第十八番歌:弓引きて(与謝野明子)
与謝野 明子
小人に変えられて、カレイドスコープの中に迷い込んだような心地。無数のワタシが、ラメとビーズの波に揺られて、手をこまねいている。
ホントウノワタシは、何処?
誰が、ホントウノワタシ?
右も左も、銀に光る鏡。上と下を向いても、ワタシが映る。無限鏡の迷宮。もしも、糸を垂らしながらたどっていたなら、解放されたのか。アリアドネに訊ねてみる。
現在に至るまで、千変万化してきた。藝夢、漫画、活劇の人物に限りなく近づかせてみた。王道の清純派、クールな姉御、あざとい妹系、ミステリアスビューティ、けなげな病弱っ娘、電波さん、ワタシは様々なヒロインになれた。リアルで変身能力持ちとかすごくない!? と自分を持ち上げた時期があった。アナタのハートまで盗む怪盗三世と競争できるかもしれない、なんちゃって。弱きを助けても、泥棒はいけません。逮捕されます。番号で呼ばれる日常が待ってます。
キラキラが止んで、薄いピンクの小さく丸っこい花びらが流れる。桜、春のシンボル、ワタシのキライな花。地中の屍を養分にして、可憐な花を咲かす……エグい植物じゃないか。おぞましい木の下で、どんちゃん騒ぎできる人々の気が知れない。だから、私にとっての、春の代名詞はいちご大福なんです。
「あーちゃん、包みのヘルプしくよろ」
お母サンの頼みとあれば、ワタシは名作鑑賞を一時停止して馳せ参じる。空満神道大教会兼和菓子屋の実家は、基本的にお父サンと汚らわしい兄ツインズが教会、お母サンがお店を回している。困っている・迷っている人のため、家はエンドレス年中無休開けていて、お店の人手が足りない日ができてしまう。住み込みでおつとめの信者サンにお願いしてばかりは申し訳ないので、春休み帰省したワタシの出番、というワケ。
こしあんにいちごを入れて丸めて、餅でくるむ。物心ついた頃からしているので、苦にならない。ワタシは白あん係に任命された。
「あーちゃんいてると、ママ楽ちん。とりまあ、五十個ね」
「ハーイ☆」
お母サンは、いつまでもヤングな言葉遣いをする。実際、若い。短大にいた時、腹痛で切羽詰まってたまたまこの大教会に行き着いて、お父サンに助けてもらった。祈祷の手つきにひとめボレしてわずか三ヶ月で結婚、翌年には二児の母になり、しばらくしてワタシを生んだ。ワタシとは、ズッ友な関係でいたいんですって。
「おやつ、そこから取ってってオケ。桜餅食べらんないっしょ」
「サンキューっス」
友達関係でも、ワタシのこと、分かってくれて気遣ってる。しっかり母親やってるのが、すばらしい。
「キャンパスライフ、どうよ? リア充してる?」
ワタシが一個仕上げる間に、お母サンは二個完成していた。
「ソコそこ、デス。サークル楽シイっス。アト、演劇部のメンバーと話弾んでマス」
「絵チャしてる島崎くんとは、発展してるの? 宗くんめっちゃ近況知りたがってる」
「なんでソコお父サンカラむんスか?」
「娘が男子と仲良くしてると、ザワつくんだって。あーちゃんは、ウチの姫だから」
島崎クンは、「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」でつながるヲタ仲間ですよ? 深夜にネットで絵を送り合ってますが、何か?
「宗くんやつれさせちゃ、ママ激おこだからね。ヲタ仲間だってあーちゃんから言って」
「りょーかいデス」
次の箱にとりかかるお母サン。スタンダードなあんこがよく売れる。白が終わったら、そっちも手伝おうっと。
「明後日、Rモール行こうよ。服とコスメ、買ったげる」
「マジっスか!? お母サン太っ腹デス! しかしbutしカシ、店番ハ?」
「さとちゃんか、けんちゃんに任せればオールオケ!」
ツインズのどっちかが、あんこを練るのか。黒魔術がかかりそう。まんじゅうの焼き印が、アスキーアートになっているかも。
「ウチの男達は、やる時はやるの」
漆塗りのお皿に、いちご大福を適当にのっけてくれた。もっといる? と訊いてきたけど、こんなに食べたら入浴前に体重計でスクリームあげること必至。足りる、と返事した。
「モウ五十個いくカラ、小豆ノ方、ヘルプやりマスよ」
「仕事はやーい。では、箱の半分くらいまでよろよろ!」
三角巾からのぞくお母サンのヘアゴム、ちょっとボロボロ。明後日、サプライズでプレゼントしよう。派手めが喜ぶと思う。
失敗した。菓子切り使うべきだった。ずぼらに手づかみでいったせいで、餅がくっついてなかなか取れない。リモコンにかすがつくのは、まずい。ウェットティッシュを探しに、また一時停止した。
「春は、いちご大福ー♪ 夏は、錦玉羹♪」
秋と冬は、考え中。できれば洋のスイーツで。あ、『枕草子』に登場するかき氷、食べたかったのに。来年こそ、夏休み、お母サンに再現プリーズする!
指のべたつきが無くなり、DVDを再開する。
「春がくる 春がくる 春がくるときのよろこびは あらゆるひとのいのちを吹きならす笛のひびきのやうだ」
神経がスパークした。萩原朔太郎「春の感情」が引用されている! 角笛を鳴らし、世界の秩序を破滅へと誘う……敵役ながら、キュンキュンするセリフ。すぐ分かった理由は、サークルで読んだから。
解説してくれたのは……解説は…………Who?
ホワイトボードの横ニ、ヴェールがカかッテ、人物ガ見えまセン。ソレに、鏡ガ立ちハダかッテ、近寄れナイんデス。詩ヲ教エテくレタ人に、会わセテくだサイ……!!