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第十九番歌:障り祓へば(二)


     二

 針葉樹の木々を従える洋館、それがD号棟であった。昔は全教室が講義と部活に使われていたが、校舎の改装・増設により、活躍の幅が狭められた。代わりに怪談の舞台として有名になってしまった。異次元に通じている、不慮の事故で卒業がかなわなかった学生の地縛霊がうろついている、など、ありふれたものである。また、階段の数が毎回変わっているらしい。真偽を確かめたければ、どうぞご自由に。何が起こっても私は責任を負わないからね。

「前に亡霊退治に訪れたわねー」

萌子(もえこ)ちゃんが私たちの追っかけとしてついてきたんですよね」

「ヒロインズがやっと揃った、記念すべき日よ」

 ある時は外套に身を包んだ助っ人「最終ヒロイン」、またある時は日本文学課外研究部隊のファン。(にち)(ぶん)の新入生、与謝野(よさの)・コスフィオレ・萌子ちゃんが、五人目のヒロインとして入隊したんだ。

「先生が勧誘したんですよね。仲間になるって信じていたんですか」

「ええ。与謝野さんは、自分が何者なのかを問い続けていたでしょ。自分を発見するには、いろんな人とつながることが大事。寂しかったのもあったのよ」

「落ち着ける場所をあげたんですね」

 いっぱいある大好きな物に心血を注ぐ彼女は、充実しているように私にはみえた。読みが浅かったんだ。

大和(やまと)さん、出番よ」

「はい」

 大地を底からかき混ぜるように、緋色の気を起こす!

「いくよ……」

 基礎の祓「(よみ)」は、書き置きから胸の内まで中身を解釈できる。この建物に祓を流しているのは、誰?

【……プ、……ルプ……ヘルプ、SOSデス……】

 二階、四番目……亡霊騒ぎのあった教室じゃないか。

【耐エラれナイっス、ギブ……ダメだめダメっス、ネバーギブアップ!】

 破裂音に気を失った先生が力を暴れさせて、画集の塔を「引い」てきたんだよなあ。梶井(かじい)基次郎(もとじろう)檸檬(れもん)』から取り寄せてきたみたいにね。

「『愛』の祓だ。D24教室です」

 あなたを、ひとりきりにはさせない。「ワタシ」を失わないで。もうすぐだよ、萌子ちゃん!


