4-2
さて。
ムオゼト、ゼシューマにおいて激戦が繰り広げられている現在、両都市と隣接するロシェが安全であるなどとは誰にも断言することは出来ない。
それでも、誰もメルエーヴェがロシェに王宮を移すことを止めることは出来ず、勢いスウォン=ジュナの王都は彼女の意向のままにここに遷都された。彼女にしてみるとダロウェは勿論のこと、マズレン、ロシェも仮宿に過ぎず、旧王国に倣ってヴァドステンに本拠を構えるつもりであったようだが、しかしそれについてはヴァスガルトが断固として反対したのだった。
実際、ヴァドステンはキュクノスの無策の為にすっかり荒廃してしまっていたから、とても遷都どころの話ではない。結局、ヴァドステンの南に新たな城都を築くことが正式に定められ、ロシェはメルエーヴェの意向通りそれまでの仮宿とされた。
また、元来王宮の主であるはずのヴァスガルトがロシェに滞在する時間はこれまで以上に少なく、精力的に前線に赴いて兵を鼓舞したり、長い戦いの疲れを労ったりしていたが、実のところ大半の時間はヴァドステンでのメルクドネア探索に費やされていた。
かつて大陸一の大都としてその壮麗さを誇った旧王都ヴァドステンは、今では華も人もなく、打ち捨てられた遺骸の如くそこに横たわるのみであった。
なるほどこの荒れようでは、守るべき価値も、或いは攻めるだけの価値もない。千の兵を率いて攻め寄せるや否や、投降するから助けてくれ、食糧を分けてくれ、と乞食の如くに群がったわずか百あまりの人民は殆ど住人の全てであったようで、彼らを他の都市に移住させてやると、もうここで生きた人間に出会うことはなかった。
代わりにヴァドステンの主の如く幅を利かせて振舞ったのは、いつからいたものか活死体や骸骨兵というような死霊の類で、これの為にメルクドネア探索は遅々として進まなかった。
「――最後っ!」
鋭い号と共にヴァスガルトが鉄剣を横薙ぎにすると、三体ばかり残っていた骸骨兵は胴ばかりでなく全身の骨をばらばらにして吹き飛ばされてしまった。さすがにここまで粉砕されては、再生も困難であるようだった。
「ったく、数ばっかり多くて、うっとおしいったりゃありゃしねえ」
めきっ、と嫌な音を立てて、ヴァスガルトの足元でカタカタと顎を鳴らしていた頭蓋が踏み潰される。その新王一人ばかりは余裕綽綽という態であったが、しかし背後から聞かれたのは揃って安堵の吐息であった。
無理もない。ヴァドステンに足を踏み入れてより後、これまで昼も夜もなく彼らは死霊の群れに襲われているのである。しかも退治してみたところで、観察してみると、どれも間を置くと何事もなかったかのように復活してみせるのだ。無論、先のヴァスガルトのように粉々にまで粉砕してしまえば容易には復活してこないものの、それでも甦りを食い止められるかどうかは定かでない。
ヴァスガルトが自ら育てた近衛兵二百が今は三交代でメルクドネア探索を行っているのだが、それも遅々として進まず、徒労感が疲労の色を強めてしまっていた。今も、冷静に対処すれば決して怖い相手ではないはずの骸骨兵に、彼らは思わぬ痛手を被っていたのだ。
「仕方ない、今回はここまでだ。皆、引き上げるぞ」
嘆息交じりの号令に従って、六十余りの兵らは来た道を戻り始めた。それでようやく皆生気を取り戻したということは、ヴァスガルトには見ていて辛いものがある。
「これで西側はあらかた調べ尽くしましたね。見落としがなければ、後は北で終わりとなります。――陛下、魔女どのの助力を乞うことは叶いませぬか? 敵も魔女、我々では見付けられぬよう、あやかしの術を用いているやも知れませぬが」
羊皮紙に描かれたヴァドステンの概略図にまた一つ×印を付け足しつつ声を掛けてきたのは、今もゼシューマ攻略の指揮を執っているダーケン=ディリゼの長子、ダルアムであった。
