第十八番歌:弓引きて(夏祭華火)
夏祭 華火
じいちゃんと、ずっと山で走れるんだって思ってた。
父ちゃんと、毎週日曜の朝、習字するんだって思ってた。
母ちゃんと、これからも夕ごはんを作るんだって思ってた。
あたしは、学校出て、国語の先生になって、許嫁と結婚して、いっぱい家族ができて、時々なんか習い事行ったり友達と買い物したりやって、定年退職した後は家庭菜園でも始めて、余生を送るっ! ……はずだったんだ。
あたしの日常が、いとも簡単に崩れ去っていく。
なあ、とこよ。てめえは、こんなあたしを「友達だ」っつってたな。「一度出会えば、お友達」、だったよな。姉ちゃんから聞いたけど、ちっちゃい頃にテレビでやってた「ファソラシどうぶつ島」のテーマソングに同じ文句があったんだってよ。続きには「毎日だったら、家族だよ」がくるんだと。そーなりゃ、あたしととこよは家族ってことになんのかな。
まだあん時のお返し、してねえ。神無月の末にまゆみが強いやつに呪われちまって、恐怖に押しつぶされてたあたしに、松ぼっくりをくれたじゃねえか。何にすりゃとこよが喜ぶかなって、頭ひねってるうちに正月が来ちまって、卒業式まで済んじまった。とこよが気に入ってる物、ハマってること、聞きゃよかった。あたし、人付き合いニガテなんだっ……特に、歳近いやつにはな。昔、病気で長く寝ついててよ、あんましよそのやつと遊んだことなくて、いとこの姉ちゃんが会いに来るぐらいだったんだ。フツーに話しかけりゃすむってのに、あたしには、その「フツー」が、すごくハードル高いんだっ。おかしいだろっ? 口が達者そうな見た目してんのによ、フタ開けりゃコミュ力低いんだ。
松ぼっくりは、鏡のそばに置いてる。家を出る前、人に会う時とか、意志薄弱、自信喪失な顔してたら、いつも松ぼっくりを指で揺らす。それだけで、勇気もらえるんだよなっ。とこよの強さを分けてもらってんじゃねえか? ってよ。試合じゃ、誰も寄せつけないオーラ放ってんだって? たくみとのりかがこっそり教えてくれたぞ。
友達いらんっつってたのには、ワケがあるんだ。親がつきあってきたやつらの本音を聞いちまったから。あいつらは、親の持つ権力とお金に集まってきたんだ。人柄なんか最初から見ちゃいねえ。怒髪衝天なのはそんだけじゃなくて、親はやつらの裏を分かってて一緒にお酒やお茶を交わしてるってことだ。あんで、交友関係をやめないんだろな……。仲が深まるこたねえのによ。ほんとの友達は、いやしねえんだってのに。おとなの人間関係は、全然分かんねえな。
キャンパスと講義と別々だけど、お互い、刻苦勉励して夢叶えようなっ。とこよは、プロの陸上選手なんだろ。五輪に出たいんだよな。あたし、詳しくねえけど、とこよの速さは世界に通用するって信じてる。あたしは、教員を目指すんだっ。まゆみ、紘子みたいに、古典教えてえな。中学か高校の先生だっ、前のあたしのように授業で四苦八苦してる生徒が、一人でも減ったらいーなっ。教員課程、単位取るの難しめで、課題多くて忙しいみたいだけど、逃げねえぞ。あたし、体弱いイメージが母ちゃんらについてっから、楽な道ばっかし歩かされたんだ。今のあたしは、熱出してた頃とは違うんだっ。何かに全力かけてやり遂げたいんだ。
炎のみ 虚空に満てる 阿鼻地獄
ゆくへもなしと 言ふもはかなし
なぜか知らんが、ぱっと頭に浮かんだ。源実朝の歌って、ひろこが教えてくれた。あいつは、地獄に対してすごく敏感だ。地獄に落ちるって覚悟してるやつほど、救ってやれねえのか……? そりゃ悪事をはたらいたら、反省して善行に励まねえとなんないだろうが、どーしてもできねえやつもいるんだっ。悪循環から抜け出させてやれねえのかよ……? 勧善懲悪だけじゃ、一切衆生救われねえんだ。あたしにある炎は、地獄のもんじゃねえ、許しの炎がほしい。まだ、祓が残ってるんなら、灯せるか。
……あたし、どこにいるんだろ? 延々と走ってるんだけど、安心して止まっていける所が無いんだ。周りはちゃんと見えてるんだ。慣れてる道のはずなんだ。それなのによ、初めて来た街に放り出されたカンジがする。心細くなっちまうだろ? 地図がありゃ、分かるってのに……げ、あたし地図もらって目的地に最短で着いたためしがねえんだよな。別に、方向音痴っつーワケじゃねえが。
手を握ってもらって歩いてくような年は、とっくの昔に過ぎた。自力で突破しなきゃなんねえ。甘えてなんざいられねえよ。なあ……………………あれ、あたし、誰に話そうとしたんだ? あたしの中から、あたしが見て・聞いて・かいで・さわって・味わって・感じてきたもんが、こぼれ落ちていってる。じっとしてたら、また抜けてしまうんじゃねえかって、不安になる。
誰を、呼ぼうとしたんだろ。ほんとは忘れちゃいけねえやつなんだってのは、なんとなく分かってんだ。あたしを気にかけてくれてたやつなんだろっ? ここまで導いてくれた、でかい存在なんだよなっ?
教えてくれっ、あたしが思い出したいやつの、名前をっ……!!
〈次回予告〉
アヅサユミ、あなたはずっと独りで戦ってきたのね。
愛するこの地のために、大切な人々のために。
―次回、第十九番歌「障り祓へば」
私は、決めたの。
一本きりの、この矢で、あらゆる災いを射落とすのだと。




