2章 17話 5節
一気に距離を詰めにかかるトワのコントレヴァを目視確認しながら、
ボージュ大尉はガルとの会話を思い出した。
彼はガルの配下に付けられた際に、クールン人の事情の説明を受けている。
「なるほど。
クールン人というのは、超常現象を引き起こせると。
ガルさまは、ルカゼという少女をどういう風に扱うおつもりで?」
ボージュの台詞はガルの眉間に皺がよる。
「大尉。
10歳の少女ではあるが、敬意を払って欲しい。
彼女は人類の希望なのだよ。」
「その、人類を支配する。というのは気になりますな。
彼女を利用しようと言うのは判りますが、
我がワルクワと、クールン人は対等でなくては。
いや、むしろ我々が居てこそ、ルカゼ殿の希望は叶えられるのしょう?
逆に我々は、彼女の力を必ずしも必要としない。」
ボージュは答えた。
今、琥珀銀河は1強時代に突入しようとしている。
元々、琥珀銀河に現存する勢力ではワルクワが1歩リードしていた。
4:3:3の力関係の4だったのである。
更には、3同士のスノートールとガイアントレイブが戦争をし、
スノートールに至っては、内戦で国力を疲弊した。
そのスノートールもワルクワと同盟関係であり、
敵はガイアントレイブ王国だけである。
誰の目にも、現状は神聖ワルクワ王国の独断場であり、
戦線は膠着しているが、補給線の整備が終わり、
兵站が安定すれば、ガイアントレイブの王都ベートーキンへの
進軍を止める力は、かの国にはないであろう。
何も人外の能力に頼る必要もないのだ。
しかし、ガルはボージュを諭す。
「大尉、
人類は平等とは言うが、実際のところ平等かね?」
「それは・・・・・・。
ですが、王族や貴族がこの社会に存在するのは、
無慈悲な宇宙という怪物に対抗するために
人類が選択した社会制度です。
あくまでも、システムであり、
人権を否定するものではございません。」
「そういう意味だけではない。
私は、ウルス。
スノートールの皇帝となった男と学生時代、
学年主席を競っていた。
あいつが無能だとは言わないし、
私も敵わない部分はある。
だが、決してヒケを取っていたわけではない。
にも拘わらず、あいつは帝国の皇帝で、
私は祖国を離れ、ワルクワの客将の立場だ。
ドメトス陛下には目をかけていただいているが、
差がつきすぎていると思わんか?」
ガルはワルクワ王国でも有名人である。
皇帝ウルスの学友であり、ワルクワとスノートールの同盟締結に関しても
彼の働きが大きい。
国王ドメトス6世に気に入られており、
王の側近のような立場にいるため、
ワルクワの将たちからは妬まれている部分もある。
ドメトスの寵愛を受けている男が、自身の境遇に不満を言うというのは
ボージュからすれば賛同しかねる話であったが、
それを口には出さず、黙って話を聞いていた。
ガルは続ける。
「生まれの差だけではない。
人には能力の差というのも存在するのだ。
私は、様々な場面で好成績を上げてきたが、
どれも一番にはなれなかった。
総合力ではウルスと互角であったと思うが、
奴は他人を扱う術に長け、
運動能力では、ティープ、ホワイトデビルと呼ばれる男に負け、
戦略試験では、ゲイリという男に一度も勝てなかった。
人は平等ではないのだ。
人類を平等とする理念は、理想なだけであり、
実際は個体の生まれや能力に差があり、世界はいやおうなしにその事実を
我々に突き付けてくる。
不条理だとは思わないかね?」
ガルの言葉にボージュは苦笑した。
感じた事をそのまま口に出す。
「私から見れば、ガルさま。
あなたも優秀な人材であり、敵わない相手でありますよ。
確かにそれぞれの分野で1位を取る事は出来なくとも、
ガルさまは、帝国との同盟をまとめあげ、
ワルクワのFG部隊を創立し、
