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青春と部室  作者: 佐々木なの
1997年:山田太一
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第1話

青春と部室(1)

 冬休み明けの練習後、新しいマネージャーとして吉川梨花よしかわりかが紹介された時、俺は思わず息を飲んだ。

 そこに俺の理想が立っていたから。


 文武の文のみ重んじる我が私立船木場高校(ふなきばこうこう)硬式野球部のマネージャーは、今まで三年生の先輩が兼任していた。俺は二年生エースで──と言っても、公式戦はもちろん練習試合ですら勝てない弱小野球部で、中学野球部経験者ということからピッチャーを押し付けられただけの名ばかりエースだ。

 気まぐれに試合に顔を出すだけの幽霊部員だった三年生達が、去年の夏に幽霊のままひっそりと引退してからは、新チームは半年近くマネージャー不在のまま。いい加減新しいマネージャー、いや憧れの女子マネが欲しい! と愚痴っていた俺達の前に、部長兼コーチ兼監督代理の森先生がつれてきたのが、一年生の梨花だった。


 吉川梨花──俺の影にすっぽり隠れてしまいそうな小柄な体型に、肩のあたりで不揃いにカットされた髪がよく似合ってた。

 鹿みたく大きな目。長いまつげ。少しだけ上を向いた小さな鼻。

 つやつやした唇は少し緊張気味に笑ってた。眩しい笑顔って、こういうことを言うんだと思った。眩しくて、正視できないなんて。

 まるでむさ苦しいドクダミの中に、突如として鮮やかな薔薇が咲いたようだった。ドクダミ連中は大盛り上がりで薔薇の花を取り囲み、その後ろで俺は名もなき道端の雑草のように、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「へえ、監督も随分可愛い子つかまえてきたな」

 隣にいた佐田岡さだおかが、皆より一つ分飛び出た頭を屈めてそっと耳打ちしてくる。

 ちなみに本来の監督は中年のいかつい体育教師なのだが、兼任の陸上部に有望株が入部してからというものすっかりトラックに夢中。今では部長兼コーチの国語教師、身体も髪も頼り無げな森先生が()()監督ということになっている。

「っていうかあの子、モロにお前のタイプだよな……、なに顔赤くしてんの?」

 言われて初めて頬の熱さに気がついて、俺は慌てて取り繕った。

「か、かぜ、風邪気味なんだよ昨日風呂入ったあと裸のまま寝ちゃったから」

 一息に言い切った俺を見て、佐田岡は一瞬ののあとプッと吹き出し、後ろ髪をわしゃわしゃとひと掻きしながらニヤついた。

 うへ、我ながらバレバレ……。


 中学からの親友に本心を見透かされた恥ずかしさもあって、俺は新マネージャーへの挨拶もそこそこに、普段やりもしない走り込みをしに校外へ走った。

 走って、走って、顔の火照りをごまかすように。

 美しい薔薇には棘があるんだ、騙されるな、浮かれるな!

 そう思いながらも時折スキップしてしまう俺は、実際、調子に乗る部員達の中でも最も喜んでいたんだろう。



 期待以上に可愛い女子マネが来て、一同はがぜんやる気になった。が、それはそれ、これはこれだ。

 そもそもジャンケンで選ばれた新主将キャプテン三好みよし率いる我がチームは、部員たったの七人。そのうち野球経験者は俺と三好と後輩の三人だけで、後は俺に付き合って入部した佐田岡、ただのプロ野球好きのラクダこと条乃内じょうのうち、運動神経抜群でショートを任されるも未だルールを把握しきれていない橋本、部活どころか授業もサボってばかりの後藤という惨憺たるラインナップ。そして後輩は、控えピッチャー兼内野手兼外野手の江崎えざきくんただ一人きりで、足りない分は江崎くんの友達の陸上部員を助っ人にしてしのいでいるという、正真正銘、吹けば飛ぶような超・超・弱小野球部なのだ。

 冬の間(シーズンオフ)中モチベーションを保って急成長するのには、俺達はいささか弱過ぎた。


 そして迎えた春──梨花は二年に、俺達は無事に(どんな手を使ったのか、なんと後藤も)三年生へと進級し、ついにやってきた春季関東大会県予選。野球部は、例年通り大量失点でみごと初戦敗退した。

 高校野球は負けたら終わり。弱小野球部の公式戦の機会は年に数回しかない。

 部員達はまあこんなものかと苦笑いするばかりだったけれど、マネージャーの梨花だけは本気で悔しがっていた。先発ピッチャーだった俺は、今にも泣き出しそうな梨花の顔がまともに見られず、その場から逃げ出すことしかできなかった。


 だから梨花にあんな事を言われた時は、もう、飲んだ息がそのまま固まるかと思った。

 実際に一瞬、呼吸が止まった。

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