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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
1章 王たる資質

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1-1

「へえ、じゃあその名前は偽物なんだ?」

「偽物って言うな!通り名だよ、通り名。ヴァスガルト。な、いい名だろ? 三日寝ないで考えたんだからな」

「三日寝ないでも何も浮かばないから、俺に泣き付いてきたんだよな? 何かいい名前はないか、って」

「あ、てめえ、言いやがったな!?」

「なんだ、自分で考えてすらないんじゃない」

「いいんだよ、三日考えたのは本当なんだから。最後にちょっと知恵を借りただけじゃねえか、悪いかよ」

男が憮然とそっぽを向いたのを見て、少女ともう一人の男は、とうとうカラカラと笑い出してしまった。それが否応なく耳に届くと、男は更に顔を背けてしまう。その目に飛び込んできたのは、鮮やかな夏の緑であった。

この辺りは土地柄の割に、比較的緑が多い。彼らが歩いているのも、多少の起伏はあるにせよ、なだらかな草原の道であった。しかしぐるりと視線を巡らせれば、四方をすっかり山に取り囲まれているのは瞭然であろう。天高く鳥の視点を借りて眺めれば、東の裾野から弓なりに長く続く森林の緑の豊かさに比べて、赤い山肌に緑の斑紋を散らしたような山脈の景観は見るからに貧しい。

ダルケオ山脈――大陸東辺に座する広大な山脈である。全体を見れば不毛の地という他ないが、しかしこの辺りのように実りのある土地もないではない。聖都レイゼルクにほど近いこの辺りは、山脈中にあっては特に豊かな土地といえた。

この道を三人は聖都に向けて歩いていたのだが、しかしだからといって、彼らがのどかな散策に興じている、という訳ではない。

治安など望むべくもない若い時代であるから、獣に始まり、野盗や悪鬼魔獣など危険は様々にあった。男二人はそのような状況を活かしての傭兵家業を生業としており、今回は田舎貴族の令嬢一行を聖都まで無事送り届ける、という護衛依頼を請け負っていたのだ。今までの仕事に比べればこの仕事はさしたる危険もない上に報酬も少なくなかったので、これはもうおいしい仕事といってよかった。

無論雇われた傭兵は彼ら二人ばかりのことではなく、護衛の対象も令嬢の身一つではなかったのだが、他の者たちは少し離れて後からゆっくりとついてきている。正しくいうなら、危険を見定めるべく先行していた二人のところに令嬢が押しかけてきたのだった。

貴族令嬢といっても田舎貴族のことであるから、輿に乗って大人しくしていられるような聞き分けのいい娘ではなかったらしい。最初は連れの者も傭兵隊の隊長も揃って猛反対したものだが、しかし彼女のお転婆ぶりも相当のもので、結局危険の少ない場所に限っては、最低限の護衛さえつければ自由に振舞ってよいという風に、半ば以上なし崩し的に折り合いがつけられた。そうして生贄になったのがこの二人だったという訳なのだが、比較的歳が近いこともあってか、三人はこの数日の道程ですっかり親交を深めていた。


令嬢の名はメルエーヴェ=ジュナ。ダルケオ山脈に隣接する小都市ダロウェの領主ブレデン=ジュナの娘である。明るい金髪に小さな顔、丸い目はころころとよく表情を変えて愛らしい。数えで十三になるが未だよい縁組も成らず、そのこともあって少しは淑やかになってもらいたいという父王の意向で、しばらくレイゼルクのナバニール教団に預けられることになったということだった。

その護衛をする一人は、フォルティスと名乗っていた。数えで二十になる若い傭兵で、褐色の肉体は均整をとってよく鍛えられている。野蛮と粗暴が横行するこの時代の傭兵としては珍しく聡明かつ理性的な考え方をする若者で、顔立ちも時折どこか貴族的に見えた。

そして最後の一人、笑われてそっぽを向いているのが、先に名の挙がったヴァスガルトであった。数えで十七、褐色というより黒に近い肌をしていて、体つきは未完成ながらフォルティスのように均整を保って鍛え上げられている。

