2章 22話 5節
空間に浮かび上がった文字のブロックが一斉に
タクとハルカめがけて飛んでくる。
タクはハルカを身を挺して守るように覆いかぶさっていたため、
背中や頭部に文字が叩きつけたれた。
バシッ!バシッ!
とタクに当たる度に、思わずうめき声が上がる。
「うっ、ぐぅぅ。」
激痛ではあったが、痛みとしては
まだ耐えられる痛みだった。
一発一発は致命傷にも届かない。
例えるなら、ムチで打たれてような痛みであろうか。
もちろんタク自身は、ムチで打たれた事がないため
痛みが妥当なのか定かではなかったが、
痣ができるぐらいの痛みだという事である。
しかし、流石に空間一杯の、
大量の文字のブロック攻撃を受け続けるわけにはいかない。
内出血過多で命への危険もある。
タクはハルカの耳元に顔を近付けた。
「ハルカ。ここは君の精神の中なんだと思う。
君は精神攻撃を受けているんだ。
だけど、ここは君の頭の中だ。
君の心の中なんだ。
願えば、ある程度は何でも叶うはず。
敵を直接排除する事は出来ないでも・・・・・・。」
「いたっ!痛いよぉ。
ん?なに?
精神攻撃?敵がいるの?
私の頭の中?言ってる事わかんないよぉ。」
「わかんなくてもいい。
でも、ここに呼んで欲しい。
スノーバロンを。
呼べば来るから!」
タクの突拍子もない台詞に、ハルカは思わず
顔を上げ、タクを見た。
その瞳は嘘をついているようにも、冗談を言ってるようにも見えない。
そして、スノーバロン。
先日改修されたタクの愛機であり、ハルカの乗機するFGを呼ぶ?
スノーバロンは人型ロボットである。
確かに簡単な動きならリモートコントロールが出来るが、
ここにはリモート用の装置もなければ、
呼んで来るようなペットのような存在でもない。
でも激しい攻撃が、ハルカの思考能力を奪った。
「呼ぶ?スノーバロンを呼べばいいのね?」
なんでもいい。ここから抜け出す事が出来るのなら。
もしかしたら、スノートールの新しい技術が組み込まれており、
呼べば飛んでくるようなシステムが内包されているのかもしれない。
軍事技術について、ハルカは何も知らないに等しい。
タクはハルカの質問にしっかりと頷く。
ハルカはお腹のそこから大声を張り上げた!
「来てー!!!!
スノーバローーーン!!!!!!」
雑音入り乱れる中、ハルカの甲高い声が空間を切り裂く。
タクは口元をニヤつかせた。
「そうだ。
何か特別な事をやろうって時は
どうしても叩かれもんだ。
他人は「やらせるかっ!」って悪意を剝きだしてくるんだ。
そん時は、傷付くけど、痛いけど、
僕らはクールン人と人類の共存する世界を作るんだろ?
軍備さえも否定する人たちが一杯いるぐらいだ。
クールン人を受け入れてくれるわけなんかない。
何かやるって時は、傷付くのが当たり前なんだ。
誹謗中傷、上等じゃなきゃいけないっ!
悪意に負けちゃダメなんだ!!!」
「何?
さっきから何を言ってるの?タク?」
「剥き出しの悪意に、俺は武力を肯定する!
暴力を肯定してやる!!!
ペンに剣だ?そんなのクソ喰らえだ!
相手が剣で向かってきたら、躊躇なく引き金を引いてやる!
相手が銃を撃ってきたら、ミサイルの発射ボタンを押してやる!
俺は命をかけて兵器に乗っている!
引き金を引く勇気がない奴らには負けない。
傷付いた先に、俺は手に入れたいものがあるんだぁぁぁ!!」
タクの叫びに、正体不明の声が反応する。
相変わらず鼓膜ではなく、脳に直接響いてきた。
「暴力を肯定するだとぉ!
正気か!?狂ったか!?
どのような理屈があろうとも、暴力を認めるような事が
あってはならない!
これだから人間はっ!?」
「愚直で悪いかーーー!?」
タクは右手をハルカの腋の下に回すと、
彼女を持ち上げるように立ち上がり、真っすぐ前に走り出した。
ハルカはびっくりするが、突然すぎて拒否する事もできなかった。
「え?え?」
少女の戸惑いを他所に、少年は確信を持って前へと走り出す。
「そうだろ?スノーバロン。
お前も一緒の気持ちだよな?」
タクの言葉に応えるかのように
真っ白な空間の一面にピキッ!とヒビが入り空間が割れると、
中から巨大な影が姿を現していく。
空間の声が侵入してくる異物に驚きの声を上げた。
「まさか!女の精神は私が支配していたはず!
それを突き破ってくるだとっ!
ありえない!
あのイレギュラーの影響かっ!?」
空間のヒビから姿を現したFGスノーバロンに胸元に
タクはジャンプした。
全長17mほどもある巨大ロボットの胸元に、である。
現実では飛び移る事など絶対に出来ない。
ましてや、ハルカを片脇に抱えたままでは
飛び移る事はおろか、タクの筋力では走る事も
ままならないはずだった。
だが、タクは出来ると信じた。
ここはハルカの精神世界である。
物理理論など通用しない世界である。
だから出来ると信じた。
信じる事で不可能を可能に出来ると信じて!
タクは笑う。
「信じるだけだ!
簡単な事さ。
絶対的な法則とか、理不尽とか、不公平とか、
そんなものがゴロゴロしているリアルに比べれば、
信じるだけでいいのなら、それは簡単な事だ!
俺なら出来る!俺ならいける!俺なら掴める!
信じる事ができるから、
偏見とか誹謗とか中傷とか差別とか、
そんなモノ跳ね返してみせる。
強く!強く!強く!
ただただ強く!
信念をもって、抗え!!!
そして俺には、お前が居る!!!」
そう言うとタクは、スノーバロンの胸上、
首の付け根に手を伸ばした。
するとスノーバロンはタクに応えるかのように
コックピットハッチが自動で開き、
タクをハルカを優しく受け入れた。
ドサッ!
タクは流れるようにコックピットの座席に座った。
隣の座席に投げられたハルカは、アワアワと空中を泳ぐように漂いながら
彼女も座席の背もたれを、ようやく掴む。
スノーバロンのコックピッドデッキのハッチが閉まり
全天向モニターが起動する。
エンジンは既に始動していた。
「悪意をぶった切れ!!!」
ブゥン!
スノーバロンのアイカメラから光が反射する!!




