのに最低半年は必要になるため、
事故や災害が起きたなら、そのまま死を迎えてしまうこと、
また、金銭面の問題もありますね。
費用対効果という面では、今はコールドスリープの使用者は
ほとんど居ません。
人は進化しますから、100年前の天才を
100年後に送ったとしても、100年後には天才ではなくなっていたり、
100年前の世界記録保持者を100年後に送っても、
100年後にはその記録は人々の平均だったりするわけです。
結局、研究の結果、
幼年期をいつ過ごすのか?が大事だという結論が出ています。
大人になって未来に行ったとしても、
人類的には何のメリットもなく、本人も残りの人生を
謳歌する事なく、不遇なまま終えてしまう事になるのです。
だからといって、子どもをコールドスリープさせる理由もない。
次に機械化ですが、
対ウイルスの脆弱性の問題が付きまといます。
身体はおろか、脳さえも完全機械化は可能ではありますが、
電波など安易なもので乗っ取られてしまう。
機械化によって、人は病原菌などからは克服できましたが
コンピュータウイルスとの戦いはもぐら叩き。
電気信号で安易に乗っ取られてしまうため、
機械化を望むのは若くして難病にかかった者ぐらいです。
それも身体の一部のみ。
しかし彼らは常に他者に乗っ取られる恐れを抱いたまま
生きていかねばなりません。」
この二つのケースは、タクも知っていた。
鉱山労働者などでは、身体の一部を機械化している労働者は多かったからである。
このように肉体労働者など、
社会の底辺と呼ばれる人には、機械化は浸透していたが、
社会的地位がある人間になるとその割合は減る。
それは、地位の向上によって、
身体を乗っ取られる危険性が高まるからである。
そのため機械化はある意味、下層市民の代名詞だとも言えた。
ちなみに、機械化と似た技術で、細胞増殖、臓器移植などの
技術も確立されていたが、これらの技術は一般的であり、
寿命を延ばす事には繋がっていたが、不老への技術ではない認識である。
現在でも、脳の移植技術は確立しておらず、
老化への対策にはならなかったからである。
モーネットは話を続ける。
「そして最後は、レルム・オブ・エイジレス。
120年前に発足した、もう一つの人類社会です。」
モーネットの言葉には二つの意味がある。
もう一つの人類社会。
つまり、レルム・オブ・エイジレスは現在も
有用な不老の技術として成立している事。
そして、一般の社会からは隔離されているという事である。




