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卯月には障りありけり 序


「え、ここって食券制じゃなかったの? 下校の時のぞいていたんだけれど、うわあ……だまされた感じ」

「夜は注文せなあかんねんて。ふみちゃん、(ちゅう)やよね? そしたら、(そら)(みつ)スタミナラーメン中と、(しょう)をお願いしますぅ」

「ゆうセンパイ、ソコで遠慮しチャいけまセンよ。決戦控エテるんデスよ? しっかりパワーチャージっス☆ お姉サン、萌子(もえこ)はラーメン(だい)具盛(ぐも)りデ☆」

「決戦前夜にカロリー気にすんなよなっ。まゆみ、ごちそうしてくれて、ありがとうよ。んじゃ、ラーメン中と煮卵っ」

「うち、ダイエットのつもりやないもん……。唯音(いおん)先輩は、決まりましたかぁ?」

「ラーメン特大、チャーハン大……です」

「よっ、姉ちゃんの食欲旺盛っ!!」

「フードファイターも裸足デ逃げマスな」


 五人の隊員らがにぎやかに注文しているところを、司令官の安達(あだ)太良(たら)まゆみはしげしげと見つめていた。

「あなた達の分は以上、かしら? では、私は『いつもの』と食後に(あん)(にん)豆腐(どうふ)六つを。取り分けるから、ボウルに全員分入れてきてちょうだい。温かいジャスミンティーも、よろしくね」

「かしこまりましたー!」

 弥生(やよい)三十一日の夕べ、(そら)(みつ)大学の学科公認文学サークル「日本文学課外研究部隊」は大学近くの商店街にあるラーメン店「空満スタミナラーメン(地元民の間では略して、(そら)スタ)」にて晩ごはんをいただくことにした。

「あ、あの、まゆみ先生」

「なあに、大和(やまと)さん」

「さっきの、『いつもの』って何なんですか」

 隊長(勝手に顧問に決められた)の大和ふみかが訊ねると、まゆみは陽気に笑った。「安達太良」は覚えにくいだろうから、学生に名前で呼んでも良いと許しているのだ。ちなみに、安達太良は旧姓だ。業務上、名乗っている。本名は、真弓(まゆみ)家に嫁いでいるので「真弓まゆみ」だ。夫の深い(じょう)が込められている。

「あー、ラーメン超特大とえび餃子三人前ね。昔と比べたらやうやう量が増えているのよ。いい年なのにねー」

 小柄で薄い身体をしているが、教職が激務なのか食事量がすさまじい。骨と皮しかないんじゃないかと疑われる長身の隊員にして技術担当・仁科(にしな)唯音(いおん)をも超える。

「杏仁豆腐はメニューに載っていなかったようですがぁ……」

「いわゆる裏メニューよ。しかも十年以上の常連に限る!」

「とても勉強になりますぅ」

 参謀に任命された本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)は、わざわざリュックサックからノートを引っ張り出して書き留めていた。将来の夢の執筆ノートに、また参考となる情報が増えた。

「マジかよ、あたしの担任、ひろこなのかっ!?」

「シラバスをチェックした限リ、人事異動nothingデシたカラね。持チ上ガリでいケバ、四回ヲ送っタひろポンが一回ヲ持ツカと」

「あんまし知らんやつよりは、そりゃいーけどよ……。ひろこだと、逆に気まずいっつーか」

「安全パイ、優良物件デスよー? 萌子のトコは、マブチンっスよマブチン。ベラベラ、ネチネチしゃべクルんスかラ!」

 火元責任者の夏祭(なつまつり)(はな)()と、遊撃手の与謝野(よさの)・コスフィオレ・萌子(もえこ)が、大学生活について話していた。華火は明日、空満大学の日本文学国語学科に入る。足が自慢だから、てっきり体育学部だと思い込んでいた仲間達は、つい最近、報告を耳にしてびっくりした。彼女と毎度、愉快に小競り合いしている萌子は、直属の後輩にあれこれと日文のしきたり(?)を教えてやっている。二人は附属幼稚園からの腐れ縁なのだ。

