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クロエ・モーリアの非日常  作者: 千川葵
第一部:第3章(グーサノイド城下)
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15.答え合わせ


「ソレで、地下に氷室を作ちゃっタの…?」

「そう。ノア君が『これがあればお野菜が長持ちしますね』って言いだしてさ。さっき氷の矢を打ち込んできた」

「どれクラい保つの?」

「さあ。さすがにやったことがないからね。しばらく様子見だよ」


 一通り笑い倒したアランが、右手のペンをぽいと放りだす。なかなか帰ってこないノアに代わって、アランが倍も働かされていたのだ。疲れているのか、いつにも増して笑い上戸で、いちいち余韻を引きずっている。今しも、改めて肩を震わせ、ばしばしと机を叩いていた。


「いやそレにしても傑作!」

「当たり前みたいに暗殺者を迎えてたけど、ここってそんなに物騒な国なの?」

「そんなワケないじゃん。ノア君が変なだけだよ」

「やっぱりノア君って変なんだ」

「あ、気づいちゃっテた?」

「それはまあ、あんなにお手軽に治癒魔術を使ってるし? 人間じゃないよ」

 

 この国の人間は、それがいかに異常なことなのか理解できないようだ。クロエは不満でもどかしい。平然と治療を見守るアンナや他の職員たちを見ると、どうしてもむっとしてしまう。あれほど貴重な技術を、際限なく、惜しみなく与えられながら、当然の顔で享受するとは。

 それで、思い出す。


「なのに、普通の魔術が使えないってどういうこと?」

「ノア君に聞いテみれば?」

「『すいません』と『できないんです』しか言わないんじゃ会話にならないよ。だから聞いてるんじゃん。アラン君は知ってるの?」

「知らないよ。ボクも魔術は門外漢だし」

「それにしては立派な魔術を使うじゃん。誰に教えてもらったの?」

「ノア君」


 二人は真顔で見つめあった。クロエが舌打ちする。アランは腹を抱え、実に楽しそうだ。それがまた業腹で、不貞腐れて地面を蹴った。強い感情を抱くことは珍しく、自分の苛立ちを持て余した。


「…もしかして、あれなの? 閉鎖社会にありがちだと伝え聞く、余所者排斥ってやつ?」

「まさか! むしろ受け入れタイんだよ。どちらかというと、暴かれたいお年頃っテやつだね」

「…似たようなこと、アンナにも言われたよ」

「そレはそれは」

「その割にみんな、隠し事をしすぎだと思う」

「それハ違うよ」アランはきっぱりと首を振った。「ボクたちが話さナイのは、権利がないかラだよ。君にだっテ秘密の一つや二つはあるでしょう? 偶然それを知っタからって、ボクは人に話したりしないよ。…コレは信義の問題だよ。隠したいかラじゃない」


 不機嫌が尾を引きつつも、不承不承でうなずく。

 子どもっぽい自分の態度が滑稽に思えるほど、アランの顔付は真摯だった。だが、とっさに態度を変えることはできず、まごついて、目をそむけることになる。


「…知りたいなら、ノア君の口を割らせろって話?」

「いいねエ! 是非トモそうしてほしいんだ。ボクはこう見えて、ノア君のことが大好きなんだよ。どうにか幸せにしてやりたいって思ってるンだ」


 アランは笑みを深める。


「そのタメに、君がここに来るのを手伝ったンだから」


 少しだけ、間が開いた。


「お爺さま…マティアス・モーリアの手伝いだね?」

「そう」興味深そうにクロエの瞳を覗く。「…そのコトについて、君は一度も聞かなかったね。どうしテ?」

「聞く必要がないから。お爺さまの差し金なのは聞くまでもないし、それ以上に知るべきこともない」


 クロエは馬鹿馬鹿しさに鼻を鳴らした。

 聖サティリス王国で、マティアスに最後に会った時のことを思い出す。


「お爺さまに、グーサノイドに行った理由を聞いたの。そうしたこう言ってた。今はまだ話せない。それは私の為で、あとで絶対に楽しませてやるって…。お爺さまは嘘をつかない。で、実際に今、私は楽しんでる。これがすべて」

「なにソレ。圧倒的信頼感」

「お爺さまだからね」


 アランは不必要に人の悪そうな微笑を浮かべ、うんうんとうなずいている。


「興味ナイだろうけど、せっかくだし、ボクの話も聞いテよ」

「うん。聞いてあげよう」


 執務机から離れ、クロエの正面に収まり、ゆったりと足を組む。いびつであり、高貴だった。ふと、この人は、お爺さまの前でもこうしていたのだろうなと考える。実際、彼の目は、マティアスの姿を追っているようだ。そこには疑いと警戒がちらつき、クロエを憮然とさせる。


「まず、君を連れてきタのは、モーリア卿の差し金で間違いないよ。理由は知ラないけど、君をここに連れテきたかったみたい」深く息をつく。

「ただ、そモそもの目的とは別口だろうね。本題はノア君と話しテた。だから、実際のところ何をしニきたのか、ボクは知らないんだ。――城にはひと月近く滞在しタよ。途中で長く出ていたけどね。何度か、二人で話した。最初の時に、何を言われタと思う?」クロエの顔を見て、くくっと笑う。「とにかくデカい精霊石を用意しろ、っテさ。ついでに、腕が良くて仕事の早い職人を見繕えって」


