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クロエ・モーリアの非日常  作者: 千川葵
第一部:第4章(グーサノイド城内)
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18.ローレンス・ローリー


「嫌な予感はしてたんだよ」


 クロエはそう独り言ちる。「明らかに高級路線なお針子さんが来たし、お城全体が妙にばたばたしてるし、アラン君はにやにやして何にも言わないし…で、今度は宰相閣下のお出まし、と」

「ローレンス・ローリーと申します」


 差し出された手を睨み、しぶしぶ握り返す。何の因縁もない相手だ。不快感を持ついわれはない。ローレンスは、好々爺然とした初老の紳士だった。本能的に嫌ったのは、この状況そのものだ。クロエはグーサノイドを好いていたし、ノアやアランのことも好意的に思っていた。それは人柄云々以前に、自由があるからだ。枠の中に押し戻される気配には、敏感にならざるを得ない。


 宰相閣下は笑みを深くする。「そう警戒されると寂しいものがありますな。お気に障ることでも?」

「特に、何も。それより、ロリさんは何をしにきたの」

「ロリさん…」一瞬頬を引き攣らせたが、幻のように収まった。「それはまた…多分に誤解を招きそうな呼び名ですな。私のことはどうかローリーと」

「うん、ロリさん」

「…先ほどのように宰相閣下でも」

「他人行儀がすぎるよロリさん」


 ローレンスは頑張ったが、クロエの方に一切取り合う気がない。それと悟って諦めたあたり、話の早い御仁である。感心することに、穏やかな面を、二度と波立たせはしなかった。


「…本題を逸れましたな。私が来たのは、歓迎パーティーの当日の流れを確認する為で――」

「パーティー?」

「はい?」


 何度か言葉を反芻してみるも、都合のいい解釈は見当たらない。直視をする気が起こらず、遠い目でふっと笑った。


「私はね、ロリさん。ちょっと豪華なお茶会とか、お食事会をしようねって、何度も念を押したんだよ」

「陛下にですか」

「そう、ノア君に」


 ノアは当初よりやる気に満ち溢れており、きちんと釘を刺さねば暴走してしまいそうだった。ノアは国王陛下である。金と権力を持て余した暴走など、クロエだって不安を覚える。


 興味深そうに眺めながら「いや、そのせいですな。何度も念押しをされ、よほど楽しみにしていると思われたのでしょう。陛下には珍しいことに、計画の変更、差し替えの連続で、その度に大掛かりになり、当初想定のおよそ十二倍の規模に達したのですが…いやはや、ご婦人の期待に応えようと空回りしたわけか。若いですなあ」


 意趣返しの向きも感じたが、取り合う気にはなれなかった。ノアの好意は明らかな上、自分が原因だと名指しされれば、反抗するのも馬鹿馬鹿しい。『当日の流れ』とやらを聞き流しつつ、さっさとローレンスを追い出そうと決めた。

 だがその前に、好奇心は満たさねばなるまい。


「その指輪、魔道具だよね」

「おや、お目が高い。その通りです」

「この国にきて初めて見たから、気になっちゃって」


 魔道具は、魔力を扱うことができない人間でも、魔術に類似した現象を引き起こすことができる装置だ。大きな力が使えるわけではない。反面、魔術師には制御し難い、小さな事象の発現に優れている。たとえば、コップ一杯の水を出したり、火打石代わりに火花を出したり――だが、費用対効果を考えれば、この手の用途に実用性はない。


 まともに使用に耐える魔道具は、それほど多くはない。代表的なものは、先日ノアを襲った弓――魔力を矢として飛ばす魔道具。そして、目の前の指輪――光を灯し、蝋燭代わりに使うことができる魔道具。耐用期間も長く、手元に置いて損のない品、ではある。


「…それ、全く機能してないけど、わざとなの?」

「おや、やはりそうですか」手をかざして、眉を曇らせる。「新しい物好きでしてね。目新しさから買い入れたのですが、どうも魔術はからきしのようですな」

「からきしな人の為にあるのが魔道具だけどね」

「まあ何事も突き抜ければ才能ですかな」


 ローレンスは声をあげて笑うが、クロエに賛意は得られなかった。取り繕う気すら見られない。だとすれば、これ以上の長居は控えた方が良い。老紳士は如才なく別れの辞を述べ、また会いましょうと帰っていった。


 クロエはソファに寝転がる。「宰相様じきじきにやる仕事じゃないでしょう…」

 傍観を決め込んでいたポーが現れ、茶菓子に手を伸ばした。「お前のことを偵察に来たんじゃないか。国王を骨抜きにし、意のままにする悪女は、一体どんなやつかってな」


 思い切り机を叩くが、ポーは鼻で笑うだけだ。


「ここ、本当に変な国だね。ニコ君は魔術師に会ったことがないらしいけど、私の交友範囲だけでぶっ飛んだ使い手が二人もいる。…それで、今度は異様に適性のない人物が一名」

