第二十番歌:新(あらた)しき日へ(二)
二
時の河に はぐれしこの地に 言の葉が降る
そらみつ やまとのこの地に 言の葉が降る
数えきれぬほど永く、我は「在り」続けた。いづこより出でたかは、とうに忘れた。空満に人と住んで、様々な縁に引かれては絶え、を繰り返してきた。我を好んで寄ってきた人、いつぞやの仇を取らんと刺しに参った人……皆、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、命を全うした。葉が生えぬうちに摘みとられたり、たびたび接ぎ木して長らえたり、それぞれの物語があった。
【まゆみよ―】
黄泉路への旅立ちを、幾度も送った。子孫に逆らわれ傷つけられたことは少なくない。さりとて、
【いかでか我に―】
太宰府へ連れてもらえなかった梅、みなしごの雀の思いに耳を傾けた。さりとて、
【身を譲りしや】
悲しきものは、悲し。
アヅサユミ 白き袖引き 面を濡らす
赤き露 染めにぞ染めし 白妙の袖
「アヅサユミ、間にはあなたがいてほしいの」
子孫のまゆみが、明るく頼み事をした。
【我を喚ばずとも、汝が待てば良し】
まゆみは頭を横に振った。
「障りは先に私を除こうとしているわ。ヒロインズから私との思い出をむしり取った。祓を恐れているだけじゃないの。ヒロインズを起き上がらせないようにするために、私を標的にしたのよ」
【我が残りても、何もならぬ】
祓は五人の娘にあり、神威を再び放つには半年の休みが要る。
【神といへど、弱し。かたほなり―】
「アヅサユミが衰えていることを、障りは知っているかもしれない。だから油断させるのよ! 賭けに出るけれど、何もしないよりは、ね?」
引かぬ子よ。我が血を継ぐ人間は、いつでもそうだ。他の者がためならば、己を後回しにする。
「ぐうの音も出せないようにするのよ。寄りましの影を薄くするぐらいなら、できるでしょ?」
容易いもの。我は汝らの祖ぞ、子の望みには応えてやる。さすがに、月を取ってくれ、川に絵を描いてくれ、は叶えてやれぬが。
「良し! 決まりね」
まゆみが掌を出してきた。叩き合わせてほしいのだろう。「はいたっち」だったか。この子は、敬いを払い過ぎず、同じ目の高さにして語りかける。あな、いとほし。
まゆみよ、約束は違はぬ。汝を忌まわしき企てより守らむ。スーパーヒロインズを間に迎えむ。されども、先の言葉に、我はこころもとなく思ふ。
「私ったら、中途半端な存在でしょ。人間から外れているけれど、神を名乗るまでには届いていないの。人間であるあの子達はあの子達の、神であるあなたはあなたの、戦い方があるわ。なら、私はどう戦うべきなのかしら」
汝の手を引いてやりたし。危うき道より遠ざけてやれるものの―。
五色五人の女に、十の、弾丸に紛う物が苛立たしく空を打ち出した。
ば、ら、ば、ら、に、さ、せ、た、の、に、ま、た、あ、つ、ま、っ、た、か!
文字を生む、太さは同じくして長さは異なる十の物は、人体の部位にたとえるならば、指、であった。
し、ゃ、く、に、さ、わ、る、お、ん、な、ど、も、が!
聞き苦しい音を伴って、「か」と「い」が「解」に、「さ」と「ん」が「散」に変換される。二字が横にくっつき、発光した。
ふ、り、だ、し、に、
「戻しはしないわ!」
司令官のまゆみが、五人をかばうため矢面に立った。
「明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえむかも!」
腕を天へぴんと伸ばし、白銀に輝く坂道を作った。道には、平たい石がおおかた等間隔に浮かぶ。
「階段……ですか」
「歌の効果からして、橋やありませんか」
首をかしげるいおんブルーに、ゆうひイエローは丁寧に説いていた。はなびグリーンともえこピンクは、ちょっと前に出て競うように石を数えていた。
「三十八、三十九……こりゃ百は絶対越えんだろっ」
「四十九、五十、金刀比羅宮ノお詣りニ匹敵スルんじゃナイっスかネ?」
「一〇二、ひゃく……だっ、ばかやろっ、てめえがしゃべってたせいで数飛んじまったじゃねえかよ」
「ソコ、ピンクのせいデスか!?」
障りの指が、思いがけない事態に停止する。
「勝負しましょ、『大いなる障り』!」
まゆみがハイヒールの踵を鳴らして、挑発した。
「私が架けた五百段の橋を、ヒロインズが渡りきったら私の勝ち。渡りきれなかったらあなたの勝ちよ。あなたには妨害するチャンスを五回あげるわ。いかが?」
切れ長の目ですごまれて、指はこけにしてくれたものよ、と上下に揺れた。
う、け、よ、う!!
