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春風戦争 第2部  作者: ゆうはん
~邂逅~

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1章 2話 4節

タクには実の母親と言える存在がいない。

記憶の片隅に誰かを「お母さん」と呼んでいた記憶は

ぼんやりとあるが、顔も憶えていないし、

それが本当の母親であるかもわからない。

とりあえず、はっきりと記憶が存在する時期には、

タクの母親はおらず、30人ほどの大家族で

共同生活をしていた。

この時期の記憶も曖昧である。

可愛がってくれる姉がいたり、よく喧嘩した兄がいた。

だが、その姉や兄が誰かは覚えていないし、

完全に記憶がある時には、その姉や兄はもういなかった。


8歳の時にそれまでの大家族と離れ、

惑星パラドラムの希少貴金属採掘場に

住み込みで働く事になった時も、

特段、何の疑問もなく境遇を受け入れている。

住み込みで働くと言っても、労働らしい労働を

するわけではなく、採掘場で働く労働者の家族と共に

暮らしているというのが正しく、自分より幼い子どもたちの面倒や、

たまに荷物運びなどのお手伝いをするだけであった。


転機となったのは10歳の時である。

大人たちにからかわれるように、旧式のオンボロの作業用FGの

操縦をさせてもらった時に、タクはFGをとても気にいった。

自身で認識はないが、不自由な人生の中にあって、

操縦桿で自由に動くFGに、開放感を憶えたのかもしれない。

それから作業現場に入り浸るようになると、

いつの間にか、FG操縦者として作業に参加するようになった。

だがタクが13歳の頃、つまりは1年前に

政府の役人がやってきて現場は解体される。

タクは未成年労働者として保護された。

社会は未成年者の人身売買による労働力の確保、奴隷制度であったと

採掘を運営していた貴族を糾弾したが、

タクからしてみれば、ようやく見つけた自分の居場所を

奪われることになったのである。

彼はFGの操縦を気に入っていたし、

現場で頼りにされる事で、自身の承認要求も満たしていた。

彼は採掘場で、自分の居場所を見つけていたのである。

しかし、彼を保護した最高責任者のミネル女史は、

彼からFG操縦を取り上げ、強制的に学校という

未知の領域に放り込んだ。

それまで、信頼関係を築いてきた仲間たちからも

引き離され、全く新しい環境へと放り投げられたのである。

ましてや、タクは13歳と一般に言われる反抗期と呼ばれる

年齢であったのもあり、彼は強く反発した。

ミネル女史とも折り合いは悪く、

学校にもほとんど通わなかったのである。


ミネル女史と出会って間もない1001年、

惑星パラドラムは突如、独立宣言をし、

母国であったスノートールと戦争状態にはいる。

この時、ミネルは自身が保護した孤児たちを宇宙船に乗せ

パラドラムから脱出させた。

パラドラムの子ども達と呼ばれる少年少女は、

漂流の末に、カレンディーナらに救出されのである。

タクは元々FG乗りであったので、

軍の新兵器FGのパイロットであるカレンディーナには

好印象をもった。

逃避行の宇宙航行でタクは、何の役にもたてなかった。

無力だった。

日々、パラドラムの惨状がニュースで流れるにつれ、

ミネルの優しさを子どもながらに理解するようになる。

しかし、ミネルと最後まで和解出来なかった事もあり、

タクは少し考えを改めるようになった。

他の孤児たちと同様にカレンディーナを母と認知し、

大人たちを少しだけ信用するようになったのである。


彼にとって、母親とは「思い出」ではなかった。

カレンディーナとの思い出はこれから作られるはずであり、

「未来」だった。

一般的に言われる普通の家庭。

父がいて、母がいて、兄弟がいる生活というささやかな幸せへの

未来への希望だった。

今は戦時中であり、そうでなくても片親の家庭は少なくない。

だからと言って、タクの願いが贅沢な願いであると

言うのは、酷な話であろう。

彼は家庭の温かさというものに憧れていた。

彼自身は軍に入隊し、家族らと一緒に暮らす時間は

あまり取れなかったかも知れないが、

それでも休暇時には皆の元に帰り、

弟や妹たちの成長に一喜一憂する事は出来た。

だが、それはカレンディーナが居てこそである。

血が繋がらない孤児たちの集団において、

中心になる大人は必要だった。

そうでなくては、いつかはバラバラになってしまうと恐れた。

彼の望みは、そんなに高望みではないはずだった。


「母さん!母さん!」


無意識にカレンディーナを呼ぶ声がコックピットで反復する。

トップスピードで母の元へと駆け抜けるFG。

タクは、新たなる標的を見つけた機雷郡のターゲットになる。


「邪魔なんだよ!」


ガガガガガガガガッ!


マシンガンで前方の進路を確保する。

銃で破壊され爆発する機雷の火球が無数に宇宙空間を照らした。

出し惜しみなしの銃の乱射。

限界を超えるほどのFGの挙動。

タクは無数の機雷郡を破壊し、弾幕を突き抜けてくる物に関しては

回避しつくした。

恐るべき運動能力である。

援護射撃でタクをフォローしているマリーだったが、

その動きに目を奪われる。


「す、、、凄い・・・・・・。」


だが、歴戦の勇士であるモルレフ曹長の判断は違う。


「マリー伍長。下がれ!

ヒルン隊と合流するんだ!

タクは見境いなしに銃を乱射している。

あれでは直ぐに弾も尽きる。」


「ですが、このまま見殺しにはっ!」


マリーは言った。

タクはまだ生きている。

目の前で仲間が戦っているのに、

それを見捨てて後方に下がる判断をするには、

マリーは戦場の経験が少なすぎた。

だが、モルレフ曹長としても、厳しい選択ではあった。

特にタクは「少年兵」であり、14歳の子どもである。

改めてマリーに問われ、それでも

冷血に判断できるほど、彼は冷たい男ではなかった。


「くっ!

マリー、タクとの距離を詰めすぎるなよ。

今の距離を保ったまま、タクのフォローを!

タクが後退しだしたら、そのまま後退だ。

敵は1機。こちらが後退すれば追ってこないはずだ!」


「承知しましたっ!

私だって死ぬ気はありません。」


上官の許可が下り、マリーも意識を集中する。

口元がわずかに動いた。


「戻ってきてよ・・・・・・!

タク・・・・・・。」


彼女は小さく呟いた。

その言葉を通信機越しに

タクに直接言わなかったのは、彼女の優しさなのかも知れない。

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