2章 21話 6節
小型連絡艇マイルバはブレイズから切り離されると
ほどなく、惑星カサンドウラ上陸用の軌道に乗る。
このままコンピュータ計算で自動的に自転軌道に乗り、
惑星を2週ほどして降下態勢に入る。
ただ座っているだけで良かったタクは、
ゲイリに質問してみる事にした。
「先生。
カサンドウラって聞いて、皆の顔が
曇っていましたけど、何があるんですか?」
タクの質問は至って普通の質問である。
カサンドウラ上陸の話を聞いて、浮かれた顔をする大人はおらず、
誰しもが顔をしかめた。
何か理由がないと、そういう反応にはならない。
ゲイリは特に隠す必要もないという素振りで答える。
「スノートールは、内戦が勃発するまで
民主王政という制度の国だったことは知っていますね?
他の王国より、民意が強い国でした。
また、地方から議会に出席する議員を擁立するわけですが、
スノートールは、マイノリティの意見を尊重する為、
各地域にある程度の思想を根付かせ、
似たような主義の人間を、
同じ場所に住まわせるという政策をとっていたのです。
タク君は、まだ未成年ですから選べませんが、
成人したと同時に、自分と同じ主義主張を持つ惑星への
居住が可能であり、その費用は国が助成していました。
元の惑星で土地を持っていたら、国が買い上げ、
新たな惑星で、同額の土地を手配する。
こうして、同じ主義主張の者が多く集う事によって、
地域の代表は、必然的にその地域に住んでいる人々の民意の代表になるわけです。
ですから、各惑星で色が出やすくなります。
こうする事で、国家全体でみれば少数意見でも、
地方都市の代表を議会に送り込みやすくなるというシステムでした。
もちろん、全ての惑星がそうだという事はありませんが、
例として、民主デモを起こして弾圧された惑星マルボは
民主政治を推進する住民が集う惑星であり、
絶対王政のガイアントレイブの治世に反対した結果、
都市崩壊という悲劇が生まれたわけです。」
一旦、ここで言葉を途切れさせる。
タクと、一緒に話を聞いているハルカがここまでの内容を
理解できたか確認するためだった。
特に質問などなさそうなので、ゲイリは言葉を続ける。
「惑星カサンドウラ周辺は、平和主義者が多く集う地域として有名です。
いや、平和主義者というより、軍備放棄派と言ったほうが適切ですかね?」
「軍備放棄派?」
言うまでもなく、タクやゲイリは軍隊に所属し軍人である。
軍備放棄というワードは、心地よいものではない。
タクは言葉を確かめる。
「軍備放棄って事は、軍隊の否定ですか?
宇宙軍は単純に軍隊というよりも、
宇宙における警察のような役割ももっていますよね?
それさえも、ダメなんですか?」
「カサンドウラのある星系は、
琥珀銀河形成初期に生まれた星系と言われていて、
年老いた星系なんです。
年老いた星系はチリやゴミなどが少なく、
星系内は比較的クリアなのです。
宇宙海賊が拠点にできるような小惑星なども数が少ない。
ですから、カサンドウラ付近で海賊は出現しないのですよ。
拠点を作っても、直ぐに見つかってしまいますから。
宇宙軍を必要としない事が、
カサンドウラを軍隊放棄の思想へと走らせる動機にはなっていますね。」
それまで黙っていたハルカはここで口を挟んだ。
「戦争が起きているってのに、お気楽なものね。
攻め込まれたら、どうするのよ。」
ハルカの疑問にゲイリは頭をかいた。
「彼らは大人しく降伏する。と言っていますね。
琥珀銀河では国家間の戦争がなかった時代が長いですから、
占領地の住民がどういう扱いを受けるのか?
を正しく理解している人が少ないのでしょう。」
タクはゲイリが何を言いたいのか?を理解できたが、
極論にも思えた。
「でも、先生。
宇宙軍が常駐していない星系はそもそも
宇宙軍に抵抗する事は無意味で、
実質、直ぐに降伏していますよね?