魔女としてのティレイの存在は一般には厳重に秘匿されていたが、しかしその一方でダーケンのような近習の者や、或いは息子ダルアムのように近衛を務める者などにはその存在は明らかにされていた。
彼女はヴァスガルトに協力を申し入れたとはいえ、一つところには決して留まらず、こちらから連絡をつける術はなかった。とはいえこれまでは、必要と思われる時には彼女の方から現れてくれたのでそれでもよかったのだが、しかし今回のことに限っては一向に姿を現す気配はない。
しかし、ダルアムの申し出も仕方ないとは思えども、この件に関してだけは元よりヴァスガルトは彼女に助力を乞うつもりはなかった。フォルティスの言葉を信じるなら、メルクドネアにいるのはティレイを凌ぎ、彼女を使い魔として用いる魔女である。下手に手を借りれば罠に落ちる恐れとて少なからずあるだろう。
「ティレイ……ね。ま、そーなんだけどな。悪いけど、もーちっと頑張ってくれや」
気安く腕を肩に回し、にっ、と笑いかけてヴァスガルトはその話をはぐらかした。王自らにそう言われては、近衛兵二百の長たるダルアムとてそれ以上のことが言える訳でもない。何か考えがあるのだろうと一先ずは口を噤んだ。
「にしても、自分で呼んだくせに影も見せないってのは、性質が悪いったらねーな」
さすがにヴァスガルトも終わりの見えない探索に倦んだのか、ぼそり、と口中で呟く。それが聞こえた者など、耳下で囁かれたダルアムくらいのものであっただろうが――
『招いたとはいえ、こちらから使いを遣る前に土足で踏み込まれてはね。礼を弁えぬ客人に開く門戸は備えておりませぬ。――とはいえ、性質が悪い、とは聞き捨てならぬ言いざまですね?』
その女の声は、明らかにその呟きに応えてのものであった。
無論、ダルアムの声ではない。信頼の故か、或いは薄情なだけか、他の近衛兵たちは先に帰途についてしまっていたし、いたとしてその中に女がいるはずもない。女は戦場に立つものではない、というのは当代の習いであったし、ヴァスガルトにもそれに異論はなかったから、目の届く限り彼の軍に女はいないのだ。最精鋭たる近衛ともなればなおさらのことである。
となれば、声の主が何者であるか、という想像にどれほど選択の余地がある訳でもない。魔女。ヴァスガルトもダルアムもすぐにその結論に辿り着いていた。
「悪いな、待ってられなかったもんでよ。田舎者なもんで、礼儀に疎いのは勘弁してくれや――だが、聞き捨てならない、つーのは怖い言い方だな?」
どこからとも知れず響いてくる声に、敵意を剥き出しにした笑みをヴァスガルトが向ける。ダルアムの肩から腕を外すと、腰の剣に手を掛ける。
『無礼のほどは、田舎育ちというばかりのことではないようですけれど? さて、どのように詫びていただきましょうか……ふふ、この寂れた城都をずっと彷徨わせるというのも面白そうですけれどもね』
姿を見せる気配はまるで見せぬまま、嫣然とした口調で女はさも楽しげに不吉なことを言い放つ。高みからこちらを見下ろすようなその不遜な視線を感じて、癇に障ったヴァスガルトが歯を剥いてみせる。
「メリーシャヤ、だな? 姿も見せずに話を進めるってのは無礼とは違うのか?」
『あら、先に無礼を働いたのはそちらさまではなくて?――』「――ですが、ええそうね、無礼に無礼で返すというのも己を貶めるばかり。…………こうして向かい合うのは初めてでしたね。
妾はいと古き都メルクドネアの主メリーシャヤ=バレル。以後お見知りおき頂ければ幸いですわ」
言葉の響きが不意に変わったかと思えば、物陰から、魔女はいともあっさりと二人の前に姿を現した。腰まで伸びた淡い金の髪、深い碧の瞳、触れれば折れるかと思われるほどしなやかな肢体を薄布の如き濃紫のドレスで着飾ったさまは、一目見たならば男ならずとも感嘆の吐息をつかずにはおられぬだろう。
