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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
4章 終末の女王、開闢の王

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4-4

レスレント城外に、近衛兵が群れをなして座り込んでいた。土が剥き出しにされている他は何もないところだ。今は背後の城が彼らの上に大きく影を落としている。

「なあティレイ、どうにもよく分からんのだが」

「分からなくて結構、いいから続けて」

半目を開いて不平を言おうとしたヴァスガルトに、ティレイはすげなく応える。

総勢百数十もの無骨者がずらりとそのように座している光景は不気味なことこの上ないが、この場において唯一の女性となるティレイは、男臭さには構わず、一人一人念入りに検分するようにその間を歩き回った。

何をどうして見分けているものか、魔女は彼らの中から何人かをすでに選別していて、選ばれた者たちは右なり左なりと群れの外に追いやられた。

自然の中に身を置いて土を風をその他様々な存在を感じ取り、さらに自らを強く感じ取ること――ティレイはおおむねそのようなことを彼らに求めたのである。

だがしかしヴァスガルトはといえば、なんのこっちゃさっぱり、とまるで要領を得ていなかったのだ。

少女は新王のところには最も多く足を運んでいたのだが、しかしその度に不合格だの不許可だの鈍感無能役立たずだのと散々に貶していくのである。元来気の長い方でないヴァスガルトにはとても堪えられるものではなかった。

「止めだ止めだ、こんな訳の分からん真似、いつまでもやってられるかよ! なあ、お前らもそう思うだろ?」

とうとう我慢しきれなくなってしまって、土の上に大の字に寝転がってしまう。一人でそうするだけならまだしも、彼は左右の者にも同意を求めてしまって、彼らはどちらの肩を持つことも出来ずに、はあ、と気のない返事を返してきた。

「はいはい、合格、不合格、と。――あんた、自分が言われた通りに出来ないからって、周りを巻き込まないでよね。迷惑だわ」

つかつかと歩み寄ったティレイはヴァスガルトから向かって右の兵、左の兵、とそれぞれ判定を下して、それから彼自身に向き直った。冷然と指を突きつけて、迷惑呼ばわりさえする。

「あーのーなー、いきなり訳の分かんねーこと言われてさぁやれって言われたって、出来るわきゃねーだろが。もっと分かり易く教えろっての」

まるで大きな子供が小さい母親に駄々をこねるようなあべこべな光景であるが、ともかくヴァスガルトは腹筋だけで勢いよく跳ね起きると、そのように口を尖らせて不平不満を並べてきた。

が、それでティレイの態度が変わる訳でもない。

「あら、出来る人はとっくに出来てるんだけど? それなのにあんた、王様がそんな投げ遣りな態度ってのは、幾らなんでも情けなさ過ぎるとは思わない?」

「思うかよ。大体こんなことして何の意味があるってんだ、俺が教えろと頼んだのはメルクドネアの陥とし方だぞ? あぐらの組み方じゃねえっての」

すっかりとぐろを巻いたヴァスガルトがさらに投げ遣りな言葉を返すと、とうとうティレイは肩から溜息を吐いた。

「ああそう、分かったわよ。じゃ、あんたはもう何もしなくてもいいわ。メルクドネアを攻めるのはここの人たちにやってもらうから、あんたは思う存分王宮の女どもと乳繰り合ってなさい」

ひらひらと手を振って追い払うようにすると、それきりティレイはもう彼を顧みようとはせず、再び近衛兵の検分に戻ろうとした。待てよ、とヴァスガルトが慌ててそれを引き止める。

「はぁ……あんた、自分が戦いを仕掛けた相手のこと分かってる? 今までみたいな力任せの戦い方じゃ、メルクドネアには、陥とすどころか辿り着けもしないの。

その実力のほどはヴァドステンで一度見せつけられたんでしょう? まずはあれの魔術に抵抗する術を身につけなければ何も始められない。今やっているのはその初歩も初歩、それを身につけるだけの資質があるかどうかの見極めなのよ。ここで音を上げてるようじゃ、連れて行ったところでメリーシャヤの駒にされるだけ。

