2-1
災厄以後、大陸最大の脅威が除かれたという事実は、すぐにレイゼルクへと報じられ、そして瞬く間に周辺の街に村に伝えられた。
暴竜クルヴォレク討伐戦において正義に殉じた者はおよそ三百、その大半は傭兵隊であった。
犠牲者は決して少なくない――が、しかしそれによって得たものは計り知れない。
今はもう跡形もないゾミウ山跡から戻り、竜殺しの英雄を迎えるべくレイゼルクの城門前に集まった人々の喜びようを見て、ヴァスガルトは改めてそのことを思い知らされた。
聖都レイゼルクに辿り着くと、迎えた教主フェイトンから正式に竜殺しの称号を賜ることとなり、続けてまた公に向けての彼の厳粛な説教があった。
が、とても待ちきれるものではなかったのだろう。それが終わるか否かといううちに、祝勝の宴は盛大に執り行われる運びとなった。
宴は収穫祭、降臨祭に劣らぬ規模のものとなり、また竜の首と竜殺しの英雄とを一目見ようと日毎に人が増えていったので、祝いの中心とされたヴァスガルトは三日三晩眠ることも許されず、ひたすら勧められるままに酒を呷っていた。それでも全く潰れない辺りは、さすがに英雄の大器といってよかっただろう。
そのように、大教団のお膝元とは思えぬ乱痴気騒ぎ――実際のところ教主は早々に自室に引き上げてしまい、多くの場面で接待役を勤めていたのはサルディエだった――が繰り広げられ、その喧騒に紛れてか、誰もそこからフォルティス、ティレイという陰の功労者が姿を消したことに気付く者はなかった。また、気付いてもヴァスガルトは二人を敢えて探そうとはしなかったようである。
そうしてたっぷり七日ほど宴が続き、皆宴に倦んでようやく幕が引けると、それからやっと正式に懸賞金の分配というような話も行われるようになった。
フォルティス、ティレイの二名が姿を消したことでヴァスガルトは功を独占する形となり、懸賞金の半分を得て、後の残りを生き残った傭兵や工夫らで分配することとなった。が、皆を驚かせたのは、彼がその莫大な報酬を受け取る権利を放棄したことであった。
確かにこの支出が都市としてのレイゼルクの経済を圧迫し、結果、教団を頼ってきた難民に困窮を強いることは事実である。が、そうだとしても全く惜しげもなく、彼はいともあっさりとこれを教団に寄贈すると言い放ったのであった。
英雄はやはり常人の想像を越える、と様々に皆を驚かせて、そのままヴァスガルトはレイゼルクを後にした。
それから次に彼が姿を現したのはダルケオ山脈の外、ダロウェの城門前のことであった。
「だーかーらー、王女さんに取り次いでくれって言ってるだけじゃねえか」
「取り次げ、と言ってはいそうですかと軽々しく取り次げる訳がないだろうが! 知遇があるというなら、紹介状なり何なり、身の証の立つ物の一つでも持っているはずであろう?」
「んなもんあるかよ、会えば分かるんだって何度言やあ分かるんだよ。ヴァスガルトが来た、って王女さんに伝えてくれってば」
毎度のことというか、ヴァスガルトはここでも門衛と押し問答を繰り広げていた。
たかだか辺境の小貴族の城であるから大造りのものではない。中央の騒乱から遠く離れ、一度の戦争も経験していない城は、いかにもとりあえずといった佇まいで、どこか緊張感に欠けている印象である。それでも頑丈そうな門は固く閉ざされ、年老いた小柄な門衛が一人立ちはだかって彼の行く手を遮っている。
ヴァスガルトにしてみれば、彼はかつてこのダロウェの領主ブレデン=ジュナの娘メルエーヴェ――正直なところ、その名前すら彼は忘れてしまっていたのだが――と交わした口約束を頼りにここを訪れたというだけのことであって、それを証明するものなど何も持っていない。竜殺しにしても、フェイトンから称号を賜りはしたものの、その証となるような何かを得た訳ではなかった――酷い話、竜殺しが果たされるとは誰も予想していなかった為、そのような物を用意することはすっかり失念されていたのである――から、クルヴォレク討伐せりとの報が届いたとて、その英雄が自分であることなど証明のしようがない。
更に元々田舎育ちの上に世事は殆どフォルティスに任せきっていたので、このような場の倣いなどヴァスガルトは全く知るはずがなかった。そのような理由から、この押し問答が不毛なまま異様に長引いてしまっていたのである。
「ええい喧しい、さっさと帰らないと牢にぶちこんでやるぞ。とっとと帰らんかい!」
不毛な掛け合いがどれほど続いたものか、とうとう堪忍袋の緒が切れたようで、門衛はびしっと指を突きつけ剣幕荒く叫んできた。
「ああもう、話の通じねえじじいだな!」
辛抱堪らずそう毒づきつつも、門衛の気勢に圧されてヴァスガルトは一歩後に退いた。
変に手を出して怪我をさせれば後々面倒であるし、それ以前に後味が悪いだろうから、荒事に及ぶ訳にもいかない。この状況は喋りの達者でない彼にとっては、ことによると竜退治よりも困難であるようにも思われた。
「何を言うか貴様、誰がじじいだと!?」
だというのに、迂闊に口走らせたヴァスガルトの無礼な物言いは門衛を激昂させ、余計に事態を混乱させたようだった。
と――
くすくすくす、と誰かが笑うのを、ヴァスガルトは耳聡く捉えていた。怒り心頭に達して門衛が向けてきた槍を片手で無造作に取り上げてしまって、彼はその声の出所を探った。
左右を見回しても誰の姿もなかったが、はたと上を見上げると、遥か門の上からこちらを見下ろしてくる視線がそこにはあった。
「あら、見付かっちゃった?」
そこにいたのは、身なりよく着飾った若い女性だった。日の光を受けて輝く明るい金の髪、小さな顔、表情豊かな目――ヴァスガルトは彼女がかつて約束を交わした少女であったことを悟っていた。だが、悲しいかなどうしても名前が浮かんでこない。
声を掛けようとして、何を言ったものか迷って指差し固まっていると、そのヴァスガルトを押し退けて前に出てきたのは門衛だった。
「メルエーヴェさま、そこは危のうございます! どうぞお部屋へお戻りくださいませ」
背後でほうと手を打っている者がいることになど微塵も気付かず、門衛はあたふたと慌てて彼女に呼びかける。が、メルエーヴェは彼の言葉を聞き入れるどころか、その様子を見てからからと笑い出す始末だった。それを見る限り、一時聖都レイゼルクに預けられたといって、性格が矯正された様子は微塵も見られない。
「変わってないな、メルエーヴェ。三年前のまんまじゃないか」
目の前で喧しくする門衛を頭を押さえつけて黙らせ、ヴァスガルトは満面の笑顔で再会の喜びを伝えた。
「変わってない、ですって? 年頃の女性への気遣いを弁えていないあたりはあなたも相変わらずだこと。――でも、随分と出世したようね?」
一旦は大仰に拗ねたような表情を作ったものの、どれほども堪らず、メルエーヴェも彼に笑い返してしまっていた。それから彼女は、門衛に門を開けるように言い渡した。




