第二十番歌:新(あらた)しき日へ(三)
三
火の立つ石橋に、甲高い慟哭がちらほらあがる。
「誰カいるっスよ! 救助デス!」
全速力で飛行しようとするピンクを、玉の鎖が引き止めた。
「黄色センパイ、邪魔しナイでクだサイ!」
「よう考えるんや、安達太良先生が架けはった橋に先客はいてへん。うち達を阻むために、障りが仕掛けたんやよ」
「しかしbutしカシ!」
ピンクは良心が痛んで、いてもたってもいられなかった。
「……おい、桃色。あっち見ろよ」
グリーンが、燃える石の真上を指した。男がうなずいたり感嘆したりしている。
「奇人変人っ、火事だってのに狂喜乱舞してるんだ」
高みの見物をし、男は何やらぶつぶつ口にしている。しつるせうとく、不動尊の火炎……。
「あいつ、よぢり不動を作ったやつだ。『宇治拾遺物語』、てめえも高校で習っただろ」
「A! 『地獄変』の元ネタ!」
星形の羽衣をおもむろにあおいで、グリーンは赤黒い火のそばまで寄った。
「ホンモノを追い求めるってやつ? だから巨匠っつーのが描いたか彫ったかした作品に観感興起するんだよな」
「速」の祓に吹かれて浮遊していた「無常の花」をすくう。
「絵仏師の嫁と子どもは、創作の役に立てた、って成仏できたのか? 七転八倒しながら未練残して骨になっちまったのか? 文学ってよ、千差万別な視点で想像できっから、楽しいんだよなっ」
橄欖石の蓮の蕊に、祓がまとまってゆく。
「続きは大学でさせてくれ、五合目なんだ」
グリーンのかけ声とともに、蕊から熱い祓が噴いた。揺らぎではなく、本質を行使する。彼女の、救いたい気持ちを表現したのは、常盤色の炎。
「消しはしねえよ……あたしも混ぜて燃えてやる」
男はますます三歎した。不動を彷彿させる炎と松葉のようなとこしえの炎が互いを認めて、空を昇り限りなく小さくなって目ではとらえられなくなった。
「地獄でも極楽でも、傑作を世に出しとけっ」
焼け跡なき白い石につま先をつけて、五人は頂を目指した。
「良秀か、あんまり親しくなりたくないね」
「赤さんは、良秀が、嫌い……ですか」
「だって、絵のために妻子を惜しげなく燃やせるんだよ? 毒蛇に噛まれるモデルとか頼まれたくないし」
レッドとブルーに、ピンクはきらびやかな杖を立てて、近づけては遠ざけ、また近づけていた。画家の物まねだ。
「スレンダーコンビのカップリングは、ワリと需要アルんスよネ」
「し、失礼な」
不服なレッド。男の子っぽい普段着(レッドの場合は、母親が買ってきた物を適当に合わせている)だが、女子を捨てたわけではない。
「けど、青姉らは身長あっから服キマるじゃねえかよ」
口をとがらせるグリーンに、イエローがなだめにきた。
「ゴールデンウィークに、皆でお洋服みにいこ。コーディネート考え合うんもえぇなぁ」
「ピンク、布カラいきマース☆」
「うそ、まさかの手作り?」
「イレヘムスカート……です」
着実に白い道を踏み、残り百段となった。
「へ? 半紙?」
グリーンが拍子抜けするのは、当然だ。半紙が二枚置いてあったのだから。
「触ラヌ神ニ祟りナシっス。かみハかみデモ、ペーパーっスけドにょはは、へにゃ!?」
先に移ろうとしたピンクが鼻を打つ。
「閉じ込められた!?」
試しに端っこへ「ことのはじき」を弾いた。チェック柄の赤いおはじきが、コツン! とガラスのような壁に当たり、垂直に落ちた。
「このままじゃ渡れねえよっ」
「鍵は、この二枚にありそうやな」
イエローが、半紙を裏返していた。筆で細く、句がしたためられてあった。
枯れ枝に 烏のとまりけり 秋の暮
枯れ枝に 烏のとまりたるや 秋の暮
い、ず、れ、も、芭、蕉、の、く、だ、が、あ、と、に、よ、ま、れ、た、も、の、を、あ、て、て、み、ろ。
今度は謎解きか。昼につきまとう蚊ではあるまいが、障りは手を変え品を変えする(こちらは小林一茶の句を拝借した)。
「うわ、夏の期末試験に出たよ」
出題者の名前は言いたくないレッドであった。
「国語学研究Eの最終問題やったわ」
イエローが「烏のとまりたるや」を「烏のとまりけり」の左に並び替えた。
「存続の助動詞『たり』を連体形『たる』に、秋の暮にかかる。この間投助詞『や』は語調を整える役割やから意味に関わらへん。主体の烏より、対象の秋の暮に着目したんや。秋の暮まで描ききる、が初期の考えなんやよ。せやけど」
イエローによると、「烏のとまりけり」が、芭蕉晩年の句だという。
「年を重ねて、作者の心情を表してこそ俳諧や、と変わって、詠嘆の助動詞『けり』に改めた。四十六歳に俳諧撰集『曠野』に入れたんや。亡くなる五年前やね」
いっぱい息を吸い、イエローはどこかに身を潜めている相手に、解答を知らせた。
「左から若い順に、『枯れ枝に 烏のとまりたるや 秋の暮』、『枯れ枝に 烏のとまりけり 秋の暮』です。後に詠まれた句は、『枯れ枝に 烏のとまりけり 秋の暮』!」
石が揺れ動いた。
く、や、し、い、が、せ、い、か、い、だ、と、お、し、て、や、る。
グリーンはガッツポーズを作り、ピンクはその場で二回転した。レッドとブルーは、控えめに手を叩いていた。
し、か、し、し、ょ、う、は、い、は、い、ま、だ、に、け、っ、し、て、い、な、い!