「決まりね」
親指を立てて「良し!」とポーズを決めて、まゆみは号令をかけた。
「あなた達、協力して石橋を駆け上がりなさい。障りの外には、間に留められた空満が待っているわ。『グレートヒロインズ!』と日文の先生方をよろしくね!」
ふみかレッドが、司令官の言葉におかしな点を発見した。
「まゆみ先生も一緒に出るんですよね? なんだか、先生だけはこの中にいる、みたいな感じなんですけど」
「ふふっ、ごめんねー。不安にさせちゃったか。ええ、六人で戦うわよ。私がしんがりを務めるから、先に行きなさいな」
腑に落ちない様子だったが、レッドは石に飛び乗った。
「スーパーヒロイン・ふみかレッド!」
緋のブレザーが穢れなき小袖に、スカートが袴に、胸の蝶ネクタイが白玉の護符に変わる。背には日輪のような羽衣が授けられ、瞳には「読」の祓を表す緋色の円が灯る。
「負けないよ」
次の石、またその次の石へと、隊長は羽衣を使いこなして移っていった。四人も遅れまいとついてゆく。
「スーパーヒロイン・いおんブルー!」
技術担当の羽衣は、「技」の祓を表す露草色の三角を四つ組み合わせていた。亡き祖父が生まれ変わった姿、とんぼの翅を意識したのだ。ネクタイに替わって首にかかった護符は、紫水晶。彼女の誕生石であり、子に関心が薄い(と彼女が思い込んでいた)母親がかけた願いであった。
「スーパーヒロイン・はなびグリーン!」
「速」の祓を表す五角星を、瞳の中で常盤色に燃やす火元責任者。巫女のいでたちよりは、お神輿を担ぐ格好に近かった。活発さを全面に押し出しているけれども、橄欖石の護符と星形のヘアゴムが年頃の娘であることをぬかりなく示していた。
「スーパーヒロイン・ゆうひイエロー!」
上品と礼儀正しさを重んじる参謀の袴は、膝をしっかり覆い隠していた。神無月に生まれた彼女を護るのは、蛋白石。プレイ・オブ・カラーが、彼女の想像と創造が豊かなところを語る。「知」の祓を表す下弦の三日月は、蒲公英色にほんのり光り、背中と双眸を飾った。
「スーパーヒロイン・もえこピンク!」
トルコ石の護符を差し色に、遊撃手の趣味全開な衣装が通る。「愛」の祓を表すハート形を羽衣にして、つばの広い帽子、襟にレース、袖と袴の裾にフリルと、もはやドレスである。ニーハイソックスにした足袋が、胸キュン度を二割増しした。
で、ば、な、を、く、じ、く!
九十九個目の石に足を付けたばかりのヒロインズへ、巨大な剣が行く手を阻んだ。
「ふにゃは!? 危ナイじゃナイっスか!!」
ピンクが大げさにのけぞった。
「おい、剣先にみずら結ってるおっさんがあぐらかいてんだけどっ! いかにもわしは神じゃーってカンジでいばってんぞっ」
痛くねえのかよ、とグリーンが顔をしかめる。
「十拳の剣……レッド、こちらの神様は」
「うん、タケミカヅチだ」
『古事記』・『日本書紀』に登場する、剣の神である。高天の原が、葦原中つ国(わが国、本朝を指す)を統治するため、現支配者の大国主命に国を譲れと交渉しに降りた神であった。
「最初の壁ってわけだね」
レッドは髪にぱっちんと留めていた呪いの具「敷島」を外した。
緋色のぬくもりある気流を「敷島」に送り、両手を広げる。すると「敷島」は術者の動きに応えて拡大した。
「皆、下がってえ!」
タケミカヅチを支えていた剣が、レッドへ突進する。レッドは祓をまとわせた辰砂のおはじきを前に出し、打撃を防いだ。
「か、かなり重そう……」
切る、ではなく、叩く戦法だ。盾となったおはじきが、剣に押されている。
「レッド、ピンチインやぁ!」
「うん!」
手と手を近づけて、レッドは「敷島」を小さくした。障害物が無くなり、剣が傾いた瞬間を狙い、玉の鎖を巻きつけて拘束する。