どちらかというなら野蛮かつ粗暴な性質に近いようだったが、当人はそうであるよりもフォルティスのように理性的でありたいと考えているようだった。メルエーヴェも彼がフォルティスをあれこれと質問責めにしているのを一度ならず目にしている。


「ほら、いつまでもむくれていないでよ。それじゃ楽しくないじゃない」

そっぽを向いたままのヴァスガルトを、そう言ってメルエーヴェが揺さぶる。

「別に俺はお前を楽しませる為に雇われた訳じゃないぞ、護衛はちゃんとしてるんだからいいじゃねーか」

すねたように口を尖らせて、ヴァスガルトが応える。名前のことで散々に笑われたのがよほど堪えたらしく、それで機嫌を直す様子もない。

「だーめ、それも仕事のうちよ。それとも私の機嫌を損ねて、仕事を台無しにしたい?」

「ぐっ……」

そのメルエーヴェの言葉に、ヴァスガルトがびくりと背中を丸める。この年端もいかない少女が自分以上に頭が回るということは嫌というほど思い知らされていたからだ。こと悪巧みに関しては、彼女はフォルティスにさえ舌を巻かせるほどだった。

それで勝敗は決したようで、ようやくヴァスガルトはあさっての方を向くのを止めた。が、その時にはもうメルエーヴェの興味はフォルティスの方に向いてしまったようで、彼女はまた悪戯っぽい表情で問い掛けを始める。

「まあヴァスガルトってのが偽名というのはいいとして、フォルティス、あなたはどうなの? その名前はやっぱり偽名? それとも――」

「偽名だよ、ぎ・め・い。大方どこぞの流亡の王子だとかと思ってるんだろうけどな。名前と肌の色が一緒だからって、そんなに都合よく物事を考えないでくれ」

少女は子猫のように好奇心で瞳を爛々と輝かせたが、しかし彼はそう言ってするりとその視線をかわしてしまった。途端に少女は不満げな表情に変わるが、しかしそれにも彼は取り合う様子もない。

フォルティス=レスレント。先だって病没したラズモーヴ=レスレントのただ一人の嫡子で、しかし随分前に出奔したまま王の葬儀にも戻らず、後継ぎ問題で国を混乱させている渦中の人物である。死亡説をはじめ諸説紛々と囁かれている中で、我こそは、と名乗りをあげる偽物の噂がしばしば立つのは、つまり万が一にもそれで本物に成り代わることが出来れば、そのままラズモーヴ王の後継者になれるからだった。賭けなど成立するはずもない、莫迦げた話ではあるとしても。

「あーあ、あなたが噂の王子さまだったら面白かったのに。偽名じゃしょうがない、か――あ、そうだ」

「同名程度ならともかく、王権にかかる詐称は問答無用で死罪だ。命がけで茶番に付き合う趣味はないからな」

名案を思いついたとばかりぽんと手を打った少女を、しかしフォルティスは聞きもせずあっさり一蹴する。その読みの通りであったらしく、メルエーヴェはまた恨めしそうに彼を睨み上げた。

と。

「王子さまねぇ……本物はどこで何をしてんだかな」

それまでの会話の流れなどまるきり無視して、ぽつり、とヴァスガルトが呟く。

「さあな、どっかで野垂れ死んだんじゃないか?」

と、フォルティスはそう素っ気なく返した。

「夢がない男どもねぇ、それじゃ面白みがないじゃない。ひょっとしたらどこかで何かを企んでるとか、そーゆー想像力はない訳?」

「ほう、例えば? 当然、王位を継ぐよりいい話なんだよな?」

「うっ……」

面白がってすかさず問い返すフォルティスに、咄嗟にいい案も浮かばず唸るメルエーヴェ。隣のそのやかましい遣り取りには耳を貸さなかったようで、ヴァスガルトは更に言葉を続けた。

