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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
1章 王たる資質

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1-4


サルディエのとりなしでフォルティスらがナバニール教団の後援を得てから半年。それは長いような短いような時間だった。

フォルティスとティレイを中心として悪竜討伐の計画が綿々と練られ、またその計画に従って着々と準備が進められていく。

ゾミウ山の麓――暴竜クルヴォレクが狩場としている場所は、サルディエが檻と例えた通り、ぐるりと環状に稜線が巡っていて、巨大なすり鉢のような窪地となっている。稜線にはところどころに裂け目があって、ここから運悪く迷い込んだ者たちが暴竜の餌食となる訳だが、しかしそれは暴竜自身が通り抜けるにはあまりにも狭すぎるもののようだった。

それは即ち、いうまでもなく暴竜の行動範囲はあくまでもその窪地の中に限られる、ということである。ならばその外から狙い撃ちにすればよい、というのが計画の第一段階だった。固定砲台を設置して、標的の行動範囲外から攻撃する――無論、火薬も砲もない時代のことであるから、主としては投石器、弩を用いることになる。これの設置はフォルティスが指揮をとったが、当然、それらを作るのには大量の物資、ことに莫大な木石が必要となった。

教団側が特に力を入れたのがこの部分である――というより、サルディエはこれをレイゼルク周辺の開墾事業と組み合わせ、難民の殆どを、それこそ働ける者は女子供でさえ動員して行わせた。このことによって聖都周辺に未開墾の土地はなくなったといっていいだろう。効率重視の性急な指示の下での物資の切り出し、輸送にかかる作業の中、発生した幾つかの事故で少なからぬ人命が失われたが、このことまでサルディエが期待していたかどうかは定かでない。

それと並行して、暴竜の生態に関する下調べも行われた。ヴァスガルト率いる傭兵隊がこれにあたり、平常の様子、また獲物が迷い込んだ時の反応などを観察し、また隙を見て巣穴から鱗を盗み出したりして、有効な機、有効な攻撃というものを模索した。

結果、当時の武器の主流であった青銅器程度ではまるで歯が立たない、ということがすぐに明らかになった。フォルティスの持つ鉄剣だけが唯一竜の鱗の堅固さに対抗していたが、しかしこの時代、鉄器を扱えるのはまだ鉱床の亜人ドゥメラクのみであった。彼らに限らず亜人種と呼ばれる者たちは一様に人間嫌いで通っていた――人間の亜種などと称されれば当然のこととも思われる――のだが、ここは教主の責務としてフェイトンが交渉に当たり、今年聖都に集められた酒の半分を与えるという条件でダルケオ・ドゥメラク族の協力を取り付けることが出来た。

集められた傭兵はおよそ二百。その殆どに鉄製の武器が行き渡り、またこの地方では例を見ない緻密な軍事訓練が幾度となく繰り返された。その中心には、フォルティスから指南を受けたヴァスガルトがあり、最後には、彼の指揮で自在に軍が動けるようにまでなっていた。

また、フォルティスとの約束に従って、ティレイもそれらの行動とは全く別に独自の行動を取っていた。投石器や弩が次々と設置されるゾミウ山周縁を巡り歩き、魔術の仕掛けなのだろう、何やら物を置いたり紋様を描いたりしていた。時間が要る、と彼女は言った――半年という刻は、諸々の準備に費やした時間であるが、しかしそれ以前に、ティレイが要求した時間で

