2章 18話 3節
刀を抜き、突っ込んでくるコントレヴァは
ガルの予想を超えた。
「なにっ!
正気か?あのパイロット!」
ソーイのコントレヴァは一気に距離を詰めると
1体目のキトに向かって刀を振りかざした。
しかし、刀身は光の残像だけを切り、
残像はフッと消える。
ソーイは、その動きさえも想定内と言わんばかりに
振りかざした刀剣を今度はすくい上げるように
2体目の残像に切りかかった。
2体目の残像も、刀の動きと同時に消えた。
ソーイの動きは、まるで剣舞を舞っているかのように見え、
優雅さと力強さを感じさせた。
しかし、幻術をただ切り刻むという剣舞の動きだけではない。
「FG本体がどこにいるのか?わからないんだぞ?
見えないんだぞ?
見えている残像に攻撃を仕掛けるのはいい。
だが、その本体がどこにいるのかさえわからない場所で
動き回るなんて自殺行為だ。」
ガルの叫びがコックピットを満たす。
ガルの言うように、FGの映像は遅れてその目に入る。
という事は見えていない敵が、どこかに実在するという事である。
もしかしたら、真横に、真後ろにいるかもしれないのだ。
その位置を特定できない状況で、それでも前に突っ込んでくるのは
無謀にしか見えなかった。
だが何も見えない恐怖の中、それでもソーイは笑う。
「ゾクゾクするぜ!
こっちも見えていないが、お前らも
俺の正確な位置がわからないんだろう!
敵がどこに居るかもわからない。
見えていないのはお互い様だ。
勘だけが頼りよ!」
「信じられんっ!
下手したら正面衝突するぞ!」
ガルは驚愕した。
見えていない者同士が近距離で動き回れば、
ぶつかりあう可能性が高い。
勢いよくFG同士がぶつかれば、FGとて精密機械の一種である。
無事で済むとは限らない。
ソーイの考えが信じられなかった。
数はガルたちのほうが多いのある。
正面衝突などして、行動不能になって困るのは
ソーイら、ガイアントレイブ軍のほうでないのか?
「そんなドジじゃねーってんだよ!!!」
ソーイのコントレヴァが5体目の影を切り裂く。
もちろんそれも外れだった。
むしろ、映像が遅れて飛んでくる事を考えれば、
「見えている影は全部外れ」なはずである。
キトは動き回っているのだから、
現れた残像の場所にとどまり続けているはずはない。
だが、ソーイはそれでも剣を振り回した。
ガルはようやくソーイの狙いに気付く。
「そうか!
光の速度が秒速10メートルであろうと、1万キロであろうと、
10メートルしか離れていなければ、1秒後にはどちらも見える!
対称に近付けば近付くほど、見える対象の数は増える。
奴は、幻影を頼りに、幻影が多く見える場所に当たりをつけて!!!」
ガルが言うように、ソーイの剣を振るう速度があがる。
右に、左に、剣を振り回す。
そのいずれもが、影を捉えているという事は、
確実に対象に近付いているという証拠だった。
近いからこそ時差が少なく、影が大量に見えるのだ。
大量に影があるところに本体がある。
それを瞬時に嗅ぎ分けたのは、ソーイのハンターとしての本能かもしれない。
追われているのは、ユライフ少尉である。
彼の目にも、ソーイのコントレヴァの姿は遅延して映し出されていたが、
確実に近付いてくるのは把握できた。
「なんで!?
こいつ、こっちの居場所が!!」
ソーイからもキトの正確な位置はわからなかったが、
ユライフからもコントレヴァの正確な位置はわからない。
実際のところ、どこまで近付いているのか?
もしかしたら、もう、すぐ隣にいるかも知れない恐怖がユライフを襲う。
同時にソーイも、対応しながらも、
自身に起きている現象に脅威を感じていた。
「光の速度が変わる!?
そんな事はあってはならないはずだ。
光は質量を持たない!