「そうとは限らんだろう」

「え?」

「そこらへんの人間を手当たり次第に調べたら、ごろごろ出てくるかもしれないぞ」

「ああなるほど。本当に両極端なのかもしれないね」ふと思い出す。「そういえば、弓の魔道具でノア君を狙ってた人がいたね。あれも、まあまあ異常な連射速度だったかも」


 標準に対する感性が鈍いのが、クロエの欠点である。


「それにしても、随分まともそうな宰相だな。この国には頭のおかしいやつしかいないんだと思ってたぞ」

「分かんないよ。とんでもない性癖を隠し持ってるかもしれないよ。だってロリさんだし」

「気の毒な…いや、にしても油断ならない奴なのは確かだな。出会い頭に『そう警戒されると』だぞ。初対面でお前の顔色読むやつなんざそういねえだろう」

「え、どうしよう。本当にロリさんなのかもよ。こわ…」


 気味悪そうに扉を眺めているところへの、絶妙な間でのノック。不信と嫌悪が深まる中、遠慮がちに顔を覗かせたのは――ノアだった。


「クロエさん、よろしければお茶でも」と言ったところで、相手の顔つきに気が付き、悲鳴を飲んだ。音もなく土下座をする。静かに閉じる扉が、その姿を隠していく。


「…まあ、この頃は随分と表情豊かなのも、たしかだけどな」


 ポーのつぶやきには、心からの憐れみがこもっていた。




「ローレンスが来たと聞いたもので…。何かご面倒をかけはしなかったかと心配で…」

「ほら、聞いた? ロリさんはやっぱりダメな人なんじゃないの?」

「思い込みで人を貶めるなんざ、それこそダメな人間だぞ。おいダ王、一体何が心配だったんだ?」

 ノアはきょとんと首を傾げ、さも当然の様子で「それはもちろん、クロエさんの身の安全ですよ」

「黒だよポー!」

「…かもな」


 給仕スタイルでやってきた国王陛下は、まめまめしく世話をやきながら思案顔をする。完全に餌付けされたクロエは、ノア特性ブレンドを飲んでご満悦だ。


「ところで、クロエさんはお強いんですか?」

「漠然とした質問だね。まあ強いと思うよ」

「どれくらい?」

「そうだね…」と思案する。「この国くらいなら簡単に落とせるかも?」

「そうですか」

「…うん」


 ――妙な間が落ちた。


 予期した悲鳴はない。精霊讃歌もない。来ると確信していただけに、なんだか居たたまれない気持ちになる。

 こっそり見やると…綻ぶようにして微笑んでいた。心なしか身ごなしも軽く、まとう空気まで機嫌よく華やいでいる。そうしていると、珍しく王様に見えなくもなかった。少なくとも、頼りないとは感じなかった。だが――。


「この流れでどうしてその反応なの…?」

「…俺にきくな」

「どうして?」


 警戒しつつ、本人に聞いてみる。

 ノアは柔らかな微笑みを浮かべる。


「どうして、ですか? だって、それだけお強いなら、クロエさんの身の安全は確実でしょう? それは素晴らしいことです」

「そんなにやばいのロリさんって!」さすがに戦慄を隠せない。「ノア君、なんでそんな人を宰相にしてるの!?」

「ローレンス? 仕事ができますからね。祖父の代から仕えていて、経験も豊富です。国内で彼と同程度の人材を見つけることは…正直いって不可能ですね」

「探してだめなら育てなよ。変態に権力を持たせるのは危険だよ!」

「変態、ですか」不思議そうに瞬く。「アランも同じように言うんです。彼に聞いたんですか?」

「本物じゃん! 人材育成計画まったなしだよ!」

「それはもちろん、大切なことですね」

「悠長がすぎる!」思わず声が大きくなる。「ノア君、未来への投資って言葉を知らないの?」


 鼻先にクッキーを突きつける。ノアは驚いたように見返した。

 心臓が、鈍く震えた。

 クロエは息を詰まらせ、訝しく視線を受ける。ノアの顔は、全く無防備で、まっさらだった。いつも通りの間抜けな顔に、似てはいる。しかし、それよりももっと衒いがなく、こざっぱりして――。


 ――これは、何だろう?


 痛々しいほど無垢でありつつ、疑いようもなく成熟している。

 危うい存在だ。触れられないほど美しく、それでいて、手を差し伸べなければ壊れてしまう存在だ。


 クロエには、どうしたら良いのかわからなかった。だから、混乱して、クッキーを投げつけた。


「あう」と悲鳴をあげ涙を浮かべるのは、いつも通りのノアだ。「僕、何かしましたか…?」


 心底ほっとしてポーを抱く。


「なんでもないよ」


 そう。深入りしなければ、なんでもない話だ。


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