特にあんたなんか、竜の血のせいで力ばっかり強くなってるんだから、敵に回られたらお終いなのよ。いないほうがまし。さ、分かったらほら、さっさと帰ってちょうだい」

振り返るなり半眼で睨みやったティレイは、もはや新王を邪魔者扱いにしかしていない、とはっきり伝えてきた。再びその場を離れてしまうと、それきりヴァスガルトが何を言っても戻ってくる様子はない。

「畜生、何様のつもりだってんだ。メリーシャヤを倒すのは俺の仕事だぞ? それなのに俺を外すってのはどういう了見だ、あの女」

その場であぐらを組みつつ毒づく。すると、先まで周りにいた者も離れてしまっていたので誰も聞いていないと思ったのだが、陛下、と背後から声がかかった。

「よお、一等賞。落ちこぼれを笑いにきたか?」

その声は日頃聞き慣れている声であったから、振り返ることもせず彼は応えた。

「まさか、そのような。ですが、ティレイどののことをそのように言われるのは感心しませんな? 魔女殺しを果たそうとする時に、先ず魔術に対抗する術を学ぶというのは理に適っております。無論私とて、ヴァドステンでのことがなければこうまで真剣に取り組めはしなかったでしょうが」

いきなり揶揄で返されたダルアムは――実のところ、この検分でティレイに最初に合格と言わしめたのが彼であった訳だが――慌てて首を振ったが、しかしそれは置いて新王に忠言を呈じた。

「分かってるさ。だからって、出来ないものは出来ないんだよ」

そのようなことは言われずとも分かっていたから、ヴァスガルトはまた拗ねるようにしたが、くすり、とそれを見たダルアムは苦笑を洩らした。

拗ねたままの目でこちらを睨む彼に、失礼、と一言断って、それから言葉を発するダルアム。

「出来ない? いえ、陛下がこれをなさることが出来ない、というのは在り得ません。陛下は戦場においては誰よりもはっきりと戦場の気というものを感じ取っておいでです。ティレイどのは自然の気を読めと仰られましたが、つまりは同じことなのですよ。かの魔女は心の隙間に忍び込む業に長けているということですから、その触手を感じ取りつつ、なおかつ隙を与えないように心を強く保つ、というのがこの訓練の目的です。

随分と難しく考えておられるようですが、これはむしろ陛下には容易いのではないですか?」

苦笑が尾を引いたままでダルアムは言ったが、しかしヴァスガルトはもう笑われていることには構わず、なるほど、と一言呟いたかと思えば、礼の一つもいわぬまま再び意識を集中させ始めてしまった。

戦場では、まず感じられるのは殺気だ。時には、目で見るより先にそれで敵の所在を読み取っていることもある――そうでなければ、あのように目まぐるしく敵味方の入り乱れる混戦の中で生き残ることなど出来ないからだ。

殺気を感じ取り、またそれが自分に向けられているかどうかを感じ取る。更に怯えや恐慌、油断、その他様々な感情を意識下で知覚し、戦場が自分の中に立体化される。

敵を味方を察知し、その中でどのように動けばよいのか、ということが思考を越えて導き出される――そのような感覚をヴァスガルトは幾度となく味わっている。

そのような知覚を再現させようとすると、すぐに緩急定まらぬ風の流れ、周囲の者たちの呼吸、土の温かさ、様々な情報が目を閉じていても感じ取られた。その中で一つだけ明らかに毛色の違う凄まじく強い力がある――自身の内面からこそ吹き上がってくる、暴力という他ない禍々しい力。

身を心を中から食い破ろうとするかのような、身も竦むような内圧に、全身から嫌な汗が噴き出してくる。やがてそれは茫洋と黒く広がる彼の内宇宙に暴竜の形を取って現れた。その前に自分もまた具現化するのを、他ならぬ彼自身が俯瞰している。

いや、俯瞰しているばかりではなく、対峙している彼の視覚もまた現実感を帯びて感じられ、向かい来る暴竜の脅威に抗いようもなく呑み込まれた。一歩、また一歩、と後退りしながらも、機を窺い剣を暴竜に向けて構える。