 きょとんとして瞬いた。さすがに予想外だった。

 その様子を、アランは満足気に眺めている。


「あのティアラ、アラン君が用意したの?」

「正確に言えバ、君のお爺さんが、だよ」


 それにしても、疑問が次々に転嫁されていくだけだ。――アランはあの精霊石を、どこで手に入れたのか。わざわざ頼んだというのなら、彼には当てがあると、マティアスは知っていたのだ。だが、そうだとしても、簡単なことではないはずだ。


「…そこまでして手を貸す目的って、なんなの?」


 警戒するクロエだが、アランの願いは、実に他愛のないことだった。


「さっきから言ってるデしょう。ボクの目的はノア君の幸せ。ノア君に話し相手ができルこと。まさしく、君が言っタ通り、『ノア君の口を割らせろ』だよ」

「それで、私…?」理解不能で、天を仰いだ。「そんなことは自分でやりなよ」

「ボクじゃダメなんだ。ボクは…ボクたちは、ノア君の庇護対象ダからね。でも君なら、ノア君も怯えなくテ済む」

「怯える?」

「そう。殺してしまわないカって」


 アランは笑っていなかった。紫色の瞳が艶を増し、光を帯びているような錯覚をした。

 クロエはじっと考え込み…ぽつりとつぶやく。


「アラン君って、あんまり冗談は言わないよね」

「それは褒めてルの? 面白みがナイって貶してる?」

 ふんと鼻を鳴らす。「さあ。まあ、いいよ。――ところで、アラン君は、お爺さまが関わってることを隠してるつもりだったの?」


 急な話題の転換に、一寸、間の抜けた顔を晒した。そうしていると、どことなくノアと通づるものがある。興味深く観察していると、首を傾げて無意識をたどり始めた。


「イヤ、特にどういうつもりモなかったよ。言われたようニしただけだし? でも、悪いことするトさ、隠さないといケない気分になるし、被害者は無知で無力なものって気がしてクルのかもね。まあ君は無力とはほど遠かったけど」


 思った通りに、率直に、話しているらしい。

 クロエは少しばかり身を引き、眉をひそめた。


「なんか…アラン君ってまともだね。実はノア君よりまともなんじゃないの?」

「ボクはいつだっテまともでしょ?」


 クロエは返事を差し控えた。

 ごほんと咳払いをして、話を戻す。


「…私からすれば、何もかもが明白すぎて笑えるくらいだったよ。そもそも、お爺さまの見送りで警備が手薄になるタイミングでの侵入者って。…私が見送りに行かないのはいつもだけど、王女様の相手をするように誘導されたかな。覚えてないけど、あり得るよ」

「ねえ、冷静に聞いてみると、キミのお祖父さんっテ反逆罪すれすれじゃない…?」

「大丈夫。サティリスの兵士にお爺さまは捕まえられないから」

「そういう問題なノ…?」

「そう思っときなよ。そうしないと、共犯という事実が恐ろしい重みを持つことに…」

「タしかに」


 アランは実に物分かりが良かった。クロエは話を続ける。


「極め付きはアラン君の魔術だね。転移魔術、使ったでしょう。あれ、うちの家以外に使ってるところないからね。しかも、見えた魔法陣は、お爺さまが使ってるものだった」クロエはおどけて見せる。「多人数での転移で厄介なのは、転移先にも術式を刻む必要があるってことだけれど…どんな偶然でしょう。お爺さまはつい最近、グーサノイドを訪れているのでした」

「…確かめルまでもないって気持ち、わかってきたよ」


 アランにも事の馬鹿馬鹿しさが見えて来たのか、こめかみを押さえてソファに沈んだ。

 馬鹿馬鹿しい割に、登場人物は一流で、事態はかなり重大だ。


「あのティアラ…というか、精霊石。転移魔術の補助として使ったんでしょう? もし私が身に付けてなかったら、どうする気だったの?」

「第一に、アレはボクを城内に入れる目印? みたいな役割があっタらしい。第二に、確かに転移魔術の補助に使った。――モーリア卿に言われタのは、ティアラをしている女性は確実にイルってこと。金髪の背の高い美女か、狐を連レた小柄な子だって。狐の子がティアラをしテたなら、そのまま魔法陣を起動させる。もししていなくても、無理やり巻き込んで発動さセろって」

 思わず顔を顰めた。「…そりゃあね。転移魔術を途中破棄なんてしたら、何が起こるかわからないし…もしそんな事態になったら、私もポーも全力で手を貸しただろうけどさ」

「ボク、そんな話聞かされテないんだけど…」

「それで、私がいなかったらどうしてたの?」

「その場合は、次回をお楽しミに、だね」

「…最初から、私がレベッカ王女じゃないって分かってたんだ」

「そう。なのに、それらしい恰好で、部屋に肖像画まで置いてあるんだからビックリしたよ」

「…それで笑ってたんだね」

「だってオカシイじゃん!」


 機嫌を損ねたクロエを、にやにやしたまま慰める。逆効果だが、意図した効果だ。趣味の悪いお遊びである。

 突然、深いため息をついた。


「…成功したカラ良かったけどさ。ここまでお膳立てするなら、最初から王女様の部屋に飛ばしてくレれば良かったのに。…かなリ遠い地点に出てさ。ホントに焦ったんだからね」

「ああ、あそこはかなり頑丈な対魔術結界が張られてるから。なんとかできる範囲のズレで済むって、十分おかしいくらいだよ。男子禁制だから、護衛の騎士以外は中に入れないし」

「…ナルホド。モーリア卿にしても、細工が難しかったわけか。地図くれたカラなんとかなったけどさ…」


 二人はしばし押し黙った。耐性の強いクロエが先に復活し、目の背けようのない事実を指摘する。「それはもう、ちゃんと反逆罪だね」


 アランは虚ろな声で笑った。



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