 太陽を求める枝葉のように、撫子色の気がたちのぼる。細く、薄まっているものの、拍動は止まっていなかった。

「萌子ちゃん、いるんだね」

 ロッカーを開けて、私はかがんだ。気流の根本は突き止めた。

「祓を送ってあげるのよ。そして、おのづから浮かぶ言の葉を口にしなさい」

 根本に両手をかざし、緋色の気を流し込んだ。言の葉が舞い降りてゆく。大丈夫、つっかえはしない。

「早春の 銀の屏風に 新しき 歌書くさまの 梅の花かな」

 撫子色の祓が、茂り始めた。数多の光る葉が重なり合い、大きな蕾を形作る。開いた蕾には、黒髪の少女が体を折りたたみ、丸まっていた。

「センパイ……ふみセンパイ…………」

 猫みたいな瞳に涙をためて、萌子ちゃんは私に抱きついた。

「永遠にコノままダト思エバ思うホド、世界ガ冷たクナりまシタ! 常闇ニ埋めらレテ安ラカに眠ル方が千倍ましデス!!」

「かなり我慢してきたんだね……」

 頭と背中をぽんぽん叩いてあげた。私より頭身が高くて大人びた雰囲気しているけれど、甘えたがりなんだよなあ。

「与謝野さん、良く頑張ったわね」

「センセ!」

 今度はまゆみ先生の胸に飛び込んでいった。骨折させちゃいけないよ、萌子ちゃん。

「入学式リターンズかラノ、日文除籍、もとモト友達少ナイっスけド周りニ『あんた、だれェ?』反応。ヘコんでタラ、シースルーにナッてマシた」

「その時に変な感じ、しなかった?」

 私の問いに、萌子ちゃんは眉を八の字にさせた。

「タイプライターの音ガしまシタ。『なんだ、ちょろいな』デシたカね? エラそうデシたヨ、アレが『(おほ)いなる障り』なんスか?」

 くっつかれても平気だった先生が、初めてうなった。

「言葉を打って語りかけているのか……。いづこに潜んでいるのかしら。のびらかにかくれんぼをしている場合ではないわね」

 実体に会わないと、祓えないんじゃないかな。

「センパイの祓デ割リだせナイっスか?」

「うーん、厳しいんだよね。そうは問屋が卸さないというか。先生の詠唱も使えるのが限られているし」

「今は、隊員を再び集めることに手を尽くしましょ。お次は、A・B号棟の広場だったわね」

 先へ参りましょ、とうながす先生に、萌子ちゃんが挙手をした。

「ソコ、はなっちガいマス! 萌子、目撃しまシタ」

(はな)()ちゃんが? 一緒に着いていたの?」

 萌子ちゃんは唇をきゅっと結んだ。それから長い髪ごと首を振って、息を吸った。

「ソーリーっス!! 萌子がココに来タ時、はなっちハ、はなっちハ、足ガ消エテいタんデス。ものスゴく怖ガッてまシタ……。萌子、猛スピードでカケつケテ、祓デ止めヨウとシタっス。デモ、効キマせんデシた…………」

 まゆみ先生と私は、彼女の震える肩にふれた。

「はなっち、ガクガクしたママ、見えナクなりマシた。萌子、寄りソエられナカっタんデスよ! 輝くダケの祓トカ、萌子ポンコツっス! お助けデキないトカ、御祖(みおや)(さま)ニ悲シマれマス!」

「ポンコツじゃないわよ、与謝野さん。あなたは充分、夏祭(なつまつり)さんに寄り添えたわ。だから、祓を出して助けを求め続けているのよ」

 うん。華火ちゃん、元気づけられたと思う。私は未信者だけれど、御祖様はちゃんと萌子ちゃんの献身を見ているから、悲しいとか、責めるとか、しないよ。

「悔やむんだったら、なおさら急がなくちゃね!」

 まゆみ先生がウインクすると、萌子ちゃんに熱気が戻った。

「ハイ☆」



 線香花火の炎が、落ちまいとしがみついて灯るように、常盤色の火が自転車置き場に()いていた。

「か、感じ取れなかった。今朝通っていたのに」

「常に祓を放出していなければ分からないわよ。アヅサユミなら容易(たやす)いけれど、人の身にはいみじく負担がかかるわ」

 元々、祓の行使者は、弓と文学を司る神・アヅサユミだった。最上級の(まじな)いは、五つに分けても威力が弱まらず、宿された私たちは正しく扱うために相当な修練を積んだ。

「一人だけには渡せなかったの。あまりに強くて、魂がつぶれてしまうから。他にも理由があったのもしれない。アヅサユミは、子孫の私に大事なことを教えてくれたんじゃないかとね」

「何だったんですか」

 まゆみ先生は、人差し指を立てて口の前にもっていった。

「あなた達にこそ、学んでほしいことよ」

 さあ、夏祭さんを。先生は明るい表情で数歩下がった。

「ふみセンパイ」

「ほえ?」

「ココは萌子ニ全部さセテくだサイ!」

 後輩は腕まくりして、手を踊らせた。

「悪しきものこと 清めはらひて 助けたまへ (そら)(みつ)王命(おうのみこと)

