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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
1章 王たる資質

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1-5

窪地を覆い尽くし、更にその外に溢れ出しさえした土埃が次第に収まっていく中、凄まじい怒りを乗せた咆哮がその底から天に向けて立ち昇った。

目の当たりにされた光景の凄まじさから、最初のその一撃で暴竜を倒せたのではないか、と淡い期待を抱いた者も少なからずいただろう。が、咆哮はそのようなものは跡形もなく打ち砕いて山々に木霊した。

だが、それさえ人々の戦意を奪い去るに足るものではなかった――一陣の風に土埃が払われ、暴竜のその満身創痍の姿が露にされると、勝機を見出した人々の意思はむしろ高揚し、暴竜に向けて巨石巨木が礫打ちの如くに打ち込み始めたのだった。

背後から倒れこんできた山塊に半身を潰され、今や隻翼どころか両翼を失った暴竜が、もはや逃げようもなくそれを全身に浴びる。左の前足後足だけで巨躯を引きずるようにし、長い首を四方に巡らせて逃れようとするさまは見ていて憐れですらある。そうだといって、今更容赦加減し攻撃の手を緩める訳にはいかなかった。

たっぷり半年をかけた夥しい量の備蓄が消費し尽くされるまでには、半刻すらもかからなかっただろう――周囲を赤黒く硫黄臭い血溜りに変え、半ば木石に埋まるようにしてもなお暴竜は動くことを止めなかった。それどころか、死の一歩手前にありながらも火砲の如く吐き出された炎の息吹は、窪地の中央から稜線まで吹き上がって戦端の一角を崩してさえいた。

しかし、そして――

「行くぞ!!」

それまでずっと虎視眈々と行方を見守っていたヴァスガルトが気勢鋭く声を上げると同時、稜線を飛び越えて斜面を駆け下り始める。フォルティスがそれに続き、そしてまた、竜殺しの野望に溢れた二百からなる傭兵隊が、彼らに呼応して四方から散開しつつもそれぞれに暴竜を目指した。

ようやく現れた目に見える敵の姿に、再び暴竜が吼える。半身を潰され、折れた翼が歪に天を衝き、ところどころ鱗を剥がされまともに動くのは首から先という有様でありながら、この地上最強の獣は、なおも痛みも恐れも怒りで塗り潰して、魔眼の如くに人の矮小さを見下すようにしたのだ。

鎌首を巡らせて、東から南東にかけての斜面を炎の息で凪ぐ。心の深層から否応なく恐怖を喚起させる咆哮に身を固くした数十の兵たちが、岩をも溶かす灼熱の炎に巻かれて為す術もなく炭屑と変えられてしまう。

が、そこにヴァスガルトらはいない――彼らは前哨戦であった砲戦の合間に正面から側方へと

居場所を移し、更にすり鉢の腹を廻りこんで暴竜の背後へと回っていたのだ。さすがの暴竜とて

、背後に口を向けることは敵わなかった。が――

「うわっ!」

最大の脅威を察しているとでもいうのか、それまで岩と岩の間に埋もれていた尾を無理矢理に振り上げて、暴竜クルヴォレクはヴァスガルトらの行く手を阻んだ。

地を割るように振り上げられたそれに、足を刈り取られそうになったヴァスガルトがよろめく。その隙めがけ、背後に目があるかのように鋭く狙いを定めて天頂から尾が振り下ろされた――しかし間一髪、フォルティスが脇から彼の姿勢を支え、そのまま引き下がらせる。

ごずっ!――ヴァスガルトの鼻先一寸前を掠めて通った尾は、次には足元の大岩を粉々に打ち砕いていた。風圧だけでも堪え難い、魂に直接爪を立てられるような一撃。このようなもの僅かにでも掠めれば致命傷になりかねない。

「無事か!?」

「ああ――このっ!」

すぐさま体勢を整え、臆する素振りも見せずヴァスガルトが反撃を加える。よく見れば尾はやはり動かすことも奇跡に近かったようで、ところどころ肉が抉られ骨が剥き出しになり、今にも千切れそうなほどだった。

ヴァスガルトの一撃は骨には達しなかったにせよ、確実に鱗を裂いて肉を斬っていた。が、そのような状態でなお動いているものに傷を一つ与えたとて、どれほどの効果があるかは疑問に思えてしまう。

