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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
1章 王たる資質

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1-2

災厄が起こってより、すでに百余年が過ぎていた。

が、未だに――或いは百年過ぎたが故にか、災厄が如何なるものであったかというのは伝えられていない。天災なり人災なり、いかがかと推し量るだけなら、それは容易かろう。しかし、過去の失われた事象を正しく知ることは容易ではなかった。

そう、多くのことが災厄によって失われたのだ。

城砦。宮殿。都市。橋梁。よく整備された街路。いや、形あるものばかりではない。平穏。安寧。文化文明。歴史。叡智。築城、造船などの様々な技術。或いは――魔術。

地を割り天を裂き、更にそれは人の探求してきた知識や技術というものさえ奪ったのだという。当時を知る者たちは皆畏れて口を閉ざし、一つとして言葉を継ぐことはなかったから、彼らがひどくその災厄を畏れたのだということの他には何も伝わってはいない。だから、何が失われたかということ、それすらももはや知る術はなかったのだ。

しかし、人はそのような過去は置いて、復興を遂げることが出来ていた。村を作り、街を築き、国を興した。その中でもレスレンティオ王国は災厄以後最大の版図を持つ大連合王国となって、一時の安寧を人々にもたらした。

そうして勤勉と協調とによって人は豊かさを取り戻したのだった。しかしその欲深い性のゆえか、ようやく得られたこの豊かさこそが、彼らから勤勉さと協調の精神を奪ってゆく。

その流れの中では、宰相キュクノス=アダンの王殺しもきっかけに過ぎなかったのであろう。

拙い協調を纏めていた賢き王が亡くならずとも、王の権勢を妬み簒奪せんと欲していた者たちが欲望を露にするのは、所詮時間の問題であったのだから。

もはやヴァドステンの王宮に人はなく、諸侯は国を五つに割って奪い合いを始めてしまった。

土地も人民も顧みない、一握りの者たちの純粋な権力欲から起こった戦い――それは膠着し、徒に凄惨さを増してゆくばかりであった。

翻弄されるばかりの民衆は戦禍を逃れて彷徨い、救いの地を求めた。その地の名はレイゼルク――女神ナバニールが使徒を導いて築かせ、自らの御座とした聖都。

西へ西へと人々は向かう。豊かな中原を捨て、広大な森林と不毛の山地ばかりの西の地へと。

そこにこそ神の救いがあるのだと信じて。

しかし、疲れ果てた人々の前に立ちはだかるものがあった。戦禍より、長き旅路よりも明らかに絶望に近いもの。悪魔の使役の如くに人を焼き、人を引き裂くもの――暴竜クルヴォレクが。

戦争が、暴竜が、人々を絶望の淵に追いやっている。大陸の混乱は今まさに極みに達しようとしていた。望まれるのは唯一つ。救いだった。



さて。

ヴァスガルトとメルエーヴェが途方もない約束を交わしてから、実に三年が経過していた。

傭兵稼業を営む者の多くは戦功を求めて中原の継承戦争に流れていったが、そのような流れの中でも、彼と相棒のフォルティスはダルケオ山脈に留まり、日銭を稼ぐ生活を続けていた。難民の流入もあって依頼はいや増し、また傭兵人口の減少もあったので、今は引く手あまたで食うに困るということもない。

初夏、港街スロバン。元は小さな漁村であったのだが、近年、海路の開拓から目覚ましい発展を遂げた街である。加えて今は更に山脈の外、東のダロウェから絶えず流れ込む難民が、平時には三百ほどしかいなかった人口を十倍近くにまで膨れ上がらせていた。結果、二人は常宿に入ることにさえ苦労を強いられる始末となったのだ。つてがあったといえども、部屋を取れたことは全く以って奇跡に近い。

「全く、街にいてまで野宿ってのは御免だよな。……ったく、どうしてこんなに人がいるんだよ」

当世の宿屋の典型に倣って、ここも地階部分が酒場となっていたので、部屋を確保した二人は喧騒を避けるつもりでここの隅の隅に席を取って、昼間から酒を呷っていた。

散々満室だと断っているにも拘らず、主人の下には、納屋でもなんでも構わない、板敷きに雑魚寝でもいい、と人々が列をなして詰め掛けている。その喧騒から離れたといって、安宿にどれほどの広さがある訳でもなかったから、喧しいことに変わりはない。ヴァスガルトはそれを他人事然と眺め見つつ愚痴を溢していたのだった。

