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春風戦争 第2部  作者: ゆうはん
~決断~

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2章 22話 3節

タクの視界に広がる真っ白な純白の空間。

重力は感じるが、地面は見えない。

地面はないが、確かに白い空間に立っているのがわかる。

タクは足をジリジリと少しずらした。

やはり地面がある。

確かに、足の裏に地面を踏みしめる感触があるし、

体重移動も、重力の作用を感じる。

それに、この感覚にタクは身に覚えがあった。


「リリラアイス星域での戦闘の際に

感じた感覚と同じだ。」


リリラアイス星域は、タクが初めてクールン人に遭遇した

星域である。

その時、彼は一人のクールン人と精神の邂逅をした。

そして、視力を共有した。

クールン人であるチサという少女の視野を

タクも共有したのだった。

その時は視界だけの共有であったが、確かに

クールン人の精神に干渉したのは明白だった。

それと同じ感覚が今もある。


「つまりここは、ハルカの精神の中?なのか?」


周りを見渡すが、真っ白な空間が広がるだけで

何も見えやしない。

見えないどころか、白い世界が広がっているだけで

奥行も感じなければ、距離間も掴めない。

「見えている」のかさえ定かではない場所である。

人類の中には、この空間で発狂してしまう者が出てきてもおかしくないような

異次元の空間である。

ただ、タクは何故か、この手の世界に”慣れていた”。


「坑道で仕事していた時は、光も差し込まない空間で

FGのライトだけで作業していたんだ。

暗いのが明るくなっただけ。

自分自身の感覚さえあるんだったら、怖くはない。」


リリラアイス星域でチサと視覚を共有したとき、

彼の目には、チサの視界が映し出された。

それは、彼自身の感覚から切り離されたのを意味する。

目だけが、チサの頭部にある感覚だった。

更に言えば、タクが乗るFGを見ているチサの視界だったので、

タクは自分自身が乗るFGを外から、つまり

自分自身を見る羽目に陥ったのだった。

その時は脳がパンクするかのような衝撃を受けたが、

今は幸運な事に自分自身の姿は見えた。

真っ白な空間に、タクの身体が存在しており、

その視野には、自分の手足がちゃんと見えていた。

手を動かし、掌を広げれば、視界の中の手は

考えた方と同じ方向に動くし、広げた掌はパーと広がる。

それだけでもタクの精神を落ち着かせるのに十分だったのである。

そして、彼はこの半年ほどで、

常識という概念はぶっ壊れてしまっていた。

あるがままを受け入れる精神状態だったのである。


「それがいい事だとは思わないけど・・・・・・。

いるんだろ?ハルカ?

ここに、いるんだろ?」


優しい声が白の空間に響く。

タクは耳をすませた。

何の雑音もない、無音の空間であったが

些細な音も聞き逃さない気持ちで神経を集中させた。

そんなタクの耳に、かすかな音の揺らぎが聞こえる。


「ひっく・・・・・・ひっく・・・・・・。」


小さな少女の泣き声。

タクは安堵感に包まれる。


「どうしたんだ?

出ておいでよ。」


その声に反応してか、何もなかった空間が歪み、

次第に、身体を丸めて座っている少女の姿が現れ始める。

ハルカはカサンドウラ上陸の際に変装していたはずであったが、

現れた少女は、いつものハルカの姿をしていた。

その事で、タクはここが現実社会ではない事の確信を得た。

少女はタクの声に反応して顔を上げる。

泣きじゃくっていたのか、瞳には涙が溜まっていた。


「タク?

どうしてここに?」


タクはハルカへと近付いていく。

顔を斜めに傾けながら、困った表情をして彼女の隣に佇んだ。


「俺にもわからないさ。

君たちクールン人と出会って、わからない事ばっかりだ。

もう何でもありで、ご都合主義の物語みたいだよ。」


タクは笑うと、ハルカの隣に座った。

だが、ハルカは顔を大きく左右に振る。


「だめ、ここに居てはダメ。

悪意が・・・・・・、人の悪意が押し寄せてくる。

タクは逃げて!!」


ハルカが言ったあと、空間がまた歪みはじめた。

ボワボワワと視界の一部が歪むと、

まるでテレビの画像に映る映像が、

ノイズでぶれるように歪んだ場所がいくつも現れ始める。

そして次第に何かを形作っていく。

それは文字だった。

真っ白な純白のキャンパスに書き殴られたかのように

至る場所に文字が浮かび上がってきては、

それは2次元ではなく3次元の立体で形作られていく。

だが、完全なブロック体ではなく、ほんのりぼやけているような、

ジジッ!と時折ノイズを孕んだかのように揺れる様が、

不気味さを醸し出していた。

そしてタクは、空間に浮かび上がる文字の羅列に、

そのワードに見覚えがあった。

この場所に来る前に、街中でみかけた横断幕やプラカード。

そこに書かれていた文字が浮かび上がってきていたのである。


「そうか、悪意って。

カサンドウラの人々の悪意をっ!

ハルカ、魔法は使っちゃダメだ。

使わないって約束してただろう?」


タクはこの状況を、ハルカの魔法の影響だと思った。

ハルカの魔法の使用は、皇帝ウルスによって禁止されている。


「魔法を使ってるつもりはないよぉ。

でも流れ込んでくるんだ。

助けてよぉ。」


ハルカはタクに助けを求める。

人は他人の状況はわからない。

例えば、頭が痛いと言っても、どの位の痛みなのか?はわからない。

人物Aには耐えられない痛みかもしれないが、

人物Bからしてみれば、耐えられる痛みかもしれない。

もっと言えば、赤色の絵具が、本当に赤色に見えているかなんて、

誰にもわからない。

人物Aが赤色と言っても、人物Bには緑色に見えているものを

便宜上、赤いと言っているだけかも知れないのだ。

つまり、ハルカの「魔法を使っていない状態」が

普通の人間の感覚と同じであるとは限らない。

ハルカからしてみれば、普通の人間と同じ感覚でいるつもりでも、

実は全く違う可能性があるのだ。

タクはそのハルカの精神世界の一端を見ている。

彼女の世界には、普通に人の感情が流れ込んでくるのだ。


ビュッ!


3次元の物体に変わった文字のブロックが

急に速度を上げ、タクに向かって飛ぶ。

言葉の塊はそのまま質量を持って、タクにぶち当たった。


「いたっ!」


腹部に突き刺さった文字のブロックは

タクの身体をくの字に折るほどの勢いでぶつかると、

身体にダメージを与え、そして消えていく。


「痛い・・・・・。こんなの暴力じゃないかっ!」


タクが叫んだときには、無数の文字が

視界一杯に浮き上がろうとしていた。

その数は、数えるのも馬鹿らしいほど膨大だった。


「こんなの、全部を受けたら

平気なわけがないっ!!!」


タクは思わず、ハルカを包み込むように抱きしめる。

文字のブロックから彼女を守るように、

タクはハルカに覆いかぶさったのだった。

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