そして実際に、降伏し、占領地になった惑星はありますが、
どこも特に混乱はないと思います。
マルボの件は、暴動が起きてしまったからで、
抵抗さえしなければ起きていなかった。
そう考えると、惑星に軍隊って必要なのでしょうか?」
タクの質問にゲイリは段々、いつもの講師としての顔が出てくる。
「確かに、今の軍隊というのは
国民を守る軍と言うよりは、体制。
王家や貴族を守る軍隊になっています。
ナショナリズムという意識が人類に芽生える前は
軍は貴族の所有物であり、市民の軍ではなかった。
その時代の軍の形に似ていると言えるでしょう。
ですが、戦争に負けて一番悲惨な目に合うのは
いつの時代も市民なのですよ。
基本的には、降伏すれば市民の安全は
為政者に保証されます。
ですが、たまにモンスターと呼ばれるような為政者が出てくる。」
「モンスター?
怪物ですか?」
「ええ・・・・・・。
占領された地の市民の安全というのは、
占領者の善意によってのみ、担保されるのです。
ここが肝になります。
もし、悪意のある者が為政者ならば、
それに抵抗する術はありません。
降伏を選択するためには、次の支配者となる為政者を
見定めなくてはならないのですよ。
そうでなくては、悪意に塗りつぶされてしまいます。
軍備とはすなわち、降伏する相手を選択するための
手段でもあるわけです。
また、悪意じゃなくても、
善意で市民を殺しまくった為政者もいます。
自分が正しい、人々の幸せのために。とね。」
「・・・・・・・。」
タクとハルカは黙った。
想像が追い付かないからである。
しかし、タクが直感的に感じた事を言う。
「でも、大量虐殺とかしたら、
世界が黙っていませんよね?
非難されて、裁かれますよね?」
「そうですね。
確かに、大量虐殺などを起こしたら、
裁かれ非業の死を遂げたり、
晩年まで権力を握っていても、
のちの時代に断罪される事が普通です。
ですが、それがなんだって言うのです?
例え独裁者が裁かれたとて、それまでに殺された人々は返ってきません。
独裁者を否定しても、亡くなった人々は生き返らないのですよ。
悪意のある独裁者に対しては、
出現する前に抵抗しなければなりません。
そういう人物を国のトップに迎えてはいけないのです。
ですから我々は、
信じられる者に権力を与え、それを維持するために軍を必要とするのです。」
タクは頭を抱えた。
「んー。わからないなぁ。
僕が信じてる人と、例えば、ワルクワやガイアントレイブが信じている人は違う。
先生の理屈だと、世界から戦争は無くならないって
言ってるように聞こえます。
世界中の全ての人々が、信じられる人物なんて
そんな神のような人が現れるなんて思えない。
AIによる世界統治も、人類は失敗したんですよね?
その考えだと、ルカゼの言うクールン人による支配は
可能性としてはアリなように聞こえます。
魔法と言う圧倒的な力で、人々にクールン人を力で信じさせる事が出来れば、
世界に平和をもたらす事が可能なのではないでしょうか?」
既にハルカは、話に興味を失ったかのようで、
椅子に深く座り、目を閉じて仮眠をとる態勢になっていた。
タクの言葉にゲイリは首を振る。
「そんな単純な話ではないですよ。
確かにクールン人の支配ってのは
魅力的に私も感じます。
ルカゼという少女に実際に会ったわけではありませんが、
彼女が信じられる存在であるなら、彼女に未来を預ける。
それも一つの手でしょう。
ですけど、たった一つの事由によって、
そのシステムを否定できるのです。
何かわかりますか?」
「先日習った、AI社会理論ですか?」
タクは人類が過去に実験したAIによる社会運用の授業を思い出した。
一般的にAIでの社会運用は失敗したと言われている。
否、失敗というよりも成功するケースはあるにはあるのだが、
一定の条件が当てはまるときのみ成功するという結果だった。
その条件というものは複数あるが、実際問題として琥珀銀河でも
AIが社会を統治している地域とシステムは存在していた。
だが、一般社会とは切り離されているのである。
ゲイリは答えを急がない。
「理屈で物事を判ったように感じるのは危険です。
急いで結論をつける必要はないでしょう。
人類はこの問題に5000年かけても、回答を見つけられてはいないのですから。
今回のカサンドウラ上陸。
そこで何を感じるか?
そういうものの、積み重ねですよ。」
ゲイリはいやらしく笑った。
タクは改めて椅子に座り直すと、身体の力を抜いた。
まだモヤモヤしたものが残っているのも、また事実だったのである。