「俺は野宿でも構わなかったんだけどな。見ろよ、あんな小さな子を抱えてる」

向かい合って座るフォルティスも酒盃を持ってはいたが、しかし向かいに座る彼ほど酒が進んでいる様子はない。カウンター前の人だかりに子連れの姿を認めると、それとなく憐憫の視線を送っているようだった。

「は、お優しいことで。なら、あいつらに俺たちの部屋を譲ってやるか? 好きにするがいいさ。だがな、ガキを連れた連中なんざ幾らでもいるんだぞ。まずあいつらに部屋を譲ってやったとして、次は何を恵んでやる? 次の次は?」

仕事明けの疲れに酒と喧騒が効いたか、ヴァスガルトは絡み酒の態になってフォルティスを問い詰めるようにした。

「ああ、分かってるよ。言ってみただけだ。そんなに怒ることもないだろう?」

ヴァスガルトのその怒りが酒ばかりのことではないのを知っていたから、フォルティスもそれ以上は続けなかった。肩を竦めて、素直に折れてみせる。

「分かってるって? いいや、分かってないな。誰のせいでこんなになったと思ってるんだ?

継承戦争! 手前勝手な連中のせいで沢山の連中が苦しんでる。このスロバンだけじゃない、レイゼルクにもダロウェにも難民が溢れ返ってる。あのクルヴォレクだって毎日毎日獲物が芋づる引いたみたいにやってくるってんで悲鳴を上げてる始末だ。

それなのに、お前は目の前の一人二人にばっかり気を取られていやがる。それじゃ何も変わらないって、分かってるだろ?」

ダン!と酒盃を軋むほどテーブルに叩きつけ、ヴァスガルトはフォルティスに詰め寄った。それで一瞬辺りが静かになるが、しかし店はまたすぐに喧騒を取り戻す。フォルティスは何を思ったものか、薄く笑って、何を言うでもなくヴァスガルトを眺めていた。

「何だよ、急に黙りやがって。気味悪いな」

そのような反応は思ってもみなかったのだろう、興が冷めたか、ヴァスガルトの目からすっと熱が引く。

「いいや、何でもない。気にするな」

「――いいえ、気になるわ。今の彼のご高説にどのような感想を持ったか、是非聞かせて頂きたいわね。ねえ、フォルティス=レスレント?」

再び竦ませようとした肩に手を置かれて、はっとフォルティスは後ろを振り仰いだ。そこからは、場違いな黒の外套を纏った白肌の少女が、真っ向から彼の目を不敵に見返してきていた。

「ここ、座ってもいいかしら? まさかいきなり逃げ出したりはしないわよね」

視線は彼から外さず、しかし彼やヴァスガルトの返事も待たずに、外套(マント)も脱がず少女は席に着いた。

「レスレント?」

「そう。知らなかった? ――でしょうね、そんなことを軽々しく人に話すくらいなら、とっくに王都に戻っていたでしょうから」

鸚鵡返しに繰り返すヴァスガルトの声に、無知を哀れむように少女が応える。

「メリーシャヤの手の者、か」

「お母さまの、でしょう? 躾に失敗したとは聞いていたけれど、母親の名をこうも憎々しげに吐くほどとはね」

皮肉たっぷりに動く少女の舌に、フォルティスがぴくりと眉を動かした。

「あれに躾けられた覚えはないな。母親だと思ったこともない――で、何の用だ? ま、大方の予想はつくが」

「……フォルティス?」

話に取り残されて、ヴァスガルトが声をかける。いきなりのことだ、不審げな声の響きも仕方のないことであろう。が、それに構う余裕は今のフォルティスにはなかった。

「悪いな、ヴァス。詳しい話は後だ」

「あら、彼は除け者? かわいそうに。相棒なんじゃないの?」

余裕たっぷりに、少女が嘲るような視線をヴァスガルトに向ける。

「使い魔風情が気にすることじゃない。さあ、話を続けろよ」

その仕草に嫌悪を隠さず、フォルティスが先を促す。動じず、少女はそれに応えた。

「じゃ、まずは自己紹介からね。確かに私は王妃メリーシャヤの使いよ。名前はティレイ」

年の頃は十五、六といったところだろうか、小柄な少女である。肌は白く、赤い髪は肩の辺りで揃えられている。目立った特徴はないが、しかし人を食ったような表情ばかりよく作る目は、いやでも印象に残る。

