2章 19話 4節
戦艦リーフのブリッジに戻ったガルは、
早速、国王ドメトス6世に通信を繋いだ。
もちろん、周囲には遮音バリアを展開している。
通信機に出たドメトスはガルの顔を見るなりニヤリと笑う。
ガルは敬礼を返し、報告を行った。
「陛下。申し訳ございません。
既に報告は受けていると思われますが、
ガイアントレイブと交戦状態へと発展してしまいました。
私がついておきながら、このような事態になり、
お詫びのしようもございません。」
形式上の言葉である。
ドメトスの笑顔は消えない。
「何を言う。
ロアーソン研究所の責任者、リーと言ったか?
そいつを法廷に引っ張り出そうとしたのは、
奴らがそれを突っ跳ねると思っていたからだ。
戦況は我が軍が有利であるのに、
停戦交渉を我々から破棄するのは、体裁が悪いでな。
突っぱねた事を理由に、戦争を再開すれば良かった。
が、それを飲んできたのは意外だったが、
奴らから攻撃を仕掛けてきた。
過程は違うが、当初の計画通りと言うやつよ。」
「しかし、リー教授の持っていた
クールン人の情報は惜しい事をしました。」
「ふん。
クールン人が実戦に耐えられるようなものであったなら、
とっくにガイアントレイブは戦場に投入しておっただろう。
それを今の今まで投入しなかったという事は、
リーという奴もたいした情報は持っておらんという事だ。
まぁ、ないよりあったほうが望ましかったのは事実だが、
その程度の情報、惜しくもない。」
「はっ。」
とガルは神妙に応えたが、元々彼は
ドメトスらワルクワの首脳部には内緒で、
リーの暗殺計画を練っていた。
ルカゼへの評価が、リーの発言で変化する事を恐れた末の決断だった。
ルカゼを引き渡し現場へと連れ出したのも、
表向きはリーの顔を知っているルカゼで、
本人確認をするためであると同時に、
魔法でリーの命を奪うためでもあった。
この辺り、モミジに殺人を犯させまいとするトワと、
ルカゼを人殺しにまで利用しようとするガルには
大きな違いがある。
ただ、今になってみれば、ルカゼの巨大な力、
物理法則さえも捻じ曲げる神の如き力の前では、
リーの存在など、気にとめる必要もなかったのだと思える。
しかし、ガルの想定とは違うが、当初の目的通りリーは死に、
クールン人の研究成果はドメトスには届かない。
更に、ドメトスが望んだ戦争再開をも達成したのであれば、
十分な戦果である。
配下につけられたFGパイロット7機を失ったのは痛かったが、
ガルの配下につけられてまだ間もなく、
腹心を失ったわけではない。
また、国家としてもFG戦略を軍に導入してから日は浅く、
個の技量よりも、集団戦法で戦うワルクワでは、
FGパイロットの価値はまだまだ低い。
ガルにとって今回の結果に
悪い要素は見当たらないと言っても過言ではなかったのである。
だが、その本音を悟られないようにガルの表情は重い。
もちろんただの演技ではなく、
トワら真和組に手も足も出なかった不甲斐なさが、彼の表情を曇らせていた。
ドメトスはそんなガルを見て、話題を変える。
「既に戦端は開かれたが、三日後に
改めて全世界へガイアントレイブの非道を問う放送を行う。
その時はルカゼにも出てもらうぞ?
彼女に話を付けておいてくれ。」
その言葉にガルはドメトスに視線を向けた。
「戦端が開かれた?と言いますと?」
「第1軍ルギー公爵軍と第2軍のミッツバリー公爵軍が、
手柄を競うかのように先走ったのよ。
まるで今回の引き渡しが失敗するのを予想していたかのような
素早い動きであったわ。
よもや、ガイアントレイブと内通している可能性も疑うほどじゃ。」
「ルギー公爵も、ミッツバリー公爵も
独自のネットワークをガイアントレイブの陣営に持っているのでしょう。
内通というより、敵方からの内通者の可能性のほうが高いように思えます。」
ガルの予想は決して的外れではない。
戦況はワルクワ陣営のほうが有利であり、
両公爵がガイアントレイブと内通するメリットは少ない。
だが、ドメトス6世には息子がおらず、一人娘のカーナしか
子どもはいない。
王位をカーナ姫が継ぐにしても、その後ろ盾となる
勢力が誰になるのか?は、琥珀銀河の未来を決定する重要項目であった。
今のところ、ルギー公爵とミッツバリー公爵が抜きんでており、
2つの公爵家が互いに牽制しあっている状態であった。
今回の戦争は2公爵家にとって、次期王家を支える最大派閥として
君臨するチャンスだったのである。
それを承知で、ドメトス6世は
第1軍にルギー、第2軍をミッツバリーに任せたのだった。
従って、彼らは何よりも武勲・戦果を求めている。
そこに落ち目のガイアントレイブの各貴族や勢力から
内通者が現れても不思議ではなかったのであった。
ドメトスは口元をへの字に曲げる。
「ふん、。功を焦って猪突したばっかりに、
伸びきった補給線をガイアントレイブに狙われたアホウ共は
全く学ばないと見える。
ガルよ。
お主はどうみる?
ベートーキンへ1番乗りするのは、どちらだと予想するか?」
ベートーキンとは、ガイアントレイブの首都星であり、
女王クシャナダが君臨する地であった。
ガルは顔を斜めに傾げながら考える。
「距離的に早いのは第2軍のミッツバリー公爵でございますが、
ガイアントレイブの守りも一番厚いところ。
敵総司令官は、カラドルデ海戦で見事スノートール軍を退けた
ジャックスワン大将と聞いております。
一筋縄と言うわけにはいかないかと。
またルギー公爵軍は、未だ兵站の確保が十分ではないと伺っています。
両軍共に、我が第3軍より先にベートーキンを陥落させるのは
難しいのではないでしょうか。」
「スノートール帝国軍はどうか?」
この戦い、神聖ワルクワ王国は主力を3部隊に分け、
3方より首都星ベートーキンを目指していたが、
第3軍と並走して、スノートール帝国軍が4つ目の部隊として進軍していた。
厳密に言えば、スノートール軍も2つの進軍路をとっていたため、
計5方向からの進軍であるが、第5軍に相当する軍は規模が小さく、
ベートーキンからみれば方向的には4軍も5軍も同方向であるため、
大局的にみれば、ワルクワ3軍、スノートール1軍と見る事が出来る。
スノートールは内戦直後であったため、ガイアントレイブ領への進軍は
ワルクワよりも遅れていたが、今回の休戦期間中に追いついた感もある。
ガルの表情が険しくなった。
「動きの一番読めないのが、スノートールではございますが、
彼らに、ベートーキンへ一番乗りするメリットはあまりございません。
むしろ、戦線の膠着が奴らの狙いでございましょう。
あわよくば、ガイアントレイブの国力が疲弊しないうちに
クシャナダ女王が退位する事を願っているはずです。」
「クールン人問題に関しては?
ルカゼの支配については?」
ドメトスは話の確信に迫った。
琥珀銀河をルカゼの支配下に置く、その支配をワルクワが支える。という
ドメトスの次期支配構想について、ワルクワとスノートールは未だ
話し合いは行われていない。
ガルは唇を嚙み締めた。
そこはガルにとっても懸念点だったからである。
「従わせてみせます。
琥珀銀河の平和のために必要な事です。」
ドメトスはガルの言葉に大きく頷くのであった。