その間にも、功に逸る傭兵たちが彼らの脇を抜けて暴竜に迫る。だが、今度は横凪ぎに尾が一閃され、彼らはその一撃のみでヴァスガルトらの視界から消し飛ばされてしまっていた。

そうしながらもクルヴォレクは先の仕返しとばかりに間断なく炎の息を吐き、少なくとも首が巡り視界の及ぶ範囲に関しては群れ来る人間どもを一掃することに成功していた。

「やべっ、……後は俺たちだけかよ」

今更ながら、不安げにヴァスガルトが呟く。それは背後に続く最後の兵たちには動揺を与えたようだったが、しかし、長年相棒として行動を共にしてきたフォルティスだけは、それが下手な道化芝居であることを見抜いていた。

「困ったな……この大蛇みたいなのをどうにかしないと、クルヴォレクの首は獲れない、ってことか」

「そのようだ」

思案げな声で彼の後を続けるフォルティスに、ヴァスガルトがこれも神妙な声で応える――彼らが表情ばかり不敵に笑っていることなど、背後の者たちには窺い知ることは出来なかった。

今は尾はこちらを威嚇するようにゆっくりと左右に振られている。だが、間合いに入れば途端に襲い掛かってくるだろうことは容易に想像がつく。目がついている様子はないが、しかし何らかの方法でこちらの行動は察知できているようだった。

「このまま野垂れ死にするのを待つ、ってのも一つの手かもな」

「それで死んでくれるんなら、な。――よし、俺が囮になる。しっかり仕留めろよ?」

どうしたものかとヴァスガルトが軽口を叩くのを横目に、先行したのはフォルティスだった。

無造作に一歩、竜の尾の間合いに踏み込む――と、袈裟懸けに一閃するように尾が振り下ろされる。

しかし慌てず一歩後に退いて、フォルティスは難なくそれをかわしていた。その場に爪先で跡

をつけて、間合いを測る。

「……、よし」

そしてまた、フォルティスは一歩――先よりも大きく歩を進めた。袈裟懸けに振って外した

為か、今度は横凪に尾が振られてくる。

それも危なげなくフォルティスはかわしてみせた。と、大振りになって外に振られていく尾の先端を横目に、今度はヴァスガルトが剣を腰溜めに構えて飛び込んでいく。

地中から生えた尾の付け根を狙うが、しかし予想外に戻りが早かった為に、ヴァスガルトが剣

を突き立てられたのは尾の半ばほどのところとなった。骨に達する手応えがしたが、しかし彼が

更に踏み込むより先、クルヴォレクは尾を持ち上げて剣を振り落とそうとしてきた。

が、ヴァスガルトは剣を手放さず、尾は装備を固めた大の男一人を剣を支えに持ち上げさせられることとなった。そのまま右に左に振り回されても、しかしヴァスガルトは何とか剣を抜かれまいと持ち堪える。だが、しかし骨を断とうにもこれでは力の込めようもない。

と――クルヴォレクは尾を振るのをやめ、一際高くそれを振り上げた。高く高く天を衝くように掲げ上げられたヴァスガルトが息をつく間もなく、それは今度は勢いよく地面に叩き降ろされる。

「がっ!――」

岩塊の敷き詰められた地面に叩きつけられれば命はない。間一髪飛び込んだフォルティスに受け止められてヴァスガルトは命を救われたのだった。しかもそれどころか、彼はその叩きつける勢いを利用して、剣を貫き通してさえいた。

受け止めたフォルティスごと地表に組み伏せられながらも、しかしヴァスガルトはそのまま剣を捻った。ぼきり、と丸太をへし折るような鈍い音がして、それから二度三度の大きな痙攣の後で、ようやく尾は動きを止めた。

「ありがとな、フォルティス――生きてるか?」

尾を押し退け、起き上がりつつヴァスガルトは下敷きにしていたフォルティスに声をかけた。

「……ん、なんとかな」

鎧を着込み、柔軟に受身を取って勢いを殺したとはいえ、固い地表にしたたかに打ち付けられて無事でいるはずもない。が、それでもフォルティスは苦悶の表情は見せなかった。

命に別状はないとはいえ、しかしすぐ戦列に戻る余裕もないようである。ヴァスガルトは彼の無事だけ確認すると、後は後続の者たちに任せて先に進んだ。

骨を折られたところから先を無様に垂らして、尾は再び抵抗の素振りを見せていたが、もはやものの役には立ちそうにない。ちらりと一瞥だけすると、彼はもう一顧だにせずそのまま脇を通り過ぎた。