「お好きに暴れさせませんよぉ」
イエローとレッドの息ぴったりな連携は、拍手ものであった。
「順風満帆っ、あとは神を倒すだけだっ!」
グリーンが呪いの具「無常の花」ではやてを吹かせた。タケミカヅチは八つ裂きになり、切り口から記号がこぼれる。
「いわユル、文字化ケっスな!?」
障りが作った、紛いものの神だったのだ。恐るるに足らず、勢いに乗れ。
「待て……です」
決定打を放とうとしたグリーンとピンクを、ブルーが制する。呪いの具「沖つ青波・改」の水の刃を、縛られた十拳の剣に向けた。
「本体は、おそらく、武器の方……」
青い刀で両断にかかるが、剣が身を枝分かれさせて鎖を散らしてかわす。
「みずらのおっちゃんは、偽装だったのかよ!」
歯がみするグリーン。その横でイエローが納得していた。
「剣を司る神様やなくて、剣そのものが神様やったんやな。格助詞『の』には、意味がいろいろやからなぁ」
「どうして怪しまなかったんだろう。どうも読み取りの調子が良くないなあ」
タケミカヅチの髪型、男だと断定できるのか、つっこみたい点はいくつかあるけれど、進まなければならない。レッドは神に目を凝らした。
「七支刀に化けたのか……あれは村雲神社に収められているんだっけ。動きを封じている隙に逃げきれたら……そうだ!」
レッドがもう一度「敷島」を拡大する。剣にかぶせられるほどにしたら、人差し指で表面を数秒押した。指を離し、剣の前で止める。
「貼り付けだよ、敷島!」
術者に従い、辰砂のおはじきは複製をこしらえ、剣にのしかかった。押し花ならぬ、押し刀剣のできあがりだ。
「さあ、急ごう」
おはじきを髪に留めなおし、羽衣を緋色に輝かせた。
「レッド隊長、サッきのコピペ技デスけド」
ハートの羽衣を蝶のようにはばたかせて、ピンクが訊ねた。コピペとは、コピーアンドペーストの略である。コリアンダー・ピパーチ・ペッパーではない。
「マーベラスなヒラめきデスな☆ 元ネタは、レジュメ作成トカっスか?」
「え、えーと、うん、そんなところ」
先週の書店アルバイトがきっかけだなんて、言いにくい。パソコンでの商品紹介作りに行き詰まっていた店長夫妻(後期高齢者)を助けるのに半日かかってしまったのだ。若者だから機械に詳しいとは限らないことを、そろそろ分かってほしい。
「ピンクも鮮やかテクで決メタいデス!」
彼女の目には、レッドが「素敵な先輩」に映っているらしい。夢を壊さないであげよう。
お、も、い、あ、が、る、な、よ!
二百個目に着いてすぐに、水の玉がヒロインズへ落ちてきた。
な、み、の、う、つ、せ、み、れ、ば、た、ま、ぞ、み、だ、れ、け、る、ひ、ろ、は、ば、そ、で、に、は、か、な、か、ら、む、や。
最高位の呪いを扱えるといえども、所詮は人の身。息ができなければ、あの世送りだ。
ら、い、せ、は、い、し、か、き、に、な、る、が、ら、く、だ。? ? !?
一人だけ落ち着いて上へ泳ぎ、脱出した。露草色の気で全身を包んでいた娘は、機巧の武器を掲げて、仲間が取り込まれた水を吸ってゆく。
ま、え、も、っ、て、ぼ、う、ぎ、ょ、し、て、い、た、の、か!
か、ら、だ、の、う、ち、が、わ、に、く、う、き、を、た、め、て、い、た!
「特訓で、学んだことを、活かしただけ……です」
青く光る三角の印を、静かなる瞳に浮かばせ、「技」のスーパーヒロインは溺れる四人を解放した。
「私は、とても、怒っている……」
ブルーは、ぐったりしたグリーンの背中をさすって淡々と言った。
「緑さん、赤さん、黄色さん、桃色さんを、苦しませた…………」
む、く、ち、は、し、ゅ、う、し、だ、ま、っ、て、い、ろ!
