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クロエ・モーリアの非日常  作者: 千川葵
第二部:第1章(グーサノイド)
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5.世話係

 レベッカ様の襲来から数日が経つ。レベッカの一挙手一投足に慄く城内にあって、クロエはもっとも平生通りの人間だった。なにせ、付き合いの長さが違う。自分のペースを乱されない程度にいなしておく方法を、熟知しているのだ。


 それに、そもそも、他人の言動に影響されるような性質でもない。

 クロエの興味は、今現在、全く別のところにあった。


「山脈周辺の環境? ウーン、ボクは王都の外にはほとんど出タことないからなあ」

「前から思ってたんだけど、アラン君って変なとこで箱入りっぽいし、妙にまともっぽいよね」

「全部失礼じゃない…?」廊下を歩いていたところを捕まったアラン。とりあえず立ち止まって端に寄る。「あ、でも、昔サティリスに行ったことアるんだよ」

「へえ、何しに来たの?」

「今の王様の戴冠式の使節一行。子どもだったから、ただくっついてったダケだけど」

「へえ。で、山脈は?」


 終始真顔のままである。まともに会話をする気がないことを察し、アランは黙って指をさした。


「アッチに書庫はあるよ。まともな資料があるかは微妙だけど。あとジャック・フラヴィニーの特殊騎士団はあのあたリを巡回してるよ」

「わかった、ありがとう」

「待って!」慌てて立ちふさがり、珍しく弱り切った顔をする。「…なぜかボク、あのお姫様の世話係にされテるんだけど、どうしたら良いの?」

「人生は己の手で切り開いていくものだよ」

「適当だね!? ボクは真面目にきいてるんだよ! あ、待っテ、行かないでよ。アア…」




 とぼとぼと歩んでいたアランがどこに向かっていたのかと言えば、それは例のお姫様の元だった。初対面時にいらぬちょっかいをかけたせいで、世話係として認識されてしまったのだ。


 思い出すのはあの日の記憶。部屋に案内しろと言われたので、城内で一番豪華な客室を見せた。その時に言われたのが『これ、わたくしの部屋じゃありませんわよ?』だった。なぜ聖サティリス王国にある自室が広がっていると思うのか。どっと疲れた。


 思い出してげんなりしながら、それでも虚勢で背筋を伸ばし、扉をノックする。諾を伝える声はメイドのものだった。よしと気合を入れ直して、部屋へと踏み込む。


「レベッカ様、アラン・バルティルスです。お呼びだと伺い参上しタのです…が」


 メイドが目礼してくるので、とりあえず応じておく。小柄だというのに、気圧されるほど風格のある女性だ。特に、その瑠璃色の瞳には、胸の奥を見透かされているかのような居心地の悪さを覚える。大国では仕える側の人間まで偉そうだな、といっそ感心するアラン。


「あの、レベッカ様…?」


 全く反応がないので、恐る恐る近づいてみる。入るなり訳のわからない話を聞かされるのも対処に窮するが、静かは静かで据わりが悪い。


 近づけば、何をしているのか明白だった。絵を描いていたのだ。その意外さに瞠目する。至って普通の、品位ある余暇の過ごし方である。加えて、異様なほどに上手い。迷いのない正確な線が、魔法のように像を結んでいく。子どもの姿だ。何やら既視感を覚えて、誘われるように覗き込む。


 気紛れな好奇心は、さっと振り上げられた相貌に吹き散らされた。何度見てもぎょっとする、壮絶な美貌だ。


「あ、あなた、そんなところで一体何をしていますの!? 覗きですのね!」

「その言い方ではチョット人聞きが…」

「そしてわたくしは覗かせ!」

「…覗かせてるなら、ボクに落ち度はないのでは?」

「まあ、あなた、随分賢いのね」

「…それはどうも」

「で、何をしに来ましたの?」

「アナタが呼んだんですよ…」

「まあ」


 きょとんとした顔を傾げ、しげしげとアランを眺める。居心地が悪いくらいの執拗な眼差しで、アランはそっと意識を沈めた。まあ、の続きは、そうだったかしら、だなと頭の中で補足する。


