2章 17話 4節
部隊の半壊は、ボージュ大尉からすれば想定外である。
しかし彼は部隊を立て直さなくてはいけなかった。
「まだ新兵には、対FG戦は時期尚早であったか!
クラーク!2機であれをやる!
イルーシャはバックアップを頼む!」
クラークはボージュ大尉の右腕とも言える兵士である。
腕前は信頼しており、このFG戦においても
期待できる男であった。
3機がやられたとはいえ、2機は新兵であり、
1機は観測班のマラガであったため、
純粋な戦闘で負けたという感じはない。
数で言えば3対1。
イルーシャはマラガと同じ観測班であったが、
ボージュとクラークは先のスノートールの内戦でも
戦闘を経験し、腕前をガルに見込まれた二人である。
ここからが勝負であった。
だが、肝心のクラークは誘導ミサイルの対応に苦心していた。
最初に軌道を変えた第1陣のミサイル12発は回避したものの、
第2陣12発が一気にクラーク1機へと襲い掛かったのである。
遅れて第3陣、第4陣の12発のミサイル群がそれぞれ
時間差でボージュとイルーシャに向けられる。
3人はお互いをフォローできず、ミサイルの迎撃に集中せざるを得なかった。
もちろん、誘導性があると言っても、それだけでは
一般の誘導ミサイルである。
観測班所属のイルーシャであっても、落ち着いて対処すれば
問題ない攻撃である。
クラークほどの男であれば墜とせない事はない。
「くそっ!しかし、360度、全方位から向かってきやがる!」
コンピュータ計算で自動射撃できるとは言え、トワ機からの
ビーム攻撃をも計算にいれないといけない場面では
集中力を要求されていた。
マシンガンの弾幕を乱れ撃ちし、ミサイルを破壊する。
7発目のミサイルを撃墜したところで、レーダーが
宇宙空間に漂う異物を感知した。
「なんだ?
これは奴がパージしたミサイルポッド!?」
レーダーが感知したのは、トワがミサイルを撃ち尽くした後
パージしたミサイルポッドだった。
知らず知らずの内に、クラークはトワがミサイルを発射した地点まで
移動してきていたのである。
クラークは意識を切り替える。
感知したミサイルポッドは所詮「残骸」でしかない。
無視する事に決めた。
クラークのキトは180度ターンし、再び次から次へと襲い掛かってくる
ミサイル群に銃を向けた。
その瞬間である。
ピー!
と警告音がコックピットに響く。
「ロックオン信号?
何処から!?」
クラークはモニターに映る全方位レーダーに視線を落とした。
赤く点滅している光。
それは先ほど確認したミサイルポッドであった。
「ま・・・・・・まさか!?
残弾が残って???」
宇宙空間を漂っていたミサイルポッドから、
新たな12発のミサイルが発射される。
トワはパージしたミサイルポッドに、ミサイルを残しており、
遠隔操作していたのである。
それはミサイル発射装置が突然出現したに等しい。
しかも近距離での攻撃であった。
戦闘経験があるクラークでも、
そしてFGが誇るスーパーコンピュータ「バッカー」の計算速度でも、
近距離からのミサイル攻撃を避ける事は出来なかった。
「こんな!
こんな子供だましの方法でぇぇぇ!!!」
クラークの絶叫が電波に乗り、ボージュが受信した時、
後続のミサイル群の連続着弾に晒されながら、
クラークのキトは眩い火球を放っていた。
「まさか、クラークまでも!?」
ボージュは驚愕した。
彼ら二人はガルに認められ、部隊を任せられるほどの男たちであった。
言わばエースパイロット候補生たちだったのである。
その一人が、ガイアントレイブのFG1機に対して、
攻撃らしい攻撃を行う事もなく、
まるで赤子の手を捻るような感覚で討たれてしまったのである。
6対1という油断はあったかも知れない。
しかし、と思うのがボージュの本音であった。
「何者だ!?
戦い慣れている。
まるで、超大国の兵士が、戦闘経験豊富な
紛争地域のゲリラ兵に翻弄されるような!!!!」
ババババババッ!!!
彼自身にも迫りくるミサイルの群れを迎撃しながら、
ボージュ大尉は寒気を感じていた。
狩られる側の感覚。
恐らく、観測班であるイルーシャの撃墜も時間の問題であろう。
むしろ、自分自身さえも、もはや生き残る希望さえも見えなかった。
そしてそれは現実味を帯びていた。
何故なら、ボージュは迫りくるミサイルの迎撃の最中、
一番肝心なトワの乗るコントレヴァの現在位置をロストしていたからだった。
否、レーダーには映し出されていた。
レーダーには映し出されてはいたが、ボージュ自身が
コントレヴァの位置を見失っていたのである。
ボージュを擁護するとするのであれば、計算しつされたトワの連続攻撃で
それでもコントレヴァの位置を把握できるほどのパイロットは
この琥珀銀河全体を見ても、少数であったろう。
ボージュが無能だったのではない。
「何故だ?
どうしてこうなった!?
ビームライフルを装備しているとは言え、
たかだが1機。
誘導ミサイルなど、別に目新しい技術ではっ!?」
ボージュの叫びに、トワは笑う。
「技術は技術。それ以上でもそれ以下でもない!
要は使う人間次第って事だ。
貴様は、ビームライフルを警戒しすぎた。
ビームもミサイルも、当たれば墜ちる兵器だと言うのにな。」
トワはクールン人を使った兵器実験。
タクらが初めて交戦した宇宙機雷の誘導攻撃にヒントを得た。
無推進力でミサイルを誘導する事も
無尽蔵にミサイルを誘導する事もできなかったが、
36パターンもの行動パターンをミサイルとミサイルポッドに組み込み、
その状況で最適な動きが出来るように設計したのである。
ミサイルは消耗品であり、そのミサイルに
コンピュータと、ある程度自由に動ける推進装置を付ける事は
一見、無駄のように思える。
しかし、対FGを撃墜するのに、マシンガンであれば平均6万発。
ビームライフルであれば3丁。
単純なミサイル攻撃では、FGを撃墜する事は不可能と計算されていた時代、
FGを墜とせるミサイル攻撃が出来るのであれば、
その費用対効果は計り知れない。
現にトワは60発のミサイルで、ロイブーンとクラークのキト2機を落とした。
もちろん、ビームライフルによる狙撃の脅威があってこそであったが、
トワはビームライフルの攻撃を囮に、
ミサイル攻撃を有効活用したのである。
通常であれば、ミサイルを囮にビームライフルでの攻撃が本命になるところ、
発想の逆転であった。
ただし、この戦術は誰もが使えるわけではない。
ビームライフルの射撃の腕の正確性。
36ものミサイルの誘導パターンを、状況に合わせ使い分ける戦術眼。
そして自身のFGパイロットとしての技量。
どれかが欠けていても、有効な戦術にはならないのである。
ボージュ大尉は無能ではない。
だからこそ理解した。
目の前の敵が只者ではない事を。
「この戦闘屋がっ!!!!」
ボージュの叫びは、トワにとって最大の賛辞であろう。
そして迫りくるミサイル群の中から、FGコントレヴァの反応を
ボージュが確認したとき、その距離は目と鼻の先だったのである。