ゾミウ山の残骸やらなにやらが積みあがる上から、いつの間にか竜の胴体の上に移る。土埃に汚されていたが、しかしところどころに赤銅色の鱗が見えて、またあちこち抉られて肉が剥き出

しになっているのもすぐに分かる。しかし血を流しすぎた為か、もうそこから流れ出すものは何

もなかった。

不規則に、呼吸の為かヴァスガルトの足元で暴竜の胴体が上下していたが、それももう弱々しい。すでに死力を使い果たしているのだろう、そのさまは哀れという他ない。

「さて、人間さまの恐ろしさを充分思い知らせたところで、止めといくか」

横倒しになった胴体の中央、およそ心臓の上と目される辺りで、ヴァスガルトは立ち止まると剣を突き立てる構えを取った。

と。

『人間さまの恐ろしさ、か。確かにこのわしを倒して見せたのだ、大したものよ』

それが暴竜クルヴォレクの言葉と察するまでに、ヴァスガルトはたっぷりの時間を要した。鎌首を巡らせ、視線の端をヴァスガルトに向けるが、しかしそれは抵抗する様子ではない。

「どうした、今更命乞いでもする気か?」

この状況でもいささかも動じず、むしろ不遜なまでの態度で、ヴァスガルトが言う。と、それを聞いてクルヴォレくはすっと目を細めた。竜の表情など知りようもないが、しかし、嘲るような哀れむような、そのような表情に彼には感じられた。

『命乞いとな? これは面白いことを言う――このわしが仮初めの生に執着などするものかよ。

おお、人間とはどれほど憐れな存在であるのだろうな。数に頼み魔術に頼り、それでもわしのところに辿り着いたのはお前一人。おお、おお、なんと弱い生き物なのであろうか』

瀕死の態でありながら、しかし暴竜は饒舌にそう弁を披露してみせた。それを聞くのはヴァスガルト一人、後の者は近づくこともせずに成り行きを見守っているだけだった。

「無様な死にかけの大トカゲが、何を言いたい?」

元々気の長いほうではなかったから、持って回ったクルヴォレクの物言いに彼は嫌悪感を露にして応えた。それを聞いて、暴竜がくつくつと喉を鳴らす。

『人間は脆弱だ、ということよ。貴様はわしを倒して栄誉を得るのだろうが、しかし魔術には敵わぬ、大軍にも敵わぬ。人である限りはどうしようもあるまい?

憐れな人間よ、慈悲をくれてやろう。この竜の如き力を得たいとは思わんか? ならば我が心臓を裂き、我が血潮を浴び心臓を喰らうがよい。さすれば、貴様はただ一人の王にもなれようぞ』

甘言、ととるにも旨味が過ぎる話だった。この暴竜に思うさまの暴虐を許した力を、果たして人間の身で得られるものだろうか。フォルティスやティレイのような深慮も機知も持ち得ないヴァスガルトには、その話を推し量ることなど出来ようはずもない。

「貴様の心臓を喰らえと? 冗談じゃない、そんな得体の知れないものを喰らうほど俺は悪食じゃないんでな」

これまで人間を狩りの獲物としてしか見ていなかったこの暴竜が、今際の際に至って改心する訳もない。妙な話に乗って危機を呼び込むこともあるまい、と思い直してヴァスガルトは再び剣を構えた。

『得体の知れないものとな? 毒か薬か、決めるのはわしではない。それは貴様自身だ。

貴様が王の器でなければ、我が心臓は毒となって貴様を滅ぼすだろう。だが、もしも貴様に王の器があったならば、その時には我が力は貴様のものとなろう。

まあもっとも、貴様はすでに竜殺しの栄誉を得る身だ。この上に博打を打つ必要もない。それで満足するような小者であれば王の器などあるはずもなかろうて――さあ、見事わしに止めを刺したらば、どこへなりと失せるがよいわ』

それで言も尽きたか、クルヴォレクは首を地に降ろすともう何を言うこともなかった。

しばし考えた後、ヴァスガルトは今度こそクルヴォレクの心臓めがけて剣を振り下ろし。

そうして今、多くの人命を戯れに奪った暴竜は、一人の傭兵によって討ち取られたのであった。



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