2章 19話 2節
戦艦アカツキに帰艦したトワとソーイはブリッジへと向かった。
ブリッジにはナミナミとモミジが二人を待っていた。
想定外に穏やかそうなナミナミの表情を見て、トワは先に口を開く。
「逃げられました。」
両腕の肘から先と肩を同時に上に上げ、惚けた表情でトワは言った。
お茶らけているように見えるが、ナミナミとの関係性では
これが一番無難な対応である。
ナミナミもいつもと変わらぬトワを見て、逆に一安心した。
「まぁ、無事で何よりです。
魔法支援下のFG戦闘は未知数でした。
無事に帰還してくださったのが、何よりですよ。」
「俺はまた、ナミナミさんに怒鳴られるもんだと思ってましたが?」
トワが自分勝手な行動をした事は、1度や2度ではない。
その度に胃に穴が開く思いをする真和組の参謀たるナミナミであったが、
トワの自分勝手な行動で、部隊が全滅したとか、
作戦がおじゃんになったという事は皆無である。
むしろ、好結果を出していた。
また、隊員にもある程度の自主性を重んじるが真和組である。
軍隊ではなく、後世に「トワの私兵集団」と呼ばれた
真和組の真和組たる所以がここにある。
真和組は鉄の掟と言われるガチガチの隊内ルールがあるが、
それは主に日常生活や生き方への指針であり、
そのルールさえ逸脱しなければ、実は自由奔放な組織である。
もちろん、自分勝手な行動をするのに理由は必要であり、
理由を説明する義務は存在していた。
ナミナミの真和組での存在価値が、常識を唱える事であったので、
勝手な行動をする度に、トワはナミナミにお叱りを受ける事は多かった。
それを求められているポジションであるにも関わらず、
今回のトワの独断にナミナミの反応は穏健であり意外だったのである。
トワの質問にナミナミは少し困った顔をした。
「あのまま戦闘を継続していたとして、
ルカゼを、あの赤いFGを撃墜出来ていたとも限りません。
向こうには魔法という奥の手もあり、窮鼠猫を噛むという言葉もあります。
わざと逃がしたという訳でもなく、問題がある行動には思えませんよ。」
そこまで言うと、ナミナミはモミジに視線を流す。
彼女が表情を何も変えないのを見て、言葉を続けた。
「それに、女王陛下がトワさん、あなたに直接
ルカゼの暗殺を命じてきたのには、理由があるのだと私は思います。
女王は、あなたにルカゼという少女の暗殺が妥当なのか?
見極めて欲しいのではないでしょうか?
そして、その事の顛末を天に委ねたように思えます。
クールン人、そして魔法は人類には初のイレギュラーです。
あなたに殺されるのら、ルカゼはそれまでの存在、
人間社会も、これまでと変わらずに続く。
しかし、もしあなたの魔手を逃れ、生きながらえたとしたなら、
それは、人類の運命なのかも知れません。」
「そんな責任重大な事、言わないでくださいよ。
そういうのは、どっかの少年漫画の主人公みたいな奴に任せますよ。
俺の柄じゃないです。」
トワは笑う。
しかし、ナミナミの言ったことはあながち間違っていない。
ルカゼが人類の支配を望むのであれば、
倒さなければ、神聖ワルクワ王国がバックに付いている以上、
人類はクールン人の支配を受け入れざる得ないからだ。
女王クシャナダの真意は別として、
世界はトワの肩にかかっていると言っても言い過ぎではなかったのである。
トワの回答に勿体ない。トワには世界を左右する力量がある。
と感じるナミナミであったが、この時はこれ以上の会話を避けた。
もし、運命というものがあるのであれば、
否応なしに、本人の気持ちとは関係なく
時代の激流の中心にトワが居る事になるだろう。
その点に関して、ナミナミには根拠のない自信があった。
今ここであーだこーだ言う事ではないのである。
ナミナミが応えないのを見て、トワは質問をする。
「状況はどうなってますか?
戦闘行為が発生したのです。
直ぐにでも動きがあってもいい。」
「参謀本部へ報告いたしました。
現在は目立った動きはありませんが、
中立不干渉地帯から、我が軍の艦隊が後退しているとの連絡は受けています。
事情はどうあれ、船を沈め、FGも撃墜していますからね。
休戦協定は破棄されるのは時間の問題でしょう。」
「また悪者扱いされてしまいますね。我が国は。」
「元々、まとまるはずのない休戦交渉でした。
タイミングが違うだけで、遅かれ早かれです。
我が政府も軍も、そしてワルクワ軍でも同じ認識でしょう。
むしろ、再戦の口実に、クールン人の存在を
ワルクワがどう絡めてくるが問題でしょうな。」
「ルカゼか・・・・・・。」
トワはそう言うと、隣で発言を控えているモミジを見た。
心なしか申し訳なさそうな顔をしている。
トワは優しく彼女に視線を流す。
「モミジもご苦労だった。」
モミジの背筋が伸び、直立する。
「私がルカゼを仕留めていれば・・・・・・。
チャンスはあったのですが、申し訳ございません。」
この場にいるトワ・ソーイ・ナミナミの3人は、
そのモミジの言葉が嘘であるのは勘づいていた。
裏切りとかそういうものではない。
彼女に人殺しは出来ない。
短い付き合いだが、モミジは普通の18歳の少女である。
クールン人として、保護者のいない未成年として、
ルカゼを止めるという使命のために真和組に在籍しているが、
元々は普通の少女である。
ましてや、共に育ってきたクールン人の同胞を殺せるような
少女ではなかった。
もし、直接手にかけるような場面が訪れても、
引き金を引く事はできないだろうと、真和組のトップたちは判断していた。
だから、彼女がルカゼを殺められなかった事を非難するつもりは
3人にはなかった。
むしろ、モミジがルカゼを殺してしまっていたら、
そのフォローのほうが大変であるという認識でいる。
モミジもルカゼほどではないにしろ魔法を使う。
殺人を犯す事で精神的に変調をきたし、
第2のルカゼのような存在になるとも限らない。
クールン人には、何より精神の安定が必要だと、
トワは、ナミナミやソーイに話していたほどである。
「ま、またチャンスはあるさ。
それに、ルカゼが戦場の前面に出てこないというのであれば、
それは戦局を左右する事にはならない。
倒す必要もないと言う事だ。
今回の襲撃で警戒を強め、後ろに引っ込んでくれるのであれば、
それでいい。
懲りずに前へ出てくるというのであれば、叩くまでさ。」
トワにしてみれば、気がきいたセリフであった。
ルカゼを殺さないで済む選択肢をモミジに提示したからである。
だが、トワ自身はその選択肢を予想の範疇から度外視していた。
あの男が側に居る限り、ルカゼに平穏など訪れないと直感していたからだった。
だからこそ、トワはモミジに尋ねたい事がある。
「敵の赤いFG。
あれを墜とせ!と言ったのは、モミジか?
どうしたんだ?何を感じたんだ?」
「あ、あの・・・・・・。
副総長と出会った時と同じ感じを受けたんです。
強い意志、覚悟、信念、決意。
同時に、副総長とは並び立つ事が出来ない人だと。
どちらかが倒れるまで、戦い続ける人なのだと。」
「俺と?
それは、強敵だな。」
トワは笑った。
そして「心しておくとしよう。」と続ける。
モミジの発言には二つの意味がある。
赤いFGのパイロット、ガルとは相いれる事は出来ないが、
ルカゼとは共存できる可能性があるという事である。
モミジの感性が全てに正しいとは言えないが、
トワの脳裏に、ガルという男の名が強烈に刻まれる一つの要因となった事も確かであった。