「ま、出てこないってことは王さまになる気はないってことだよな?ってことは、俺が王さまになってもいいってことだ」

「はあ?」

どこからそのような発想が出てきたものか、一人で納得してうんうんと頷いている彼の顔を、メルエーヴェがひどく怪訝そうな面持ちで覗き込む。が、その瞳の輝きを見る限り、彼は至って本気でものを言ったものらしい。

「どうしたよヴァス、いきなり権力に目覚めたか?よりによってまさかお前が?」

「だって、王子さまが出てこないってことは、誰も王さまにならないってことだろ? なら、俺がなったっていいじゃねーか」

フォルティスも彼が熱に浮かされたものかのように恐る恐る問い掛けたものだが、さりとてその様子もありはしない。

「んー……まぁ、なりたいと思うのは自由だけどな。だからって、王さまってのはそう簡単になれるもんじゃないぞ?」

「それくらい分かってるさ。どうしたらなれる?」

子供に諭すように易しく言うフォルティスを、逆に見詰め返して更にヴァスガルトが尋ねる。子供のように真っ直ぐな視線を向けられると、もう答えようもなくなってしまって、フォルティスはどうしたものかと視線を泳がせた。

「どうしたら……ってもな」

「そうね、皆が納得できるだけの力を示せばいいんじゃない? といっても半端じゃ駄目だろうから――」

東の山向こうの方から響いてくる地響きのような咆哮を三人が聞いたのは、ちょうどその時であった。それはダルケオ山脈に住まう者なら知らぬ者のない理不尽な存在――隻翼の暴竜クルヴォレクの咆哮だった。

クルヴォレク――ゾミウ山中腹の窪地をねぐらとし、そこに迷い込んだ者を容赦なく喰らうという大陸最強の暴君である。幸いにして片方の翼を失っている為に飛び立つことは出来ず、こちらから近づかなければ危険はない。が、これが山脈と中原の往路を塞いでいる為に東西は陸路での交流を断たれ、それ故メルエーヴェも海路を伝って聖都レイゼルクへと至る不便を強いられている。

とても人為で討ち果たせるものではないが、しかしレイゼルクの教団が莫大な懸賞金をかけるなどしていて、もしこれを討つことが出来たならばその名声は王や諸侯をしのぐといわれるのも、なるほど確かな話ではある。

これほど離れていても心胆寒からしめるかの暴竜の咆哮を聞いて、しかし何を思いついたものか、メルエーヴェはにやりと笑った。

「そうね、あの暴竜を倒すことが出来たら、私が王さまにしてあげる」

ぽかり、とすかさず少女の頭を叩いたのはフォルティスの方だった。振り向けば半眼でこちらを見下ろしている。

「あんな化けもんどうしろってんだ。出来る訳ないだろう」

「いいじゃない。言うだけなら自由って言ったの誰よ」

「そういうことを言ってるんじゃなくてだな――」

「――メル、それ本当か!?」

 言い合うメルエーヴェとフォルティスの間に割り込むようにして、ヴァスガルトはおもむろに少女の両肩を掴んだ。彼女の言葉をすっかり本気にしたらしく、彼は彼女の首ががくがくと振られているのも気にせず、掴んだ肩をゆさゆさと振り回している。

「ほん……ホント……っだから、止め、て…………目が回る~~~……」

「本当だな!? よしフォルティス、なんかいい方法あるだろ。考えてくれ!」

散々振り回されてふらふらになったメルエーヴェを、彼は今度は高々と持ち上げて喜びを表現したものだった。

呆れ果てたフォルティスが、額に手を当てて呟く。

「単純なうちの相棒を乗せてくれるな、と言ったんだよ、俺は」

しかし、糸の切れた人形のように茫然自失の状態でヴァスガルトに抱え上げられ続けるメルエーヴェに、その呟きが届くことはなかった。竜殺しの大業に一刻も早くかかるべし、とヴァスガルトがそのままレイゼルクへと走り去ってしまったからである。

そうして到着したメルエーヴェが丸一日寝込んだこと、ヴァスガルトのおかげでフォルティスまで傭兵団団長の説教を受け、更に報酬を減額までされたことは、この際、実に些細なことであった。少なくともヴァスガルトにとっては、のことであるが。

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