2章 22話 1節 惑星カサンドウラ
星暦1003年4月3日
小型連絡艇マイルバは無事惑星カサンドウラに到着した。
宇宙港にたどり着いた一向は、
護衛隊のリーダーであるダイモン少尉の先導の元、
マイルバを降りる。
惑星カサンドウラは、人類が居住する惑星としても
一等級の生存に適した惑星であり、天然ものの
空気や酸素が存在する惑星であった。
発見当初は生命体の存在も期待されたが、
生物のいた痕跡はあるものの、知的生命体まで進化はしておらず、
最終進化は昆虫に似た生物までで、
更に推定3000万年前ほどには全滅したと考えられている。
全滅の理由はわかっていない。
人類がカサンドウラに居住した時には、
平均温度22度の快適な空間が維持されており、
何千年と変わらない地形が人々を出迎えた。
惑星として火山活動などの地殻変動のない惑星で
「死惑星」と分類して呼ばれる惑星である。
死という単語が付いてはいるが、人類にとっては
住みやすく、気温の変動も恒星を公転する運動と
自転による昼と夜の差しかなく、災害という災害も起きない
比較的快適に住める土地だった。
宇宙港のロビーに降り立ったタクら一行に
現地の職員が出迎えに来る。
「ゲイリ中佐一行でございますね。
私はカサンドウラ惑星議会委員のモーネットと申します。」
モーネットは握手を求めてきたため、ゲイリも右手で
握手を返す。
「この度は補給の申し入れ、承諾してくださり
ありがとうございます。」
「軍への援助は市民の反対が強い。
戦争状態であり、協力するのはやぶさかではないとは言え、
当初の予定通り、食料や燃料の援助に限らせていただきます。
そこはご了承のほどを。」
「もちろんです。
助かります。」
「では、こちらへ。」
モーネットの案内で、一向は駐車場へと向かった。
そこには黒光りする縦長の高級車が止まっており、
警備の兵たち用のバスが3台ほど用意されていた。
案内のまま、全員が送迎車に乗り込む。
今回の上陸は、物資の受領書の調印が目的である。
宇宙空間で調印すれば済むところ、わざわざ惑星上で行うのは
カサンドウラ側からの要望であった。
居心地の良い惑星カサンドウラに住む住人にとって、
宇宙空間というのは地獄のような世界である。
カサンドウラ市民の多くは一度も宇宙空間に出ずに
生涯を終える者も少なくない。
カサンドウラにも宇宙事業はいくつかあるが、
ほどんどは無人AIによるロボットで賄われており、
宇宙に出る人間は、生活の貧しい人々の出稼ぎ労働に限られた。
もちろん、宇宙旅行もした事がない人々が住む
内弁慶な文化という印象もある。
受領書の受け渡しも、直接会わなくても実施可能ではあるが、
彼らの援助を受ける側である帝国軍が誠意を見せる必要もあり、
カサンドウラまで出向く事になったのである。
出向いてもらっている分、カサンドウラ側の接待も十分に準備されていた。
警備兵用のバスとは違い、タクとハルカとゲイリ、そしてダイモン少尉が
黒光りの高級車に乗り込む。
助手席にダイモン少尉、後部座席に3人とカサンドウラの職員が乗り込む。
前後をバスが囲むと、車は宇宙港を出発した。
タクは走り出した車の窓から外の景色を見る。
地上を初めて見るというわけではなかったが、
青く広がる空、のどかに続く草原に目を奪われてしまう。
タクの地上での思い出は、あまり快適なものではない。
鉱山労働者として坑道にいた景色とは明らかに違っていた。
「いい星ですね。」
誰に言ったわけはなかったが、カサンドウラの職員モーネットが頷く。
「そうでしょう。
カサンドウラは地上の楽園の一つです。
この星を戦火に巻き込ませるわけにはいきません。
我々は基本的に軍備を忌諱しているが、
帝国には戦争に勝ってもらわねば困るのです。
今回の補給物資の提供は苦渋の決断なのですよ。
是非、無駄にはして欲しくないものでありますな。」
補給物資の提供とは言っても、艦隊や部隊単位にではなく、
巡洋艦ブレイズ1隻分の補給である。
艦船1隻で戦争の趨勢が決まるわけではないのだが、
モーネットは今回の補給を恩着せがましく言うのである。
タクもゲイリもその言葉は流す事にした。
「我々に出来る事は、努力致します。」
タクは便宜上、モーネットにそう返すの留める。
問題のある惑星という情報を、予めゲイリから仕入れていたのは
良かったと思う。
ここで言い争いしても仕方がない。
タクは会話を止め、窓の外に意識を集中した。
窓の外の景色に、次第に民家が見えるようになる。
町に近付いている感じだった。
タクは振り返ってハルカに声をかける。
「ハルカ。町が近そうだよ。」
しかしハルカは座席に身体を沈めたまま反応がない。
いつもは元気なハルカにしては、ありえない反応だったのである。
思わず、体をハルカに近付けた。
「ハルカ?」
タクの声にゲイリも反応した。
おでこに手をやるが、ハルカの反応は眉をしかめただけで
二人の声に対しての反応はない。
「まずい。重力宇宙病か?
モーネットさん近くに病院はありますか?」
「町の中心部に行けば・・・・・。
もうすぐ市内です。
急ぎましょう!」
モーネットは通信機を取り出すと、各方面に通信を繋ぐ。
彼としても、軍と事を構える事は本意ではない。
迅速に行動した。
重力宇宙病は、宇宙から重力下に降り立った時に発症する難病である。
治療法はなく、反重力装置で重力を軽減し、
症状を和らげる事ぐらいしかできなかった。
そして、その反重力装置が設置してある病院は限られるのである。
タクはハルカの顔を心配そうに覗き込んだ。
額には汗が滲み出ており、明らかに顔色が悪そうである。
「病院はもうすぐだからね。
頑張ってハルカ。」
タクはハルカの左手を両手で握りしめるが、
力のないハルカの右手も、心なしか少し冷たかったのである。




