2章 20話 6節
ガコッ!
ガコッ!
タクが右手で操縦桿を、左手でギアを操作し、
1段階、推力を上げた。
「父さんは心配なのかもしれないけど、
僕の目はしっかりと目標を捉えているよ!
ハルカたちクールン人を、人類の社会と共存させる。
そりゃ、全てが人類と一緒というわけじゃないだろうし、
一人で出来る事だってたかが知れてる。
でも、僕はウルス陛下を信じているし、
人の優しさと器量の大きさだって信じている。
ハルカたちだって、そんな無茶な事を望んでいるんじゃない。
きっとルカゼだってそうだ。
たった30人ぐらいのクールン人を受け入れる事が出来ないなんて、
そんな人類はちっぽけな存在じゃない!
僕は自分の力を信じるし、皆の善意を信じる!
まだ、力は足りないかもしれない、
だからって!!!
自分の力のなさを理由に、
諦めていい事じゃない!」
ルシュヴァンからの弾幕を大きく右に迂回しながら
少しずつタクはティープとの距離を詰めにかかった。
長距離戦では、まぐれは起きない。
タクがこの模擬戦に勝てるとするのであれば、
まぐれ頼みである。
確率は低い。
勝てるとするのであれば、奇跡である。
だが、その奇跡を手繰りよせるために、
タクはアクセルを踏んだ。
ごおおお!
一気に前に出る。
「この剣を!
父さんに届けるっ!!」
スノーバロンはロンアイソードを抜いた。
「来るか!?
お前の意思!
どれほどの重さなのか?
その剣に想いを乗せてみろ!!!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ガシャーーーン!!!
ルシュヴァンも剣を抜くと、お互いの剣が真正面でぶつかり合う。
勢いはタクのほうが勝っていた。
そのため、ティープはルシュヴァンのアクセルを全開に、
スノーバロンの剣を受け止める。
機体のパワーではスノーバロンのほうに分がある。
タクは勢いのまま、剣を押し込もうとするが、
勢い、そしてカタログスペックでは劣るはずの
ルシュヴァンも一歩も引かなかった。
ギギギギギ!
と、剣と剣がこすれ合う音がコックピットにも振動として伝わってくる。
タクは更に操縦桿を前へと倒した。
「パワーなら、スノーバロンのほうがっ!」
これは事実であったが、技量の差が出ていた。
ティープはマシンパワーの100%をロンアイソードに向けていたのに対し、
タクは機体の姿勢、力の向きの加減で、パワーを100%はロンアイソードに
伝える事が出来ていない。
しかし、技量で劣るのは仕方ないと言えた。
相手は百戦錬磨のエースパイロットである。
それを理解してタクはティープに挑んでいるのだ。
そんな事は百も承知でぶつかり合っているのだ。
「パワー負けしているんじゃない!?
マシンのパワーを伝えきれていないのかっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
ハルカの悲鳴が聞こえた。
スノーバロンは力と力のぶつかり合いで
大きく振動していた。
それまで極力、ハルカに負担をかけない乗り方をしていたタクだったが、
近接で押し合いをしている状況ではそうも言っていられなかった。
一瞬、「我慢して!」と叫びそうになるが、
寸でのところで言葉にするのを止めた。
違う。違うのだ。
目的のために、何かを犠牲にするという覚悟じゃダメなんだ!と
自分に言い聞かせる。
タクが求めているのは、犠牲のない世界だ。
我慢して!ではなく!
「ハルカ!
受け入れて!!
