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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
2章 辺境の伏竜

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2-2

「そのような莫迦な話があるものか! わしは絶対に認めんからな!」

ヴァスガルトが侍女の案内で謁見の間に連れて来られた丁度その時。先の門衛に負けず劣らずの激しい剣幕でそのように言い放ったのは、ダロウェの領主、ブレデン=ジュナその人だった。

その様子は、玉座から身を乗り出し、今にも彼に掴みかからんとするばかりの勢いである。

あまりに急のことであったから、謁見の間には近習の者しか集まってはいなかったが、ともかく、彼の前には到着するやいなやのヴァスガルトと、今はその傍らに立つメルエーヴェの姿があった。

「認めないって仰ったって、約束は約束だもの。約束を違えることが道義に背くことだと教えて下さったのはお父さまでしょう?」

ブレデンを怒らせた実の娘メルエーヴェは、しかしまるで悪びれる風もない。しかし、まさかヴァスガルトが竜殺しを果たして自分を迎えに来るとは思ってもいなかったから、彼との口約束のことを父王に話したのはつい先ほどのことであった。

貴族だろうが農民だろうが女性の権利などないに等しい時代のこと、分を弁えぬ彼女の身勝手な物言いに対してのブレデンの怒りは並ならぬものであった。

「竜殺しと言ったところで、こやつが一人でそれを成し遂げた訳でもあるまい。たかが一介の傭兵と行きずりに交わした口約束など守る価値もないわ! ……メルエーヴェ、いいからこちらへ戻りなさい。そのような薄汚れた者の側になどいるものではない」

英雄当人を前にしてこれほどまでの言いようというのは、愛ゆえの父親の盲目のせいだろう。少々溺愛し過ぎの向きもあるが、まあ微笑ましいことだとヴァスガルトは笑ってこれを聞き流した。

が、怒り心頭に達したブレデンにはそれが嘲笑に映ったらしく、うぬぬ、と彼は更に憎々しげに睨んできた。

「彼が傭兵だからといって約束を反故にしろと? それでは、お父さまは私に嘘つきになれと仰られるのですか?」

「そうではない!……しかしな、お前にはもう許婚がおるではないか。お前こそ約束を蔑ろにする気か? この父を国中の笑いものにする気なのか?」

愛情の深さゆえか、劣勢に置かれたのは父親ブレデンのようだった。先ほどから話の流れについていけず、ひたすら聞くだけに留まっていたヴァスガルトだったが、許婚、という言葉にようやく彼にも話の輪郭が朧に見え始めてきた。

「許婚など、私がいつ認めました? そのようなこと、お父さまが勝手に決めてきただけのことではなくて? 私がお父さまの気持ちを蔑ろにするのは、お父さまが私の気持ちを蔑ろにしたことの報いだとお思い下さいな」

懸命に取り縋り説得しようとする父を、しかしメルエーヴェは冷然とはねつける。さすがにこれ以上は親子の関係にひびが入るだけだろうと察して、ようやくヴァスガルトは彼女の前に歩み出る。

「えーと、ちょっといいかな?」

「何だ?」

「何よ、せっかくいいところなのに」

唐突なヴァスガルトの横槍に、すかさず揃って言葉を返す辺りはさすがに親子である。不服げなメルエーヴェの、せっかく、という呟きが何を指すのかは興味がなくもないが、それには触れず、話を進める。

「何か大きな話の食い違いがあるようなんで、早めに誤解を解いておこうと思っただけだ――俺は別に嫁取りに来た訳じゃないんでな」

「は?」

「俺はあんたが王にしてくれるって言ったからここに来た訳であってだな。許婚がいるんだろ?それを横取りしに来た訳じゃないっての」

これには、父子ともども意表を突かれたようで、ぽかん、と口を開けて阿呆のような顔でヴァスガルトの表情を窺い見るようにしてしまった。

やがてブレデンは安心もあってか盛大に笑い出したが、逆に今度はメルエーヴェの方が激昂し怒りの形相で彼に詰め寄ってきた。

「だ・か・ら! 私と結婚すればあなたは王さまになれるの。王族の成員。分かる?」

「いや、そりゃ分かるけどよ。それはダロウェの王さまってことだろ? こんなちっぽけな城、貰ったって嬉しかねえよ。俺が欲しいのはレスレンティオ王国全土なんだから」

今にも掴みかからんばかりに諭してくるメルエーヴェの勢いを、しかしヴァスガルトはするりとかわしてみせた。そうして、躊躇なく大言を吐いてのける。

これを聞いてさらに大きな声で笑ったのはブレデンである。その表情に、いつの間にか嘲りの色が混じっている。

「レスレンティオ王国全土、とは大きく出たものだ。野望は大きく持てと言うがな、しかし過ぎた大望は己が身を滅ぼすことになるぞ? 反逆の罪で牢に投げ込まれたいか?」

ブレデンにしてみれば、さっさとこの無礼者は追い払ってやりたいところだろう。脅しが効いて帰ればよし、帰らずとも彼にことを穏便に済ませる義理はないのだから、その時には脅しでなく牢にぶち込んでやればいいだけのことだった。

が、このブレデンの物言いに、ヴァスガルトはがらりと目の色を変えた。

「反逆だと? 面白い、やれるもんならやってみろよ。国が乱れ民衆が嘆いていても何をしてやるでもない無能に何が出来る。お前も他の領主も同じだ。誰も王の資格なんか持っちゃいない」

