2章 20話 5節
ティープの言葉が3人に突き刺さり、
ハルカは脱力したように肩を落とす。
「何それ・・・・・・。
スノートールはクールン人を受け入れてくれるんじゃなかったの?
私が今、ここにいるのは・・・・・・。」
タクがハルカの言葉に反応した。
「ハルカは黙ってて。
大丈夫。
これは、父さんが僕を試しているんだ。
たとえ話さ、そんな状況になっても、
信念を貫き通せるか?って僕に問いかけている。
スノートールがクールン人を裏切るって話じゃないよ。」
優しい声でハルカに答えた。
ハルカは隣に座るタクを見る。
彼女からはタクは見えているが、タクからハルカは見えない。
だからこそであろうか。
タクを見つめていても、恥じらいはなかった。
今までは、少し恥じらいがあり、相手の顔を見つめる事が出来なかったハルカが
タクをじっと見つめる。
真っすぐにモニターを見るタクの表情は本気に見えた。
意思の籠った瞳が、ルシュヴァンを睨みつけていた。
ハルカは我慢できないように言葉を振り絞る。
「そうは言っても、
タクとティープが戦うなんて状況は受け入れられないよ。
私たちのために、大切な人同士が戦うなんて、
そんなのないよ。
そんな可能性が一つでもあるんだったら、
私はルカゼの元に行くしかないじゃない!」
「そうはさせないよ。
クールン人だけじゃない。
僕らも、皆で幸せになるんだ!」
タクはスノーバロンを巧みに操縦しながら言った。
既にマシンガンの弾が飛び交う交戦状態であったにも関わらず、
彼は歴戦の勇士のように凄く落ち着いているようにも思える。
例え模擬戦とは言え、エースパイロットと対峙しているにしては
冷静すぎるように感じられた。
その違和感はブレイズの指令室でも気付いていた。
マリーの隣でFGの挙動を計っていた観測員が
マリーに報告する。
「タク二等兵。これ凄いですよ。
大佐の攻撃を避けながらも、搭乗者への負荷を最小に抑えている。
負荷値は戦闘中とは思えない数値で推移しています。」
観測員の驚きは当然であった。
無重力の宇宙空間とは言え、慣性の力が発生する。
敵の攻撃を避けるなどの激しい運動は、中のパイロットに
平衡感覚の狂いなどの症状を発症させた。
それに慣れるために訓練を行うのであるが、
タクは問題なくとも、正規のパイロットではないハルカは
戦闘に耐えられるほど訓練を積んでいるわけではない。
観測員の報告は、スノーバロンがハルカが耐えられるぐらいの
運動しかしていないという事であった。
そのような動きで敵からの攻撃を避けているという事であった。
それを、ティープというエースパイロットの攻撃を、である。
常識外と言えた。
報告に戸惑うマリーより先に、観測員の言葉に反応したのは、
指令室に見学に来たゲイリだった。
「父親が父親なら、子も子だな。
血は繋がっていないとは言え、ティープと行動を共にするだけある。」
後方からの声に、マリーは慌てて振り向くと
上官であるゲイリに対し敬礼する。
ゲイリは気にも留めないように言葉を続けた。
「しかし、ティープめ。
スパルタ教育だな。
自分が14歳の時に、同じような決断を迫られたら
答えられなかっただろうに。
厚かましいというか、なんと言うか。」
ゲイリとティープは士官学校時代の同級生であり、
15歳の時よりお互いを知る立場である。
15歳当時のティープは、世界を背負うような少年ではなかった。
ティープの弁護をするとすれば、王族であったウルスと、
ウルスの幼馴染であったゲイリが
当時から大人びていただけだったのだが、
自分に出来なかっただろうことを、タクに要求するティープを
ゲイリは糾弾した形である。
マリーはゲイリに問う。
「ゲイリ中佐。
皇帝陛下が、クールン人を排斥する決断をする事はあるのでしょうか?
私はクールン人との共存するために、
今の任務についているのだと考えています。
もしこの先、クールン人を排斥するような事になれば、
私だっっ!!!」
マリーが全て言い終わらぬ内に、ゲイリはマリーの顔の前に
人差し指を突き出し、言葉を発するのを止めさせた。
「たらればで、未来の自分を語らないほうがいい。
状況なんていくらでも変わるもので、その時どう動くかなんて、
誰もわからないものさ。」
「ハッ!
出来すぎた真似を致しました!」
マリーは体制批判にもなりかねない自分の言論を恥じた。
改めてモニターに視線を戻す。
スノーバロンとルシュヴァンはお互い決定機を作れないまま、
交戦を続けていた。
マリーは思考を一旦落ち着ける。
「もしかして、私たちは
とても重大な、歴史が変わる一瞬にいるのではないでしょうか?」
ティープの突然の行動を見て、マリーはそう考えた。
帝国の大エースパイロットであるティープが
タクに決断を強いる。
それはただ単に、親権者としての行動に留まらないように思えたからである。
その問いにゲイリは苦笑した。
「いまさら・・・・・・ですか。
皇帝ウルスの側近と、皇帝の妹、そして軍の一番のエースが
軍の中枢ではなく、宇宙の辺境を漂う
たった一隻の巡洋艦に集まっているのですよ?
しかも戦時中に、戦場ではない場所に。
それがどのような意味を持つのか?
軍曹にもわかりますよね?」
ゲイリの言葉に、再度血の気が引く思いがしたマリーだった。