質量がないもののスピードは不変なはずだ。
クールン人!やつらはなんだ!一体なんなんだ!?」
その瞬間、ソーイの乗るコントレヴァにガンッ!という衝撃が伝わる。
振り回していたロンアイソードの刀身が何かを捉えた感触だった。
「捉えた!
そこかっ!!」
遅れて映像が視界に入る。
振りかざしたロンアイソードの刀身の先に、ユライフのFGキトの右腕が見えると
刀剣は勢いよく腕をぶっ叩き、前腕部が衝撃で爆発する。
この間、3秒にも満たないタイムラグであったが、
見えている場所に実際に、ロンアイソードの刀剣もなければ、キトの前腕部もない。
過去の映像である。
しかし、ロンアイソードがキトを捉えたという事は、
実際、コントレヴァとキトの距離はかなり近いという事になる。
ソーイはアクセルを踏む。
分身の術のように分散していたキトの映像が、次第に一つにまとまっていくかのように
集約しだした。
ブレてはいるが、その幅は短くなっていき、
映像が一つになっていく。
捉えた!といって良かった。
ソーイもユライフも完全にお互いを認識できるようになる。
離れた位置でキトの前腕部の爆発を視認したガルも、
2機がかなり接近しているという状況を予測できた。
「ルカゼさま!
魔法を切ってください!」
「わ、わかった!」
ルカゼが魔法を解く。
するとそれまで、幻想的な空間のようだった空間が
一気に切り替わったように、鮮明に映る。
レーダーも正常に動き出した。
ソーイの目に映っていたキトも、ブレはなくなり、
1体の完全なFGとして認識される。
これは、キトを追い詰めるソーイにとっては優位な状況であった。
影響は少なくなっていたとはいえ、タイムラグがあった映像が
リアルタイムに戻ったのだ。
ユライフ機を一機に叩くチャンスであったが、
ソーイはゾクッ!という悪寒と共にアクセルを踏んだ。
劣勢側のワルクワ軍自ら、ルカゼの魔法を解くという
行動の真意を悪寒として感じ取ったのだ。
コントレヴァのブースターが火を噴き、一気に頭上へと駆けあがる。
それは、ユライフのキトからは遠ざかる行為だった。
しかし、元居た位置に一筋の光の光線が走る。
ガルのエクセルハーツから放たれたビーム攻撃だった。
光の線は、3秒ほど空間を貫き、そして消える。
あのままユライフを追っていたら、ビームの直撃を喰らっていただろう。
ソーイは間一髪、ガルの攻撃を避けたのだった。
「ビーム!?
あのワンオフ機からのビームライフルか。
そうか!
ビームとて、光のエネルギー。
魔法の影響下では、ビームはFGよりも遅くなる。
・・・・・・のか?
だから魔法の効果を切った?
なんだ、もうわけがわからなく!」
攻撃を外したガルは、舌打ちする。
「あれを避ける・・・・・・だと?」
ガルは攻撃を避けたソーイに驚愕するが、
信じられない行為をしたのは、ガルのほうである。
彼はキトの前腕部が吹き飛んだ映像を見たが、
それはタイムラグがあり、かなり遅れた映像であった。
ルカゼの魔法の効果を解いた瞬間には、
実際に見えている映像とは違う場所に
ワープしたかのように、コントレヴァは現れたのである。
その位置のズレを瞬時に計算し、素早く射撃した芸当は
神業の領域でもあったが、この時、ガルの凄さに気付いた者はいなかった。
それほど、目まぐるしく状況が変化していたからである。
そして、更に状況が変わる。
別方向にいたトワが、ようやく戦場に到着しようとしていた。
トワは距離が離れていたため、ソーイらの詳しい状況はわかっていなかったが、
レーダーの乱れから、ある程度の事は把握していた。
「ソーイ。
視力に頼りすぎた。
日頃から言ってるだろう?
気配を感じろと。
目に見えるものに意識を引っ張られるから、
遅れを取るのだ!
視覚は戦闘行為のオプションでしかない!」
ここにも、常識が常識として通用しない
規格外の男が居た事を、ガルたちはこの後、思い知る事になる。