キツイ状況があるかも知れない。
苦しい時があるかも知れない。
でも、それを受け入れて、前に進むんだ。
父さんは、その覚悟を見ている!」
「そうは言ってもさぁ・・・・・・。
ああん!もう!」
他の者が見れば、
「我慢する事」と「受け入れる事」
大差ないように思えるかもしれない。
だが、親に捨てられ、孤児として育ったタクは
その両者の違いを明白に感じていた。
「我慢」は内に溜める事である。
その分、社会への不満も出てくる。
我慢している自分を美化し、それだけで何かを成し得た気分になる。
その結果、前向きに何か努力する事はなく、
我慢するだけで満足し、現状維持を認める事にも繋がるのだった。
8歳までのタクはそうだった。
全てが憎くて、でもどうしようもなくて、
我慢していた。
何の努力もせずに。「今にみてろ!」という気持ちだけが先走った。
だが、8歳の時に希少金属採掘現場に身売りされた後、
考え方が変わった。
そこでは、仕事をしたら認められた。
まだ少年であるにも関わらず、作業用FGの操縦も任せられ、
それが今に繋がっている。
タクは、現状を受け入れる事が出来た。
奴隷のように身売りされ、採掘現場に放り込まれたが、
不幸中の幸いか、評価される場所に行きついたのである。
それは、周りの大人たちに恵まれた結果ではあったが、
タクは今を受け入れ、そして前を向く事ができた。
「僕はハルカやクールン人に出会った!
その前に、母さんや父さんにも出会って、
そこから皇帝陛下に名前を覚えてもらえるようにもなった!
受け入れるんだ!
全ては繋がっている!!!
だから、今があるんだっ!!!!」
タクは操縦桿を右に捻る。
パワーの押し合い時に、無駄な操作を入れる事は、
バランスを崩す要因になってしまう。
だが、タクは繊細な操作でスノーバローンの比重を傾けた。
押し合いに終始していたティープのほうの態勢が崩れる。
「なにっ!
パワーで勝っているスノーバロンのほうから、バランスを崩した!?」
歴戦の戦士であるティープだったが、
この時は不利な状況であった。
FGのパワーで負けているにも関わらず、あえてパワー勝負を挑んでいたからである。
それを互角にしていたのは、ティープの技量の高さであったが、
その反面、全ての集中力をパワー勝負に注ぎ込んでいたのである。
まさか、パワーで勝っているスノーバロンのほうから、
態勢を崩してくるとは考えていなかった。
タクを侮っていたのも少しはある。
態勢を崩したルシュヴァンのロンアイソードが、
スルリと空を切る。
そのタイミングを逃さず、タクは剣と横に振るった。
しかし、そう簡単にやられるティープではない。
「まだ、甘いっ!」
タクの剣筋は、真和組の隊員たちから見れば甘々である。
それに切られるティープではなく、
ロンアイソードを構え直し、下方から上に突き上げる。
ガシィン!
再度、ロンアイソード同士がぶつかり合うが、
この時、タクは全身全霊を込めた一撃を放っていた。
キィィィン!
受けにまわったルシュヴァンの剣が手元を離れ、遠くに弾き飛ばされる。
タクとハルカの視野に、遠くに飛んでいくルシュヴァンのロンアイソードが
クルクルと回転しながら映し出された。
「やった!」
「凄いっ!!」
「だから甘いと言っている!
マシンのパワーに頼りすぎだ!!!」
歓喜の声を二人が発した瞬間、
ティープのルシュヴァンは機体を水平に倒すような恰好で、
右足をスノーバロンの腹部に叩き込んだ!
「うわぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
激しい振動がコックピットを襲う。
タクは操縦桿を引き、なんとか態勢を立てなおそうとするが、
ガガガガガガガガガッ!!!
ピーーーーーーーーーー!
警告音と共に、コックピット内が真っ赤なランプに染まった。
模擬戦での撃墜判定である。
タクは慌ててダメージを確認した。
何が起こったのか、把握できていなかったからである。
バッカーは、蹴られて流された瞬間に、
ルシュヴァンからマシンガンを一斉に受けたダメージを
ウインドウに表示していた。
「あの一瞬で、銃弾を叩きこまれたのか・・・・・・。」
タクは茫然とした。
剣が弾き飛ばされるも、蹴りを放ってお互いの距離を取り、
タクが態勢を立て直す前にマシンガンを構えて、撃ち込んできたのだ。
凄まじい速さと判断力と技量である。
安易に勝てるとは思っていなかったが、エースと呼ばれる男の凄さを
改めて実感する。
真っ赤に染まるコックピットで、ハルカもようやく状況を把握した。
「負けたの?」
「ああ、完敗だ。」
言葉とは裏腹に、ハルカの目にはスッキリとした表情のタクが見えたように思えた。