無数の水玉が、ブルーに集中して落下する。
「次に、許せないことは………………」
ブルーは水と水との隙間を器用に抜け、天を翔けた。
「『古今和歌集』を、侮辱した……!」
四枚の羽衣が「沖つ青波・改」と連結し、傘を作る。
「袖に、入れない、玉は、土へ、しみろ……です」
とてつもない速さで傘が回転する。群がっていた水が撥ね飛ばされ、橋から追い出されていった。
「思ひくづをれて止めたらあかん……、ゆうひブレスィング・鈴の赦し……!」
むせるのを我慢して、イエローは髪に結んだ水琴窟の鈴を鳴らした。呪いの具「玉の小櫛」がもたらす二つの奇跡のうち、復元である。心地良い音が、「溺れる前のレッド達」に恢復した。
「危機一髪っ、焦りまくったぞ」
グリーンがポニーテールの先をねじっていた。濡れていないのに、つい気にしてしまうのだ。
「葛餅ノあんこ気分でシタ……」
「し、しばらく、水信玄餅はいらないよ」
偶然にも和菓子にたとえたのが重なり、ピンクとレッドは笑い合った。
「ブルー、ありがとうございます。全滅免れましたよ」
後に三人も口々にお礼した。でも、ブルーは曇った面持ちだった。感情があまり表に出なくても、皆には分かっていた。
「私は、弱い……です」
ぽつんと言葉を滴らせ、静かに羽衣を動かした。グリーンは従姉妹の態度に大きくため息をついて、追いかける。
「まゆみの妹が単刀直入に指摘してきたやつ、まだ根に持ってんのかっ?」
隣でピンクが「ネーギネギ、ネギ、ネギ、ネーギしょってマース」と歌っていたがグリーンは聞こえないふりをした。
「自分を、守るが、関の山……」
「祓でコーティングされていたから、うち達を助けられたんやないですかぁ。責めたらあきませんよぉ」
「…………」
かすかにブルーの頬が赤く色づいた。
「強い弱いってのはよ、そん時の状況によるじゃねえか。見てるやつのものさしで測られてるとこもあるだろっ。あたし、体調不良の日はスピード落ちるし。博覧強記な黄色だってよ、成績つける先生が違えば満点が九十九点になるかもしれねえし。桃色と赤は四六時中ズッコケだけど、ここぞって時はやるだろ」
なかなか妙を得た言い方にならなくて、グリーンは頭にげんこつをぶつけていた。
「励まして、くれた……ですね」
ブルーには、白金よりもはるかに貴く感じられた。
「どうも……です」
「おうよっ!」
先へ先へと渡るブルーに、グリーンは喜色満面についていった。
「みどりん! ズッコケとハ何デスかズッコケとハ! アとピンクの冗談スルーしナイでクだサイ」
「知らん歌だったかんな、悪い悪い」
「反省シテまセンなー!?」
常盤色と撫子色の螺旋が、空に描かれる。険しい場においても、じゃれあっていられること。
「さりげなく私もくくられていたよね……」
せめて三人組にしてもらいたかったなあ、と思うレッドであった。
「ところで、ピンクのあれ、なんていう曲なの?」
あまりにも癖のある旋律だったので、耳に残ってしまった。
「ソノまんま『ネギしょってます』デス。下宿生にブームなんデスよ、PVがシュール」
雄鴨(のかぶりものをした演者)が雇い主に、想いを寄せる雌鴨を奪われる。さらに雌鴨は鍋にされて永遠に雇い主の肉となり、雄鴨が復讐(の妄想)をするようだ。
「来朝ファンクやね。ボーカルが、トロンボーンも吹きはるんやよ」
さすが、教養の高いイエローである。音楽は特に詳しかった。
「せや、グリーンに問題出そか。障りが詠んだ、在原滋春の和歌には、ある物の名前が隠されています。見つけられるやろか?」
波の打つ瀬見れば……、グリーンはゆっくり声にしてみる。
「はかなかなむや、マジであるのかっ?」
「ある……」
ブルーが即答した。ちなみに、彼女は滋春の父をこよなく愛している。
「ヒントは、一・二句目……です」
「なみのうつ、せみ……あ! 蝉かっ!?」
「惜しいわぁ、うつせみ、やよ。歌の内容とは別に、特定の語句を隠す技法を『隠し題』ていいます。この歌は、巻第十・物名に収められているんやけど、句と句の中に物の名前が隠れているから『物名歌』て呼ぶんやわ」
難しそうならば、ひらがなにして書き出すと探しやすいだろう。
「『伊勢物語』第九段、から衣の歌にも、みられる……」
「先輩の仰る通りです。『折句』ゆうて、各句の先頭の字を順に読んでいくと、語句ができるんやよ。この場合やったら『かきつはた』、つまり『杜若』やなぁ」
なお、各句の先頭・末尾に語句を隠す技法は『沓冠』と呼ぶ。由来については、身体のどこに沓を履くのか、冠をかぶるのか、を考えれば容易い。
「あーね、修辞っつーやつだなっ。超絶技巧っ、て、なんだよっ……!」
グリーンは、ここで初めて足をわななかせた。
次に踏むべき石が、業火に統べられていたのである。