陛下の絶大なる信頼を勝ち取られておられる。
私の口から言うのもなんですが、総合力はかなりお高い。
他国出身のあなたが、今の地位にいるのは、
あなた自身の力ではございませんか?」
ガルは首を左右に振った。
「大尉。
だが私は人を導く事はできない。
絶対に届かぬ領域があるのだ。
人は平等ではない。
私では決して手の届かぬ頂が存在しているという事だ。」
ボージュは再び黙った。
「この男は神にでもなろうと言うのか?」と感じていた。
だがそれを口に出すわけにもいかない。
ガルは続ける。
「話が脱線したな。
要は人は平等ではないという事だ。
だが、私は人は平等であるべきだと思っている。
人間の、個人の生まれや、能力で差がつくべきではないと考えているのだ。
そんな理想の世界を作りあげるために必要なピースが
ルカゼさまなのだよ。」
ボージュはハッ!とした。
ガルが何を言いたいか理解したからである。
「確かに、クールン人の強力な魔法という力から見れば、
人はあまりにも無力。
多少の個人の能力の差など、ルカゼさまからみれば
些細な違いでしかないでしょう。
クールンの下では、人は誰しも平等になる。
と、いう事ですな?
人から見て、虫の個体差など気にも止めないように。
優れた虫など、人からみればただの虫でしかないように。
だから、ガルさまはクールン人の支配を受け入れる!?と。」
「そうだ。
ルカゼさまが人類を支配し、人は能力ではなく、
他者に誠実か?社会に忠実か?などという性格だけで
評価されるべきなのだ。
性格であれば、努力次第でいくらでも矯正が効く。
人は、良き隣人であろうと努力し、
結果、世界から争いがなくなるだろう。
私は、他人を蹴落とす事しか考えない奴、
蹴落とした人間が賞賛される社会に幻滅していた。
己のちっぽけなプライド、恵まれただけの人生を
己の力だと過信する傲慢さ、
能力がある者が全て正しいとする風潮。
世界は正直者にこそ冷たく、
隣人を愛でる事を悪としていた。
だが、私はルカゼさまに出会う前までは、
社会はそんなものだと諦めていた。
そこにルカゼさまが現れた。
あの方は、人類を救う女神となる。
我々があの方を正しく導けば、
人は支配されるのではなく、正しい社会を迎える事が出来るのだよ。」
ガルの力説にボージュは
「まるで宗教だな。」
「ガルさまはルカゼという少女をイエスにもするつもりなのか?」
という感想を抱いた。
しかし、その内容を否定する気持ちまではわかなかった。
誠実な者、正直な者が報われる世界を否定できなかったからである。
対して!
目の前に迫る敵はなんなのであろうか。
圧倒的な暴力で、人の命を踏みにじろうとする。
確かにこれは戦争であり、戦闘行為自体は正しい。
だが、そこに誠実なり、正直者なりの要素は皆無なのである。
ただただ、暴力性のみが支配する戦場。
「なるほど。
ガルさまの言う通りだな。
決して敵わない能力の差というものに、弱者は蹂躙される。
個の尊厳、価値観、誠実さなど関係なしに、
ただただ暴力という武力だけで蹂躙されるのがこの世界か。
だからこそ、目の前のパイロットのような化け物に対抗するためには、
ルカゼさまの力が必要だという事・・・・・・。
なるほど、全くもってガルさまは正しいっ!」
ボージュはアクセルを踏んだ!
「貴様のような化け物を倒す為に、
私はルカゼさまを守る!!!」
ボージュの叫びは、トワに届いた。
「ふん!
どちらが化け物なのか!?
人の世界に、人外の理は必要ないっ!」
トワのコントレヴァと、ボージュのキトはそれぞれ剣を抜いた。
余談ではあるが、トワはビームライフルを撃つことも出来た。
しかし、ボージュに剣を抜かせる時間を与えた事になる。
トワはそういう男だった。
彼が「最恐」と言われる所以であった。




