2章 20話 4節
ゾクッ!
タクの背中に悪寒が走る。
父であり、先輩パイロットであるティープと
模擬戦は何度かやった事がある。
しかし、その時に感じなかった恐怖をタクは感じていた。
訓練を監督していたマリーも、驚きの声をあげる。
「ルシュヴァン?
ティープ大佐?
予定ではなかったはず。」
一閃の光の尾を吐き出しつつ、ルシュヴァンは大きく右旋回しながら
タクをターゲットに見据えた。
通信機から、ティープの声がタクに届いてくる。
語気自体はいつものティープだった。
「タク。
判ってるな?
クールン人の存在が、世に放たれた。
それがどういう事か、判っているな!?」
ハルカが通信機に乗ったティープの声に反応する。
「ティープ?
何?どうしたの?
ちょっと怖いよ。」
ハルカはパイロットではなく、素人である。
ティープがエースパイロットであるのは知っているが、
どれほど凄いのかはわかっていない。
だが、そんなハルカにもエースパイロットの威圧が届いていた。
肌で判じるほどに強烈に、恐ろしいほどに。
凄まじいプレッシャーを一身に受ける。
ハルカは横に座るタクを見た。
怯えているのではないか?と思ったのである。
しかし、ハルカの目に映るタクは、操縦桿をしっかりと握りしめ、
ホログラム映像先のルシュヴァンを見据えていた。
「父さん。
聞かれるまでもないよ。
ハルカは、クールン人は僕が守る。
ガイアントレイブが、例え真和組が来たって
逃げるものか。
そんなの当たり前じゃないか!」
気圧されそうになるプレッシャーの中、
タクは一つ大きく深呼吸をして、
ティープに答えた。
ガコン!
ティープの乗るルシュヴァンのギアが上がった。
「ならば、その覚悟を見せてみろ!
真和組のパイロットは、俺より強いぞ!」
そんな事実はない。
真和組の兵士とティープは交戦したことがあるが、
一方的にやられた事はない。
だが、互角にやり合い、引き分けになった事はあった。
それほどの相手ではある。
ギアを上げたルシュヴァンが、スノーバロンとの距離を詰める。
今回、お互いビームライフルは所持していない。
模擬戦用のマシンガンのみである。
先に発砲したのはティープだった。
もちろん、先制気味の威嚇攻撃である。
激しく放たれる120mmマシンガンの銃弾をタクは避けた。
「ここで勝てば、認めてくれるんだね?父さん。」
模擬戦とは言え戦闘行為が始まっているのに、
ティープ相手に通信を繋ぐタクに余裕さえ感じられる。
ティープはタクの余裕を打ち消すかのように
マシンガンの弾幕をばら撒いていった。
「何かを守るという事の決意を聞いている!
自分自身だけならまだしも、他人を守るという事が
どういう事か?
理解しているのか!?タク!」
ブレイズの指令室で二人の会話を聞いていたマリーは
ティープの出撃について何も知らなかった。
だが、ティープの声が悲痛な叫びのように聞こえていた。
彼女は、ティープが一番守りたかったものを
守れなかった現実を知っている。
ティープの婚約者、カレンディーナは
婚約者が戦場に到着する前に命を落とした。
もう少し早ければ、救えたかも知れなかった。
恐らく、その事を一番に感じているのは
ティープ自身であろう。
「大佐・・・・・・。
タク・・・・・・。」
そして次にタクに思いを馳せる。
まだ14歳の少年兵でしかないタクが、クールン人に対して
思い入れが強いのも、カレンディーナの影響だった。
カレンディーナが命を賭してまで、救おうとしたのが
クールン人なのである。
タクはカレンディーナの意思を継ごうとしていた。
マリーの心が激しく揺れる。
「ああ、大将はなんて罪作りな。」
思わず両手で顔を覆った。
カレンディーナは殉職しており、2階級特進して大将である。
マリーの心を他所に、タクはティープに対し
ハッキリと答えた。
「守ってみせるさ。
相手がガイアントレイブだって、真和組だって!
ハルカたちはもう十分に苦しんだ!
彼女たちには、幸せになる権利がある!!!」
タクの言葉にティープは口元を緩ませた。
勇ましい言葉であったのと同時に、
クールン人を守る理由に、カレンディーナの名前が挙がらなかったからだ。
(それでいい)
男が決意を示すのに、いつまでも
過去の人に縛られて行動するのはティープの矜持にはない。
彼の中で、決意とは自分自身の心が共鳴しているものでなければならなかった。
だがまだ、決意が足りない!
「タク!
お前はまだわかっていない。
クールン人を守るという事を!
それは最悪、人類全体を敵に回す事だ!
お前は、戦えるのか?
ガイアントレイブだけじゃない!
もしかしたら、ワルクワと!
もしかしたら、スノートールと!
俺はスノートールの軍人だ!
ウルスが、クールン人を排除すべきだと決断したのなら、
俺はそれに従わざるを得ない。
その時、俺を止める事がお前に出来るのか?
その覚悟を聞いている!!!」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
タク、ハルカ、マリーの3人が驚きの表情になる。
ショックを受けたかのような激震が3人を襲う。
まず声に出せたのはマリーだった。
「そんな・・・・・・。」
だが、その声は自分の感情を言い表せなかった。
そんな事が起こるわけがないという感情と、
そんな事が起こってはたまらないという感情と
そんな事が起こってしまってはいけないという感情が、
マリーの言葉を途切らせたのである。




