2章 17話 6節
ボージュはキトの両腕で剣を頭上に掲げた。
彼の機体自体は、ほとんど動いていない。
トワのコントレヴァがもの凄いスピードで近付いてくるのを、
待ち構え、目の前に来たタイミングで剣を振り下ろし、
叩きつける算段である。
もちろん、成功する可能性は低かった。
自分たちを手玉に取るような敵が
のこのこ当たりに来るわけがない。
しかし、何もしないよりはいい。
「その圧倒的な暴力こそ、人の世に必要ない物!!!」
ブンッ!とロンアイソードを振り下ろす。
しかし、コントレヴァは優雅に身体を捻ると、キトの剣筋を
ヒラリと交わした。
そして右旋回するかのようにクルリと背中をボージュに見せたかと思えば、
そのまま1回転し、裏拳のような形で水平にロンアイソードを
キトに叩きつける。
見る分には簡単な動作に思えるが、乗っているパイロットは平衡感覚を
奪われるし、重力のない宇宙空間で、剣に力を伝える動きというのは
誰しもが出来る事ではない。
が、トワはまるで造作もないという素振りで舞ってみせた。
コントレヴァの放ったロンアイソードが、
キトの首元へと叩きつけられる。
キトのコックピットは頭部の下、一般のFGと同じく
喉元下に取り付けられている。
その場所に、ロンアイソードを叩きつけたのだった。
「ぐああああああああああ。」
コックピット内に火花と、押し出されてきた鉄塊が
ボージュを襲う。
瞬く間に彼に膝から下は、鉄と鉄の間に挟まれ、
瞬時にペシャンコに潰れた。
一気に激痛がボージュを襲う。
コックピットには脱出装置も付いてはいたが、
コックピットごと叩き潰されたのでは、その機能も用なしである。
「あああああああああああああ。」
激痛で声が言葉にならない。
大量の血が、膝から下を真っ赤に染め上げていく。
「あ・・・・・・悪魔めっ!」
ボージュの言葉をトワは冷静に受け入れた。
「我々は神になろうという化け物と対峙しようと言うのだ。
悪魔にでもならなければ・・・・・・な。」
「お前のような、お前らのような暴力でしか
自己を表現できない輩がいるから、ルカゼさまが必要になるのだ。
貴様らのような人間を制御するために、
ルカゼさまが降臨なさられる必要があるのだぞ!」
トワからすれば言いがかりである。
同時にボージュを哀れに思った。
「貴官は、不幸だな。
暴力を否定する為には、より強い暴力でしか止める事は出来ない。
有史以来、人類の歴史がいかに暴力によって左右されてきたか?
考えた事はあるかね?
暴力を止めるものは、暴力だけだからだよ。
暴力を制するものは、暴力でしかないのだ。
それが正しい人類の生き様であるのだからな。
暴力の否定は、人類そのものの否定に等しい。
私を止めたくば、より以上の暴力をもって当たるしかないのだよ。
その力がないものは、私の前から消え失せる定めでしかない。」
トワはロンアイソードを一度キトから離すと、
今度は抉られた首元へと突き刺した。
装甲が剥がれ、機械部分が剥き出しになった場所へと
剣を突き立てたのである。
それはボージュの居る場所を一気に貫く事になる。
「ガルさま、ルカゼさま、おにげ・・・・・・。」
そこまで言って、爆炎がコックピットを包み込む。
トワは爆発を避けるかのようにコントレヴァを捻ると、
回転の勢いでキトからロンアイソードを抜き去り、
距離をとって爆発から逃れた。
一連の動きはまるで水流のように優雅さえも感じる。
宇宙空間でのFG操作とは思えない動きでもあった。
まさにFGを手足の如く扱っている証だと言えよう。
「ふぅぅぅぅ。」
トワは大きく深呼吸をした。
彼は知っている。
先ほどの言葉はブーメランとなって自分自身に返ってくるという事を。
「そう、私はクールン人の魔法という圧倒的な暴力に
人の身で挑まなければならない。
暴力を止めるものは、暴力だ。
真和組が止めなければならないのだ!
我々が暴力で劣るわけにはいかない。
我々は力で道を切り開くのだと決めたのだからなっ!」
トワは、生き残っているもう一機のキトを確認する。
ミサイルの迎撃で手一杯のようであった。
操縦桿を右に倒すと、キトに向かって背を向けた。
残った一機を墜とす必要まではないと感じたからである。
「ソーイが待ちくたびれているだろうしな。」
トワはそう言うとアクセルを踏んだ。
コントレヴァは加速し、宇宙空間に光の筋を残し消えていく。
ボージュ隊の壊滅の信号は、即座にガルの元へと届けられた。
「ボージュが・・・・・・。
敵を甘くみたか・・・・・・。」
この言葉はボージュに向けられたものではなく、
ガル自身に向けられた言葉だった。
部隊を二つに割ったのはガルの判断である。
敵はルカゼを狙ってきた。
国の重要人物にあたるルカゼを狙ってくるのに
雑兵という訳がないであろう。
相当な腕前だと判っていたが、数に油断した形であった。
実際、数はいると言っても6人中3人は実践は初めてだったのである。
考慮はすべきだった。
しかし、ボージュとクラークの二人がいれば。というのも本音でもあった。
そして現状、ガルの側にはキトが4機。
自身のエクセルハーツを含めても5機で、
ガイアントレイブのFG2機を相手にしなければならない。
ガル部隊の内の1機も実戦経験がない新兵であった。
更に言えば、実戦経験がある他の3人はボージュとクラークには劣る。
彼らを率いてボージュとクラークを屠ったエースと戦わなくてはならない。
退却の文字がガルの脳裏をよぎる。
ガルが悩んでいる中、レーダーがソーイのコントレヴァをキャッチした。
それまで後方へと逃げるように動いていた敵であったが、
一転してこちらと距離を詰めにかかる。
敵にも状況が変わった事は伝わっているらしい。
部下の一人が意見する。
「ガルさま。
ここは一旦、退却を。
ルカゼさまを安全なところへ。
ここは我々が食い止めます!」
母船に逃げ帰るにしても、敵を足止めしなければいけない。
母船にまで敵が追いかけてきたら、
それこそ彼らは帰りの足を無くすことになるからである。
ガルは唇を噛んだ。
「敵はビームライフルを持つエースクラスの奴らだ。
足止めする必要があるが、申し訳ないが
貴官らに足止めが出来るとは思えん。」
とは言うものの、他に最善手がないのも事実であったのである。