「メリーシャヤはあなたを待っている。あなたがそれを望もうと望むまいと、そんなことはお構いなしに、ね。あなたはラズモーヴの王位を継ぐ者。妙な気は起こさないで、素直に戻って王になって欲しいの」

それは目の前の少女が発したとは思えないほどに、異論を許さない強い口調だった。命令――メリーシャヤからの。だが、それはフォルティスには到底承服出来るものではない。

「俺は王にはならない。メリーシャヤがそれを望もうと望むまいと、そんなことは知ったこっちゃないな。王になりたい奴ならいくらでもいるんだ、そいつらに任せておけばいいだろう?」

幾分か余裕を取り戻して、フォルティスは皮肉を乗せて言葉を返した。

「そう――なら、言い方を変えましょうか。さっき彼が言った通り、王権を簒奪せんとする手前勝手な連中が、あなたのお父さまお母さまが育てた国を好き勝手に蹂躙している。正統に王位を継承するべき者が王座に就かなかった為にね。

あなたには、王位を継承する義務がある。ラズモーヴの子として、今のこの混乱を収める責務が。誰でもいい訳じゃない、あなたでなければならないの。ラズモーヴの血を引く者、レスレント王家の後継はあなただけなんだから」

その余裕を打ち砕くように、更にティレイは続けた。高貴なる義務――それはフォルティスとて自覚している。自覚していて尚そうしないのは、彼なりの理由があってのことだ。

だからといって、目の前にいる人々の苦しみから目を背けることも出来ない。それが出来るほど、彼は非情にはなれなかった。目の前の魔女は、その心の柔らかいところに無遠慮に爪を突き立ててくる。

確かに、大過なく王位を継げるのは自分ひとり。自分が王位に就けば今のこの混乱は収められる――

「おい、何なんだよ、勝手に話を進めやがって。なあ、そんな辛気臭い顔してないで俺にも分かるように説明してくれよ」

そんな彼の内面など知りもせず、不躾に話に割り込んできたのは、無論のことヴァスガルトであった。どのようにあの喧騒の中を掻き分けたものか、要領よく追加の酒を仕入れてきていて、険悪な雰囲気など気にもしないのか、彼は気前よく少女の前にも酒盃を置いていた。

「こいつが王子さまだっての、本当なのか? だったら確かにこいつが王さまになれば継承問題だとかは収まる訳だよな。よしフォルティス、王さまになれ。そしたら俺は二番目に偉いのにしてくれりゃいいからさ」

説明しろと言いながら勝手に話を進めてしまうヴァスガルトに、ティレイも呆れた風に口を空けてしまっていた。それを見て、ふっと拍子抜けしたようにフォルティスが笑い出す。

「あ、あんたねえ、二番目だか三番目だか知らないけど、あんたみたいな田舎者が王宮に入れる訳ないって少し考えれば分かるでしょう? 王都に帰るのは彼一人、あんたはここに残るの。いい?」

「何だよ、いちいち偉そうに。決めるのは王さまだろ? お前の決めることじゃないだろが。そんなに言うなら、お前こそ残れよ」

肩を戦慄かせるティレイの言葉を、しかしその半分も彼は聞き入れてはいなかった。政治の作法や力学など知りもしない田舎者の物言いである。が、無知の故とはいえ、その素直な考え方にフォルティスは救われたような心持ちになることが出来ていた。

それで思い出したことがある。三年前のたわいのない口約束。人が竜を殺すなど出来るはずもない、と一笑に付したまま忘れていたが、しかし面白い考えではある。ヴァスガルトを王に据えるのも面白いかも知れない――フォルティスはそう考え始めていた。