 空満神道(しんとう)独特の祈りだ。「愛」の祓が照り輝いて、燃え尽きないように小さな火の玉を囲む。

(たけ)キ人モ(つい)ニハ滅ビヌ。(ひとえ)ニ風ノ前ノ塵ニ同ジ」

 轟音とともに、常盤色の火が勢いをあげた。激しいけれども他を灼かない熱き柱となり、ふたつに割れて、中から小柄な少女が倒れかかってきた。

「はなっち!」

 少女は疲れた様子だったが、支えてくれたのが萌子ちゃんだと覚ると、踏ん張ってみせた。

「……へっ、袴にフリフリエプロンかよっ。和洋折衷のウェイトレスかっ?」

女給(じょきゅう)デス。浪漫ガ欠けてマスな」

「……傲岸不遜っ、生意気だぞ、よさのあきこ」

「本名禁止っスよ、べー☆」

 刺々しくない喧嘩をして、萌子ちゃんと華火ちゃんは笑い合った。

「おっ、ふみかと閼伽(あか)(だな)まゆみじゃねえか」

「ふふっ、日本三代随筆のうち二編『徒然草(つれづれぐさ)』、『方丈記(ほうじょうき)』に出てくるわねー。しかし!」

 握りこぶしを胸に、まゆみ先生は仰った。

「実家・我が家ともども置いているのは神棚です。そんな私の名前は、安達(あだ)太良(たら)まゆみ!」

 まあ、先祖からしてそうだろうなあ。華火ちゃんてば、閼伽棚ってよく知ってたね。現代の生活様式においては、あまりお目にかからないよ。

「一行三昧っ、難行苦行っ! ひろこに中世文学叩き込んでもらったかんなっ、成果が表れたもんよ!」

 鼻の下をこすり、華火ちゃんは犬歯を見せた。

「夏祭さん、治りたてでごめんね。身体を消された時のこと、覚えていたら教えてちょうだい」

「卒業したってのに、とこよらが制服だったからよ、声かけに行ったんだっ。ところがどっこい、記憶喪失ぽくて初めましてって返されたんだ。ヘコみスギてたとこを突かれちまったっ。背後を殴られてよ。おう、心配すんなってのあきこ、でっかい毛筆みてえな感触だったんだ。殴るっつーか、殴り書きだな、ありゃ。九分九厘っ、はなび様への悪口雑言だろなっ」

 腕組みして何度もうなずく華火ちゃん。すっかり元気になったらしい。

「ふにゃ? タイプ音しなカッたデスか?」

「してたかもしんねえし、してなかったかもしんねえ。足が透けちまってソレどこじゃなくなってたんだっ」

「スミまセン……」

 うつむいた萌子ちゃんに、華火ちゃんは軽くチョップした。

「あたしが消える間際に、祓くれたじゃねえか。おかげでくじけねえで『(そく)』を燃やしてこれたんだぞっ」

「霊験アラたかソウナ火デシた。はなっちハ、意外とピュアなんデスね」

 椰子の葉のようなポニーテールを逆立てんばかりに、華火ちゃんがふくれた。

「意外と、ってーのは余計だろがっ、よさのあきこ」

「ネガティブに受ケ取らナイでくだサーイ☆」

 追いかけっこを始める未成年組を、まゆみ先生は微笑ましく眺めていた。

「ふふっ、名コンビだと思わない? 大和さん」

「幼なじみ感ありますよね」

(そら)(みつ)貴族(きぞく)どうしだもの。きっと濃い縁なんだわ」

 幼稚園からずっと附属校に在籍している人たちを、俗に「空満貴族」と呼ぶのだ。

「滞りなく集まってきているわね」

 あとは、唯音(いおん)先輩と夕陽(ゆうひ)ちゃんだ。

「なあ、あたしだけか? あっちで波っぽい気が広がってるみてえだっ」

 華火ちゃんが、研究棟・C号棟方面を背伸びして指した。

「萌子ニモきてマス! 青イっスな……いおりんセンパイじゃナイっスか!?」

 あ、本当だ。C号棟あたりから、青い気流が寄せては返している。水の性質を持つ「(わざ)」の祓、唯音先輩のものだね。

「よっしゃ! 姉ちゃん救出すっぞ!」

 おー! と顧問と女給コスフィオレの隊員が後に続いた。

「お、おーう」

 こっぱずかしくなった私は、そそくさと走った。


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