もあった。魔女がその知恵を絞って何をしていたのか、ということは明らかでない。暴竜の力の源を断つ、という端的な説明があっただけだ。

そうして、半年は瞬く間に過ぎていった。長かろうが短かろうが、もはやそれは過ぎた時間である。為し得る限りの備えは果たした。

そして、決戦の時は来たのだった。



鉛色の雲が空を覆っている。

時節は冬の入りという辺りだが、ダルケオ山脈はすっかり雪化粧を済ませていた――このゾミウ山周辺を除いては。

暴竜が蠢く窪地と、人間たちがせわしなく動き回ったその外周部だけは、雪は積もるそばから踏み汚されて、化粧どころではなかったのだった。

だが、今だけは竜も人も動いてはいない。ただ、空気はこの上なく緊張して、まるで皆を一様に押し潰しているかのようであった。

皆、開戦の狼煙が上げるのを待ち構えているのだ。窪地の中央に四肢を張り、生ける城砦の如く四方を威嚇してみせる暴竜さえも、それを心待ちにしているのかもしれなかった。

その緊張の中、ヴァスガルトとフォルティスは決戦部隊となる傭兵隊を後方に置いて、今は二人でいた。この時、ティレイは派手な仕掛けを起こすといって別行動を取っている。

「いやー、長かったなぁ」

「……、確かにな。後は結果を出すだけだ」

自身も強く感じている緊張を紛らわす為だろう、努めてのんきに言うヴァスガルトに、フォルティスが半眼で応える。

「結果――か。きっちり出さないとな」

「ああ、その通りだ。――なあ、一つ聞いてもいいか?」

「ん? どうしたよ、改まって」

「いや、な。前に言っただろ、俺が王になる、って。どうしてそう思った? 贅沢がしたくなった訳でもなかろうに」

「贅沢ねぇ……悪かねぇけどよ、そりゃ柄じゃないな。なんでって、そんなの、いきなり聞かれても困るっての」

そう言って、腕組み首捻って、いかにもという態で考え込む。この姿勢を取った時の彼の考えといえば、大概休むに似たりといったところではあるのだが、そうはいえども彼は彼なりに考えているようではある。それ故、フォルティスの柔和な眼差しに気付く様子もない。

「でもまぁそうだな、今のまんまって訳にもいかないだろ? このまま戦争が続いたら、ここは難民で溢れちまう。家も畑も足りなくなるし、したら俺たちの稼業だって、やっていけなくなっちまう。お前がちまちま施しをくれてやってるのは知ってるし自由だけどな、それだっていつまでも続くもんじゃねぇし、第一なんの解決にもなりゃしねぇんだ」

たどたどしいその返答を聞きつつ、フォルティスはヴァスガルトの出自を思い出していた。

彼は親の顔を知らない。とある傭兵団に拾われ、団長を父親代わりにして育ったのだという。

とかく盗賊まがいのならず者集団と思われがちな同業者たちとは一線を画し、その傭兵団は人々に信頼される数少ない一団だったらしい。

フォルティスが彼と出会った時にはもうすでにその傭兵団は過去のものになってしまっていたが、その団長の仁徳は確かに彼に受け継がれている。――こいつは親父譲りのとびっきりの馬鹿でな、団の仲間も依頼人も、見知った顔なら全部自分の身内だと勘違いしちまうんだよ――と、かつて同じ団に属していた古株の傭兵が嬉しげに彼をそう評していたのを思い出す。

養父から確かに受け継いだもの。それは万民を収めうる損得抜きに底深い懐。

「戦争を止めさせるんだ。王になりゃ、それが出来る。だろ?」

真っ直ぐな眼差しで、ヴァスガルトが問う。フォルティスの目には、その彼の全てが眩しく映っていた。

「…………、そうだな。――ほら」

そう言ってフォルティスが差し出してきたのは、彼が愛用している長剣だった。それは先には竜鱗を両断してみせた切れ味抜群の鉄剣である。急拵えだった為ということもあろうが、フェイトンの働きでドゥメラク族に鍛えさせた鉄剣でさえ、竜鱗に傷をつけることは出来ても、結局これほどの切れ味は得られなかった。故にこれは最も――或いは唯一クルヴォレクに有効な武器と目されていた。

つまりは、この剣を持つ者こそが最も竜殺しの名誉に近い、ということになる。

「…………あ?」

ヴァスガルトには、それを差し出してくるフォルティスの意図がまるで読めなかった。が、そのようなことには構わず、彼は言葉を続ける。

「お前が使ってくれ。俺には必要ない」

そう言うと、彼は剣をヴァスガルトに押し付けるようにした。訳も分からぬままただ反射的にヴァスガルトがそれを受け取ってしまうと、彼はさっと手を引いて剣を手離してしまう。

「何言ってんだ、王になるのはお前だろ?」

「俺はな、……王になるつもりはないんだよ。竜殺しはお前を王にする為のお膳立てなんだ、それで俺が手柄を立てる訳にはいかないだろ?」

するりとヴァスガルトの脇を抜け、フォルティスはそこから遠くを見るようにした。そこでは、怒気を露にした暴竜が彼らの出方を窺っている。

「王にならない? 何言ってんだ、俺よりお前の方が頭いいじゃねえか。お前が王になればそれが一番だろ?」

その彼の方に向き直り、背中に向けてヴァスガルトがこともなげに言う。彼の中では、世の中というのはどこまでも単純明快な造りをしているようだった。権謀術数に倦んだフォルティスには、それがとても心地よく感じられる。