彼の予想の通りなら、人為を越える力を、目の前の少女は持っているはずだった。魔女――或いは暴竜よりも遥かに畏怖される存在であるなら。

「中原の混乱を収めること――そうだな、それは確かに必要なことだ。だが、その前にどうしてもやっておきたいことがある。ティレイ、君もそれを手伝ってくれないか?」

突然大笑いを始めたかと思えば、今度は途端に殊勝な態度を見せる。そんな彼の思惑が読めず、ティレイは初めて困惑げな表情を見せた。が、すぐにその表情は消える。

「どうしても? ま、聞くだけは聞くけど……なあに?」

「暴竜の噂は聞いたことがあるだろう? あれをな、倒しておきたいんだ」

表情こそ押し隠したものの、怪訝そうな声に動揺の色を残したティレイの言葉に、フォルティスが不敵に笑い返す。不測の事態に対応し切れていない。駆け引きに練れている訳ではないのだろう――彼女の反応から、そう彼は読み取っていた。

「ああ、あれね……念の為に聞くけど、何の為に?」

「俺が王都に戻ったといって、それですぐに混乱が収まる訳じゃない。戦争が長引けば西に流れ込む難民はこれからどんどん増えてくる。王になってしまったら、こんな辺境に気を取られている訳にはいかないだろう?

だったら、その前に倒しておかなきゃな。それに、竜殺しの名声を得ておけば鳴り物入りで王宮に戻れるんだ、その後の統治にも役立つんじゃないか?」

彼がそれを言う間、意図を読み取ろうとしてだろう、ティレイは彼の目を凝視していたが、しかし少女はやがて大きく溜息をつくと視線を外した。

「悪くはない話ね……でも現実味がないわ。あなたと私であの暴竜を?」

「――怖いとでも?」

訝しげに問うティレイを、フォルティスが嘲う。

「まさか。それじゃ私一人の手柄になるんじゃないか、って思ってね。他力本願で竜殺しを名乗ろうっていうのは虫が良すぎるんじゃない?」

嘲われたこと、それが少なからず癇に障ったのだろう、少女は嫌悪を露にして言い返してきた。

「いやいや、そこまでやってくれとは言わないさ。多少力を貸してくれればいい。後は俺たちでやるから――どうだ?」

「どうだ、って言われてもね。竜殺しって、そんなに簡単に出来るものだった?」

「簡単な訳はないさ。だから人を集める。幸い懸賞金が山のようにかけられているからな、それを山分けするって言えば、結構集まるんじゃないか?」

そう楽観的に笑って、フォルティスは返事を待った。周囲の喧騒をよそに、このテーブルにだけ奇妙な沈黙が流れる。やがて何度目になったものか、諦めの溜息を吐いて、ティレイが頷きを返す。

「分かったわよ、やり過ぎない程度に手は貸してあげる。で、どうすればいいの?」

しかし、問われた当のフォルティスは、きょとん、と呆けたような表情を作った。

「さあ、どうしたもんかな。今思いついたばかりのことだし、そうそうすぐに名案も出ないだろうけどな」

「はぁ!?……今……思いついた?」

目の前の男――玉座の主たるべく教育を受け、算段と謀略に長けたレスレント王家の継承者が、よもや思いつきで今まで話を進めていたとは思いもしなかったのだろう。そのフォルティスの物言いに、呆気に取られた表情のままティレイは凍りついてしまった。それを見ると、にやり、とフォルティスが悪戯っぽく笑う。

「ああ、たった今、な。――だからって、まさか降りるなんて言わないよな?」

それを聞くや、ティレイは深呼吸をするようにして深い溜息をつき、そのままテーブルに突っ伏してしまった。やがて観念してかのそりと起き上がると、その高さから半眼でフォルティスを睨み上げる。

「言わないわよ、そうしたらまた逃げる気なんでしょう? 本当なら今すぐ首に縄をかけて連れて行きたいくらいなのよ、私は」

「はっは、よく分かってるじゃないか。その通りだよ。――おいヴァス、……ヴァス?」

してやったり、と笑って、フォルティスは向かいに座っているはずのヴァスガルトに声をかけた。が、ずっと放って置かれたままだった彼は、酒に飲まれたかまたは単なるふて寝か、盛大にテーブルに突っ伏して寝息を立てていたのだった。

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