2章 19話 1節 クールン声明
真っ暗な空間。
一切の明かりを感じない漆黒の闇に覆われたトワは、
FGの動きを止めた。
これまでとは違い、コックピットの中までも
まさに真っ暗である。
目の前に自分の掌を持ってくるが、その掌さえも感じられないほどに暗い。
人は感覚で腕や足を動かす事が出来るが、
その行為には、視力の補助がある。
真っ暗な中では操縦桿を握りしめる事でさえも
数センチずれてしまうもの。
ましてや、タッチパネルさえも見えない状況で
FGを操縦するのは自殺行為であった。
「光を完全停止したか?
光の全くない空間とは・・・・・・。
流石にコレでは動けんな。」
トワは素直に白旗を掲げた。
この状況でルカゼを追う事はもはや諦めるしかない。
ちょっとした苛立ちはあったが、ルカゼを逃がしてしまう事ではなく、
通信を繋いでいたガルが、会話しているようで
その実、逃げるために自分との会話を
引き延ばしていただけだった事に対する
単純な不満だった。
「まぁだが、目的のためには何でも利用する男という事だ。
冷静で沈着でいいじゃないか。
結構、結構。
それでこそ、叩きがいがあるってものだ。」
トワはロンアイソードを鞘に仕舞う。
真っ暗闇で何も見えないとは言え、物質自体が透明になったわけではない。
光の反射がないだけだった。
FGの動作はコンピュータ制御されているので、見えていなくても
基本動作自体は可能である。
コントラヴァは一切の無駄な動きなく、ロンアイソードを鞘に戻した。
と言っても、画面も計器も見る事ができないトワには
FGが想定の動きを実施出来たかどうかまでは確認する術はない。
ただ、感覚が刀を鞘に戻した事を感じていた。
「ガルか。
初めて会った時は、少しは出来る奴だと感じてはいたが、
ルカゼの魔法と手を組まれるとなると厄介だな。
計画の練り直しが必要かもしれん。」
トワはコックピートシートに深く座り直す。
暫くするとピカッ!と視界の中が目を焼き付くような光に包まれる。
慌てて目を閉じ、更に片手で瞼を覆う。
そして強烈な光が収まるのを待った。
止まっていた光が動き出したのだ。
1秒前、2秒前、3秒前の光が同じ速度で一気に解放されたのである。
光の集合体は、太陽以上の光でトワらを照らした。
光の収束と言えばレーザーであるが、そういう光ではなく、
幾重もの映像がごちゃまぜになって周囲に展開された感じである。
やがて、日常の光が戻ってくるのがわかると、
視界は全体的にぼやけていたが、物を識別できるようになってきていた。
そして、完全に光が元の状態に戻った時には、
周囲にはソーイのコントレヴァしか居なかった。
トワの予想通り、ガルは一気に逃げ出したのだ。
もはやレーダーで捕捉できる位置に敵の姿は映し出されない。
明るさは戻ったが、静寂だけが宇宙空間に残った。
トワ機の横にソーイのコントレヴァが並ぶ。
先に口を開いたのはトワである。
「逃げられたな。
すまん。またナミナミさんに怒られてしまう。」
軽い苦笑と共にトワが言うが、反省の色は見えない。
反省の弁を期待していたわけではないソーイもつられて笑った。
「まぁいつもの事ですから。
それに、見定めたかったのでしょう?
あの赤い機体のパイロットを。」
「ああ・・・・・・。
ルカゼに関しては、魔法を使う事で排除すべきだとは感じてはいるし、
実際、魔法の力を経験してみて益々あの力はダメだと判った。
だが、ルカゼは子どもだ。
魔法を利用するのは周りの大人たちになるだろう。
その筆頭があの男だ。
あの男次第で、ルカゼは白にも黒にもなる。」
話を聞いたソーイは右手の人差し指で
少し長めの耳にかかった髪をかき上げた。
トワの言葉で、戦闘に至る前にナミナミが言った言葉を思い出した。
ナミナミはトワたちに、
「ルカゼを回収したワンオフ機を墜としてください。」
と言った。
ナミナミ自身がそう思ったからの指示ではないだろう。
そう考えるための理由がない。
恐らく、クールン人であるモミジの意思であることは想像ついた。
モミジはワンオフ機のパイロット、ガルに何を感じたのであろうか?