「向いているのはお前の方だよ、ヴァスガルト。お前が王になれ。王国も何もかも、古いものは皆打ち壊して、な。災厄に囚われた時代から皆を解放してやってくれ」

背を向けた姿勢のまま、フォルティスが告げる。その背中を見るに、ふと彼が遠く見遥かしているのは暴竜などではなく、もっと遠いものであるのではないか、とヴァスガルトはそう思いついていた。だが、そうだとして、それが何かなど彼に分かる筈もない。

ともあれ、フォルティスが王位を継ぐことを拒絶しているのは、もはや改めて問うまでもない。説得に耳を貸さないのはお互い様だったから、何を言ったところで意味もないことだろう。

「……いいんだな?」

「ああ、よろしく頼む」

神妙な面持ちで言ったヴァスガルトに、ようやく振り返ったフォルティスは柔らかい笑みを浮かべて応えた。

本心は知りようもない――また、ヴァスガルトはそれを敢えて問うようなこともしなかった。

フォルティスから受け取った愛剣の代わりにと、ヴァスガルトは自分が腰に佩いていた剣を鞘ごと投げて彼に取らせた。

「さて――始めるとするか」

それぞれに心機を改め、そしてヴァスガルトは進んで稜線の上に立った。次いでフォルティスから受け取った剣を抜き放つと、彼はそれを高々と天に翳してみせたのだった。



「…………はぁぁぁぁ……」

対面する山向こうから照り返してくる剣の閃きを見て、どうしたものか、ティレイはひどく重々しい溜息を吐いていた。

窪地の周囲には夥しい数の投石器や弩が配備されていたのだが、彼女の周りにはそれはなく、また兵も置かれていなかった。それは、魔術の大仕掛けを動かす為。余人を置いたところで足手まといになるだけだったので、それで小さな魔女は一人でここにいるのだ。

仕掛けは二つ。目に見えぬものと、見えるもの――前者はすでに発動している。暴竜の動きようを見るに、もうその兆候も現れているようだったから、効果のほどは時間と共に分かるだろう。

後者は、これから発動させるところだ。傍らに錐のようにそびえるゾミウ山という巨大な岩塊を、暴竜めがけて崩し倒そうというのである。たっぷり半年をかけた目に見えない仕掛け――竜の無尽蔵な生命力の源である、地脈の流れを断つこと――の方が充分に功を奏していれば、衰えた暴竜にこれを避けるような機敏な動きはとれないはずだった。

およそ生物としての常識を超越した竜種のこと、無論これだけで倒せるということはないだろうが、しかし、単純な衝撃としてこれほど有効なものもない。これで効果が上がれば戦意高揚にもなろうし、後は投石器と弩とで余力を削った上で、主力が暴竜を討ち取ることだろう。

竜殺しの第一の功を挙げることの出来る魔剣の持ち主がフォルティスでなくヴァスガルトだということは、この上なく不服ではある。が、しかしここまで大掛かりな仕掛けを動かした上で更に作為を巡らせる余力はなかったから、ここはフォルティスの企みに乗って恩を着せるしかない。

無論、竜退治自体が彼女の助力の上に為し得るものである以上、これを放棄する手もないではないのだが、しかしそうしてしまえば、契約不履行を理由にあの男が王城への帰還を拒否するなどと言い出すことは目に見えている。

ともあれ、このように暴竜の体臭が染み付いた硫黄臭いところになど長居する気もない。ティレイはゾミウ山の岩肌に描いた紋様に杖をかざすと、日常の言葉とは明らかに違う耳障りな言葉を紡いだ。と――

にわかに紋様が淡く輝いたかと思うや、山は命を得たかのように鳴動し、その振動から自壊を始める。やがて山は神の振り下ろす巨鎚の如く、窪地の中心に向かってゆっくりとその身を傾けていく。

人などとは比べようもない巨躯を誇る暴竜クルヴォレクさえをも小さなトカゲのように見せて倒れこんだ山は、ず……ずん、と腹に響く鳴動と共に周囲を震わせ、そして窪地を土埃で覆い隠したのだった。

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