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春風戦争 第2部  作者: ゆうはん
~決断~

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2章 23話 2節

話が進んでいると、座席でぐったりしていた

ハルカの身体が少し動いた。


「ん・・・・・・ん・・・・・・。」


瞼を薄目がちに開く。

意識が戻ったようである。

タクはハルカの目の前に顔を突き出した。


「大丈夫?ハルカ。」


そう言いつつ、タクはゲイリらに見えないように

ハルカにウインクする。

一瞬、訝し気な表情を見せたハルカだったが、

なんとなくタクの合図の意味を受け取った。


「うーん。もう大丈夫かな。

ありがと。」


二人の言葉に、ゲイリも安堵の表情を見せる。


「二人にカサンドウラの街を見せたかったのだが、

このままマイルバに戻ってしまおう。

申し訳ないが、それで構わないね?」


タクは軽く首を縦に振った。


「たぶん、先生が見せたかった事って

十分見れたと思います。

軍備を、戦争を忌諱する人たち。

そしてそれに関わる軍人をも蔑視する人たちがいる。」


「そうです。

彼らの前では、我々が何を言っても通じない。

理解しあえない。

我々が軍人である限り歩み寄る事はありません。

確かに戦争は悪で、個人で見れば一つも良いところはないわけですが。」


個人で見れば。と注釈をつけるところがゲイリらしい。

彼自身は実のところ、戦争を完全悪だとは考えていなかった。

個人として考えれば、完全な悪であるが、

人間の社会、生物としての人間全体で見たとき、

戦争には意味があると彼は考えている。

そもそも、一個人としての倫理、正義と

社会としての倫理、正義は同一ではないという考えを

彼はもっている。

しかしそこは今は問題ではない。

ゲイリの言わんとする事を、タクは正確に受け止めていた。


「軍人主導でクールン人を

人類社会に溶け込ませようとしても、

理論や理屈ではなく感情で、猛烈に反対する人たちがいる。

って事を先生は、俺たちに伝えたかったのですよね?」


タクの言葉にハルカは心配そうな瞳で

4つ年上の少年の顔を見上げた。

つい先日まで頼りなさそうに見えた少年の顔が

少し大人びた顔つきになっているような気がする。

ゲイリとしても、このタクの反応は意外だった。

彼の予想では、少年はカサンドウラの人々の主張を認めず、

彼らへ悪態をつくと思っていたからである。

少しずつ、本人がわからないところで、

周りの評価が変わっていく。

だが、それは一過性のものかもしれない。

ゲイリは落ち着いて、深く頷いた。


「そういう事だね。

我々が正しいと思っている事でも、

他の人間からしてみれば間違っている事もある。

君たちはまだ若い。

若いときは、感情の赴くままに

突き進む事もあるのだろうが、

その感情の昂ぶりは悪い事ではない。

歴史を作るのは、理論や理屈ではなく

いつの時代も感情の昂ぶりだ。」


「先生は理論家で、弁がたつ人だと思っていましたから

先生の口からそういう話をされるのは新鮮です。」


「はは。

理論家なのは否定はしないが、

人は理論や理屈についてくるのではなく、

その人の行動、そして感情に突き動かされるものです。

だけど、忘れてはいけないのは、

物事の本質を見誤ってはいけないという事だよ。

例えば、カサンドウラの住民は

軍部、軍人を否定しているが、

クールン人を否定しているわけではない。

やりようによっては、仲間に引き込むことも出来る。」


「敵対していても無碍には扱うな。

という事ですね?」


「そうです。

そして理屈で考える人は、感情で動く人の後ろにいる必要がある。

だから私は、皇帝ウルスを影で支える事に徹しているのですよ。

決して表には出ないのです。

トップじゃないほうがいいのです。

理論武装は、味方も作りますが、敵も作る。

しかも、理論でこちら側になった味方は

自身を上に見て、他の理論を排斥する傾向にあり、

他者を蔑み、攻撃する、優秀な味方でない事が多い。

そんな味方は必要ありません。

足を引っ張るだけです。

もちろん、感情に流されるだけの人間でも

他者に利用されるだけでダメなのですが、

表には感情を見せつつ、裏では理論で計算するしたたかさが

必要という事です。

狡いやり方かも知れません。

ですがタク君、君たちがやろうとしている事は、

それほど達成困難な道だという事は

理解しておくべきです。」


ゲイリの話は、恐らくタクには難しすぎた。

この講師は、タクにどういう立ち位置を求めているのであろうか?

クールン人と共生を求める旗手なのか?影で支える参謀なのか?

だが、タクはまだ社会の本質を知らない子どもであり、

どちらかと言うと、感情で物事の良し悪しを考えている。

その実感はある。

何故?ハルカを含むクールン人を助けたいと思うかと言えば

ハルカたちを可哀そうだと思ったからだ。

自分が親に捨てられ、孤児として鉱山労働者として働いて、

学校にも行ってない身分であるが、

そんな自分よりも、クールン人の境遇のほうが酷いと思ったからだ。

そして、タクはカレンディーナという素晴らしい人物と出会い、

彼女から生きる希望を持たされたことと同じことを

ハルカたちクールン人にも与えたいと思ったからだ。

もちろんその考えは賞賛に値する考えなのだとゲイリも思う。

だが同時に、その感情だけで先走る困難さも理解していた。

ゲイリはウルスという男を皇帝という立場に押し上げた第一人者であったが、

ウルスは元々王族という身分であり、

皇帝になるための素養はあったのである。

しかし、タクはどうか?

カレンディーナとの縁で、帝国の最重要人物たちと面識はあるが、

彼自身が何者かになるには、まだまだ足りていなかった。

そんなタクをゲイリは心配していたのである。

感情だけで突き進むに、少年はあまりにも心細い。

逆にタクは、帝国の頭脳と恐れられるゲイリと接するにつれて

徐々に親近感を感じてしまっていた。

「この人は、思ったよりも不器用な人なのかもしれない。」と。

カレンディーナやティープに続いて、

信じられる大人が出来た感覚が生まれつつある。

だからこそ、ハルカの前に現れた新しい敵の事を

伝えるのは余計に躊躇われたのだ。

「先生には、ただひたすらに皇帝ウルスを補佐する人物でいて欲しい」

と心から思ったからである。

それは同時に、

「ハルカやクールン人の事は、自分が何とかする」

という決意にも繋がっていたのだった。


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