千の兵も、無数の投石器も、魔女ティレイもここにはいない。暴竜は他ならぬ彼を狙って、城の如き巨躯を近づけてきている。伸びてくるその影が、或いはその存在感が、巨大な顎より先にすでに彼をすっかり飲み込んでしまっていた。

足が竦み、もはや後退りすることさえ許されない。ついに暴竜は彼の元に辿り着き、眼下に彼を睨み下ろすと、上下に牙を乱立させた口を大きく開いて――

ぽかり。

「――はい、そこまで!」

一瞬、自分が暴竜に喰われたものだと疑わなかったが、しばらくして――実際、決して短くない間硬直していたものらしい――そうではないことに気付くと、ようやくヴァスガルトは目を開いた。

激しい動悸。レスレント城の影の中にいるというのに、弱々しい照り返しの光を感じるだけでも、目に鈍く痛みが走った。その痛む目の前では、ティレイが両手を腰に当てて仁王立ちしている。後ろで心配そうにこちらを覗き込んでいるのはダルアムだった。

「あれ……クルヴォレク……?」

ぽかり。

「誰がクルヴォレクよ、失敬な。いいからさっさと目を覚ましなさい」

言われて、ようやく自分が寝惚けた顔、それこそ悪夢から覚めたような引きつった表情をしていることに気付く。ティレイに殴られたと気付いたのはそこからたっぷり一拍置いてからのことだった。

「お前、さっきのもお前だろ!」

「何よ、助けてあげたんでしょ。感謝しなさいよ」

急に頭に冴えが戻って、それでヴァスガルトはティレイに噛み付いたのだが、しかし彼女は見透かしたような顔でさらりとそれを受け流した。その物言いに、ようやくまともに働き始めた頭の中を、幾つも大きな疑問符が浮かんで埋め尽くす。

「あんたがどんな風に感じたかまでは知らないけどね。暴竜の血とやらが目を覚ましそうになってたわよ。勘弁してよね、今のあたしじゃ、覚醒されたら一溜まりもないんだから」

芝居がかった物言いをして、ティレイがさも恐ろしげに肩を竦める。その様子は言うほど恐れてもいないようであったが、しかしヴァスガルトは、すまない、と素直に頭を垂れた。

「いいわよ、別に。――ダルアム、こういう時は殴るなり蹴るなりして目を覚まさせなさい。危ないってことは分かってたでしょ?」

「は?……ええ、まあ……」

急に話を振られたダルアムは、どう応えたものか迷ったのだろう、すっかり言葉を濁らせてしまった。だが新王はその彼にも、上下の別などまるで気にせずにその頭を下げてきた。

「いや、俺からも頼む。情けない話だが、自分じゃどうしようもなかった」

「は……は! 畏まりました」

「……畏まるのは勝手だけど。ヴァス、あんたには暴竜(それ)を抑えられるようになってもらうからね?」

姿勢を正して応えるダルアムを横目に、ティレイがヴァスガルトに注文をつける。は? と彼が目を丸くするのにも構わず、少女は言葉を続けた。

「ダルアムや他の連中と違って、あんたは自分だけじゃなく、暴竜も押さえ込まなけりゃ駄目なの。あの女なら、絶対にそこを狙ってくるもの。逆に暴竜の力を完全に制することが出来れば、それは最大の武器になるし。いやいや、諸刃の剣とは正にあんたのことね」

からからとティレイは笑ったが、それが果たして笑えることだろうかということは甚だ疑問である。ヴァスガルトもダルアムも疑わしげに眉を顰め、顔を突き合わせた。無論、それに構うような彼女ではないが。

この日は結局ここでお開きとなったが、生ける諸刃の剣と評された彼は、一人内面に巣食う暴竜を制するべく精神修養を始めることとなった。

その一方でダルアムら近衛の中から選ばれた者たちもメルクドネア攻略の為の修行を始め、ティレイはその双方の監督に忙殺された。

そうして時は流れる。若い王国の脆さを露呈させながら。

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