「はい、気ぃ抜きません」
イエローは礼をして、欠けゆく三日月を模した羽衣を蝶のようにひらりひらりさせたのだった。
「なあ、まゆみ、ちゃんとついてこれてんのか?」
「たぶん、大丈夫だよ」
「もしかすると、早よ着いてはるかもしれへんよ?」
「まゆみさんは、スーパーな、司令官……です」
「ヒールにジェット出シテ、マッハGO! じゃナイっスか? ビューンと28号デス☆」
五色の祓が、揃って線を引いた。虹に間違えるほど、きれいに、そして、縁起良く。
ふみかは、薄暗い部屋で探し物をしていた。
特徴の無い箪笥、机。
それらの抽出しを全て開けても、
めあての物は入っていなかった。
いおんの青白い手には、ある写真。
中には誰が立っているのか、笑っているのか。
いつの私か、いつのあなたか、
セピアの記憶にさまよい悩む。
はなびは、ぼんやり座っていた。
ちっくたっく、おっちこっち、かこうかこう。
時計は歌う、はなびも歌う、
ときどきときたつ、あれなんじ?
ゆうひに、カーテンがかかる。
悲しく閉まり、部屋を真っ暗にする。
履いていたスリッパさえ分からなくて、
眼鏡の意味を、なさなくなった。
「惑ワサれナイでくだサイ!!」
撫子色に光る蔦が、部屋中を這った。
「昨日ヲ顧みテ、今日ヲ精イッぱい努メル、ベリーグッドっス。デモ、ピンク達ノ成スべきコトは!?」
きらびやかな杖「共感のシグナルシグナレス」を掲げ、「愛」の祓を振りまく。詩の部屋が蔦に呑まれ、ふみか、いおん、はなび、ゆうひは、今在る場所へ戻った。
「全然、気がつかなかった」
「詩に、囚われていた……ですか」
「右往左往っ、頭が痛えよ」
「窓掛けとスリッパ、三好達治の詩やったん……?」
四人がスーパーヒロインに再変身した。手足がひんやりしているのは、橋に寝ていたためか。
「ピンクはなんともなかったの?」
レッドが訊ねると、ピンクは前髪を分けなおして舌を出した。
「ドはまりデシた。とこロガ、無敵のワードが脳内ヲかすメタんデス」
グリーンとブルーが「無敵のワード」を復唱する。
「センセがクレた、真幸くあれ、デスよ。確カにセンセの声でシタ」
「そうよ、私が耳元で唱えていたんだもの」
五人の目が点になった。日文の先生は、噂をすると来られる。いくら学科特有のお約束があっても、ぎょっとするのだ。
「なかなか起きてくれなくて、焦ったわー」
「焦ったのは、こっちだってのあからさままゆみ」
腕を上げて抗議するグリーンに、司令官は輝かんばかりに笑った。
「急で悪うございました。矢のごとく駆けつける私の名前は、安達太良まゆみ!」
講義においても、毎回自己紹介している。
「おめでとう! あなた達の勝利よ」
ヒロインズとまゆみの頭上に、穴が広がっていた。
「間に出たら最後の戦い。一手ひとつに祓ってね」
これまでは踊らされていた。災いはまだ居座っている。
「正念場だ、皆で乗り越えよう!」
周りがうなずく中、まゆみだけが輪から外れていた。
「ごめんなさい、私は行けないわ」
朗らかに言い出したまゆみに、グリーンは突っかかった。
「ワケ分からんっ! 人身御供にでも憧れてんじゃねえだろなっ?」
「そうじゃないの。私がついてあげられるのは、障りの中までなのよ」
まゆみはレッドとイエローに、視線を投げかけた。
「私のことを、深掘りしないでいてくれたのよね。ありがとう」
「読」の祓で彼女の正体を探ろうと思えば、いつだってできた。「知」の祓なら、彼女がまゆみの代わりを務めたいきさつを調べられた。
「先生を『読』もうなんて、全然」
「疑いようなく、安達太良先生でした」
主が担当する学年の二人に、再度ありがとうを申し上げた。
「行きなさい。皆の明日をお願いね」
『ラジャー!』
ヒロインズは前だけを向いて、間へと出た。