「お料理が来る前に、言っておきましょ」

 回転椅子を前につめて、まゆみは軽く息を整えた。

「今日眠った先には、卯月(うづき)(つい)(たち)ではなく、(はざま)が待ち受けているわ。いよいよ『(おほ)いなる(さは)り』との戦いよ」

 五人の乙女は、気を引き締めて顧問に注目していた。

 「日本文学課外研究部隊」は、これから、大事な活動を行う。専門家を招いての研究発表会、全国の大学対抗日本文学王決定戦、なぞ生ぬるい。彼女達は、この世を災厄「大いなる障り」から守るための戦いに赴くのである。


 十二年前、黄泉路(よみじ)へ旅立った父を生き返らせるため、まゆみは先祖・弓と文学の神アヅサユミの力を借りて望みを叶えた。しかし、父は命の摂理に反することを拒み黄泉へ戻り、命を操ったまゆみは「人を外れた行い」をした償いに、あらゆる物事を「引く」力を宿され、人と人ならざるものの(はざま)にある存在となった。

 アヅサユミは力を行使して衰え、その力を五つに分け、生い立ちの異なる五人の乙女に植えた。力の名は「(はらえ)」。この世に奇跡を実現させる(すべ)(まじな)い」の最高位に座するもの。「(よみ)」・「(わざ)」・「(そく)」・「()」・「(あい)」の祓を、心に宿した乙女が、ふみか・唯音・華火・夕陽・萌子であった。五人は去年の神無月と霜月に、まゆみが暴走させた「引く」力を「祓」でもって鎮めてきた。

 これも去年の師走、(とが)の記憶を思い出したまゆみが、アヅサユミを継ぐ存在になった。ふみか達は、代替わりを許せない派閥の神に狙われる顧問を守らねばならなくなった。アヅサユミを消さんとする雲の神シラクモノミコトとまゆみの妹なゆみ、なゆみ率いる「グレートヒロインズ!」との戦いを経て、五人は「祓」を行使できることをようやく知る。「スーパーヒロイン」、「祓」を自在に扱える者をいう。たまたまにも、戦隊もの好きなまゆみがつけた、サークルの愛称「スーパーヒロインズ!」と重なっていた。

 シラクモノミコトの嘘となゆみの悲願が絡み、アヅサユミの復活でほどけた師走の騒動は「力を失ったアヅサユミの代わりに、来たる災いを『スーパーヒロインズ!』が祓う」ことに落ち着く。災いとは「大いなる障り」。弥生晦日(つごもり)と卯月朔日の間に空満へ至り、野放しにしてしまうと人々の心を枯らして肉体だけの(うつろ)な存在にする。空満を襲ったら、次は近畿、本朝(ほんちょう)、そして海を越えて世界まではびこる。障りは「祓」でしか対抗できない。アヅサユミに選ばれた女子学生が、世界を救う役目を任されたのだ。


「障りが、どういう姿なのか、どのような形で現れるのかは、私に科された力でも分かりかねる。けれどもね、あなた達は何が起ころうともくじけないというのは、確かだわ」

 まゆみの視線が、ふみかを射止めた。

「大和さん。負けまいとする根性を強く持って。皆で帰ってきて、めいっぱい寿ぎの会をしましょ!」

 ふみかは、赤いパーカーの紐を片方握りしめて返事した。

「仁科さん。今こそあなたの底にある熱さを放つ番よ。恥じなくていい。素直に臨みなさい!」

 波立たぬ湖のような唯音の瞳に、白い光が射した。

「夏祭さん。先手必勝、速攻勝負は有利に進めるこつだけれど、無茶しないで。動く前に三秒数えて。あなたは荒事においても考えられる人よ!」

 華火は拳を突き上げて、満身(まんしん)()(たん)に応えた。

「本居さん。まずは、八割の結果を出せたらいいと考えてみて。完璧を目指すより簡単よ。あなたはいみじく頑張り屋さんだから、力を抜いて!」

 師に励まされ、夕陽は胸に手を当てて真剣にうなずいた。

「与謝野さん。『ダイスキ』を障りに注ぎ込んであげなさい。マキシマムザハートをしのぐ『ホントウノワタシ』で勝負するのよ!」

 シノワズリな格好で決めていた萌子が、得意げに敬礼した。

「司令官・安達太良まゆみからは、以上! 今日はたらふく食べて、丁寧に湯浴(ゆあ)みして、ぼんやりしながら布団をかぶりなさい」

『ラジャー!』

 カウンターから、盛んに湯気をたてる鉢や香ばしい皿が次々と上がってくる。空満の名物を堪能して、障りなんか追い出してしまおう。では、六人手を合わせて―。



『いただきます』




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