王への尊崇のかけらもないこのあからさまな侮辱に、とうとうブレデンは激昂で顔を真っ赤に染め、勢い立ち上がるなり兵たちに彼を取り押さえるよう命じた。傍らにいたメルエーヴェは力ずくで引き離され、そうして、衛兵たちの槍がぐるりとヴァスガルトを取り囲む。

「さあどうする、これでもまだ偉そうなことを言えるのか? 言えるものなら聞いてやらんこともないぞ? 言えるものならな」

圧倒的優位に立って、ブレデンは壇上から彼を見下ろすようにした。何か言おうものなら衛兵たちが一斉に襲いかかる。絨毯を血で染めるのは好ましくないが、この際、妄想に囚われた薄汚い傭兵を抹殺するのも世の為であると彼には思われた。

が、このような状況でも、ヴァスガルトは眉一つ動かすことはなかった。これを危機とも感じていない――ブレデンは気付くべきであった。自身が取り押さえよと命じたにも関わらず、衛兵たちが彼を取り囲むまでに留まった理由というものに。

「ああ、言ってやるよ。俺がこのダロウェに着くまでに何を見たか分かるか? 街の外に溢れた夥しい数の難民たち。我が子が飢えても何も与えられず、物を乞う他に生きる術を見付けられず、挙句野垂れ死んだところで誰に省みられることもなく骸を晒している始末だ。お前はあの様を見て何も思わないのか?」

「そのようなこと、傭兵風情が考えることではない。貴様などは日も差さぬ地下牢で己の愚かさを悔いていればよいのだ!」

それから彼は、兵たちに彼を連行するように命じた。娘の婚儀成った折にでも、気分がよければ恩赦を与えてやらないでもない――たっぷりそう考えるだけの時間が経って、ブレデンはようやく目の前の事態がなんら進展していないのに気付いた。

「どうした? 目障りだ、早うせい」

しかし、それでも衛兵たちは動かなかった――いや、動けなかった、というべきか。本能的な恐怖が、彼らを縛り付けている。目の前の男は危険だ、と各々の頭の中で警鐘がけたたましく打ち鳴らされていたのだ。

ヴァスガルトが一歩前に出ると、囲みがわっと広がる――が、しかし衛兵たちが逃げるより先に、彼は彼に向けられた槍の一本を右手で無造作に掴み取っていた。

若く体格に秀でたその衛兵は、先の門衛のように易々と槍を取られはしなかったが、今回はそれが災いした。ヴァスガルトがそのまま槍を横薙ぎにすると、それは槍持ちごと振られてぐるりと衛兵たちを薙ぎ倒していったのである。片手一本でそれをやってのけるというのは、尋常な膂力でのことではない。当人もやってから

それに気付いたか、ふとその手を覗き込むようにした。

薙ぎ倒された方の衛兵たちは、倒されたというだけで傷を負った訳ではなかったが、しかしそれで戦意は粉々に打ち砕かれてしまっていた。運良く難を逃れた兵たちも、恐れてか槍先が下を向いてしまっている。

「地下牢は趣味じゃないな、もっといい部屋はないのか?」

別段凄みを利かせた訳でもなかったが、しかしそれを聞くとブレデンはひっと唸って玉座から滑り落ちそうになってしまった。恐慌をきたしたか、これではまともな話は出来そうにない。

「いいわ、私が用意してあげる」

代わりに名乗りを上げたのはメルエーヴェで、彼女はもはや飾りにもならない衛兵たちの間をすり抜けると再びヴァスガルトの傍らに立った。

「竜殺しの英雄さまですもの、丁重におもてなしをしなければ当家の恥ともなりますものね。お父さま、よろしいかしら?」

そう言ってメルエーヴェが振り仰ぐと、ブレデンは玉座に凭れながらもふるふると首を横に振っていた。抗議の意図のようだが、すっかり腰が抜けてしまって声も出ないものらしい。

「ええ、分かりましたわ。ではそのように」

お伺いなど元から形ばかりのものだったのだろう、メルエーヴェはにっこりと笑って父王に言葉を向けた。

「ところでヴァスガルト、内緒のお話があるのだけれど、耳を貸して下さらない?」

向き直って、今度は傍らの彼に言う。唐突な申し出であったが、素直に従ってヴァスガルトは膝を折り、彼女の方に耳を向けた。

そうしてメルエーヴェは指先で彼の耳を摘むと、愛らしい唇を寄せて囁いた。

「さっきは…………わね?」

「へ?」

その囁きが余りにか細かった為に、思わずヴァスガルトは聞き耳を立てていた。

と、それを狙い澄まし――

「よくも恥をかかせてくれたわね、って言ったのよ! この朴・念・仁!」

耳元に口を寄せたまま、甲高い声で噛み付くように吼える。そればかりか、メルエーヴェは更に彼の耳を強く捻り上げてしまった。

「――あだだだだだ!?」

何が起こったものかも分からぬまま、為す術もなく耳を捻られるヴァスガルト。それを見るに後が怖くなったものだろう、父王も衛兵たちも、とうとうその場で後ろを向いて尻を向け、皆一様に頭を抱える始末であった。

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