 それにしても、見れば見るほどに驚くべき美しさだ。人間どころか、人工物すら越えている。完全無欠の天の采配である。この言動が残念だと、世間では大いに嘆かれているのだが、アランにはこれすらも天の恵みの一端と思われた。さもなければ、とても息持つ生命とは思われず、誰一人彼女の前に立つことはできなかっただろう。


「そ、そそそそんなに見ないでくださいます!? 確かにこれでは覗きではありませんわ! 真正面視ですわ!」

「覗きの話から離れテくれません…?」

「それに頭が高いですわ」


 跪けとでもいうのだろうか。それはさすがに横暴だろうと眉をひそめていると、向かいを示して机がべしべしと叩かれた。「このままでは、わたくしの首がもげますわ」

 思わず吹き出す。「な、ナルホド。それは大事ですね」


「まあ、わたくしの首がもげるのがそんなに楽しいんですの?」

「いえ、その綺麗なお顔は、キチンと正しい場所に据えてあった方が嬉しいですよ」

「綺麗…? と、ととと当然ですわね! 私を誰だと思ってますの」

「レベッカ・ヴァレリー・ブランシャール様ですよね」

「分かっているじゃありませんの!」


 腰を下ろしながら、アランは心底ほっとした。初めてこのお姫様との会話で、主導権を得られたのだ。達成感もひとしおである。


「それで、本当に用はないんですか? 何か困っているからお呼びだったワケではなく?」

「だってあなた、わたくしの世話係でしょう?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが…仮にそうだったとして、世話係を呼んだのは世話をさせルためではないんですか?」

「そうでしたわ!」突然、声を張って立ち上がる。

「思い出しマしたか?」

「あなたは誰ですの?」

「ええ、逆に忘却…?」

「だから! 名前はなんと言いますの?」


 アランは真顔になった。レベッカも真剣そのものである。緊迫感のある絵面となったが、内実は実に馬鹿馬鹿しい。控えていたメイドが「さすがに失礼ですよ…」と呆れた声をもらした。侮辱に等しいが、不思議に怒りは覚えなかった。それよりも、誰かも分からず身辺に置いていたのかと少々心配になった。


「…アランです。アラン・バルティルスと申します」

「バルティルス…? バルティルスはもうノア・バルティルスがいますわ。あなたはアランですわね!」

「え、どういう…? いや、なんでもいいですガ…」

「ではアラン」と呼ばれて顔を引きつらせるアラン。問題にしかならない馴れ馴れしさである。男女間ではなおのことだ。しかしレベッカは気にしない。胸を張っている。「私はレベッカですわ!」

「…エエ。レベッカ・ヴァレリー・ブランシャール様ですよね」

「だからレベッカですわ!」


 子供のように癇癪を起こしている。会話の流れの帰結に、思わず両手を挙げるアラン。


「え、もしかして、名前で呼べといっていルんですか?」

「だからレベッカですわ!」

「イヤイヤ無理ですって! 殺されますって! ボクってしがない田舎貴族ですし!?」


 レベッカはむっとして、忠実なるメイドであるアイビーを見やる。アイビーは顔色ひとつ変えずに言う。


「未婚の女性が婚約者でもない男性をファーストネームで呼びつけるなどふしだらです。控えめにいって尻軽です。せめてアラン様がよろしいかと」

「待って何その暴言。しかもこの王女様に『様』とか呼ばれるのすごく居たたまれない。アランです。もうアランで良いです。召使を呼びつけるのと同じコトです。お気軽に呼びつけて頂ければ幸いですエエ!」もう自棄である。

「と、このようにアラン様も譲歩をしてくれたわけですし、レベッカ様も多少の譲歩をするのが筋です。レベッカ様で手を打ってもらいましょう」

「仕方ありませんわね」

「どういう譲歩なの!? 王女様とか殿下とかモットいい呼び名がたくさんあるでしょう!?」

「愛称呼びをご希望ですか」

 凍り付くアラン。「レベッカ様で、お願イします」

「分かればよろしいんですわ!」


 アランは何一つ分からなかったが、頭を掻きむしりたい衝動を抑え込み、乾いた声で笑ったのだった。


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