そして実際に対峙したトワはどう感じたのであろうか?
「トワさんから見て、あいつどうでした?」
トワはソーイの質問に3秒ほど沈黙し、口を開く。
「青いな。
眩しいくらいでもある。
直視できないような若さだ。
だがその未完成さが、人を惹きつける魅力にもなっている。
とても真っすぐに。
・・・・・・・。
なるほど・・・・・・やはりそうか。」
トワは何か思いついたかのように相槌を打って話を続ける。
「あの男、今はワルクワの客将の身分ではあるが、
スノートール生まれで、皇帝ウルスとは
士官学校で同期だったらしい。
卒表演習の時も、あの場に居たという話だ。
合わなかったのだろうな、皇帝ウルスとは。」
トワの言葉にソーイは首を傾げた。
その疑問をぶつけてみる。
「真っすぐな奴やら、皇帝とは気が合うのではないのですか?
評判では、皇帝ウルスは素直で、気立てのいい男と聞いています。」
「ははは。
ソーイ、お前もそう感じるのなら、
ウルスという男が、それほどの策士だって事だな。
あの若い皇帝は、百戦錬磨の詐欺師だぞ?
でなければ、メイザー公爵も我がクシャナダ女王も
きゃっつに後塵を拝したりはせんよ。
無害に見せかけて、奴は猛毒よ。
あれほど人間味に欠けた人間を、俺は見た事がない。
愚直な人間が、ウルスの本性を見たとき、
普通の人間であれば、耐えられないであろうさ。」
そして比べたのであろう。
皇帝へと登りつめていく同級生の姿と自分とを。
そして、その差を実感したのであろう。
ならば、ルカゼの力を利用しようと考えるのも理解が出来る。
奴が相手にしているのは、皇帝ウルス。
スノートールの内戦に勝利し、歴史に名を残すような存在である。
トワは少しガルに同情した。
「身の丈に合わぬ恋はしんどかろうな。
手に届く可能性があるからこそ、人は頑張る事が出来ると言うのに。」
トワはガルに興味津々と言ったところであったが、
ソーイはと言うとそれほどでもない。
ちょっと手強い敵パイロットがいると言う程度である。
そしてソーイは、スノートールの絶対的エース、ホワイトデビル・ティープと
一騎打ちも共闘もしたことがある。
「あいつに比べたら」
という感じでもあった。
だからではないが、話を変える。
「しかし、ルカゼって娘は半端ないですねぇ。
科学に詳しいわけではありませんが、
質量のない光の速度を0にするって、時間を操作するような
ものじゃなかったですか?
現に我々は何秒か過去の映像を、近距離であるにも
関わらず、見せられてました。
一種のタイムリープだ。」
もちろん、タイムリープという話ではない。
遠くの恒星の光が遅れて届くように、
実際の物質がそこにあるわけではなく、ただの遅れた映像だ。
それは宇宙河を使った恒星間航行でも普通に起こり得る事である。
だが遠くの恒星だから、映像が遅れても問題ないのだ。
近くの物質の映像が遅れてくる。
それは、人間の感覚を完全に狂わせる。
ソーイの言葉に、トワは同意した。
「人の世の理を捻じ曲げる現象だな。
あんな途方もない力を、あいつは制御できるというのか?
奴がやろうとしていることは、
前人未踏の領域だ。
俺でもウルスでも手に余るような事象を
奴はコントロールしようとしている。
大それた事をやっているという自覚はあるのか?
いや、ないのだろうな。」
トワはそう言うが、彼の側にもクールン人はいる。
モミジを側に置いている。
客観的にみれば、お前が言うか?という話であったが、
モミジとルカゼは違うのは確かだった。
「さて、帰ってナミナミさんの説教を聞くか。」
トワはまるで子どものような無邪気な顔で言う。
戦場を日常にしている男の素顔だった。