だが、視覚に訴えるその艶やかさより先にヴァスガルトが嗅ぎ取ったのは、そのあまりの禍々しさであった。
魔女――その呼び名に相応しい凶気を帯びた女を前に、ちりちりと首筋を蠢くものがある。
「魔女なんぞと、長く付き合うつもりもないけどな。俺はヴァス――」
「いいえ、今更紹介などして頂かなくとも、あなたさまのことは重々存じておりますわ。若き中原の覇者、新たなる王国の王。或いは、竜を屠りその血を聞し召すも、その呪わしき力に恐れ慄くばかりの矮小なる者。違いまして?」
測るまでもなく明らかにヴァスガルトの間合いに身を置いていながら、しかしメリーシャヤは嘲りの色を些かも減じるものではなかった。
「ほーお、詳しいな。覗き見が趣味か?」
「趣味?――ええ、愉しみがないとは申しませんけれど。ティレイを側に置かせたのには、それなりの意味がありまして、ね」
さすがのヴァスガルトも、魔女と対峙するのはこれが初めてのこと。まるで手が読めない、という現実は尋常ならざる緊張を彼と彼の忠臣に強いていた。鏡面のように張り詰めたその緊張のなかに、しかしメリーシャヤは無造作に言葉を投じてくる。
「ティレイ?」
「妾の愛しい使い魔……側に置いて、色々とお役に立ちましたでしょう? あなたさまが王位を望んでおられると伺って、その器量を測るつもりで遣わしたのですけれど」
思わず問い返していたのは、ヴァスガルトではなくダルアムの方であった。が、ちらりと一瞥を向けるのみでそれには構わず、魔女はあくまでも新王に向けて語り掛け続ける。
「使い魔、ね。ティレイはお前が俺を王にしようとする訳は教えてくれなかったが……そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
人を人とも思わない魔女の口振りは、聞く者に嫌悪を通り越して憎悪すら覚えさせたが、ヴァスガルトはしかし慎重さを保った。剣を持つ手は固く握り締めているため血の気が引いて色を失っていたが、それでも彼はそこから力を抜くことはしなかった。
「訳?」
その言葉がさも意外であったかのように首を傾げ、それからメリーシャヤは玉を転がすように笑った。手の甲で口元を押さえ、ひとしきり笑い終える――と、ヴァスガルトがそれを鋭く睨んだ。
「何がおかしい?」
「いいえ、少し驚いてしまっただけ。訳、というほどのことはないのですよ。あなたを王位に就けようとしたのは、妾の不肖の息子がそれを捨ててしまったから。それで仕方なく次善の策をとった訳なのですけれど、ならばいっそ古いものは皆取り払ってしまおうと思いましたので、ね。
――アダンも他の大公も、所詮は同じ穴の狢でしたから」
こともなげに――彼女にしてみれば真実そうであったのだろうが――あたかも自室の内装を取り替えるような、そんな気軽さでメリーシャヤは応えていた。人の想いも死も、取るに足らないことであるかのように。
「お前が――お前が、この戦争を起こしたのか!?」
いよいよ激昂し、ヴァスガルトが吼える。
「妾が? いいえ、幕を切って落としたのは、知っての通り、市井上がりの宰相キュクノス=アダン。妾はあれの浅ましい野心をくすぐっただけですわ」
「それはつまり、お前が仕掛けたということだろう! そんな莫迦げたことの為に、フォルティスは死ななければならなかったというのか!!」
激発する感情のまま、ヴァスガルトの剣が閃く。固い手応えがして――そして、確かな現実感を持っていたはずの魔女の姿は、霞が風に払われるようにして掻き消えてしまった。
ただ、その像を被せられていたらしい骸骨が、一閃を受けて粉砕されてしまう。
「……幻?」
「相手は魔女だ、それぐらいは芸のうちにも入らんだろうさ。――なあ?」
その光景に我が目を疑ってか、驚愕の面持ちで呟いたダルアムに、ヴァスガルトがこともなげに応える。剣を振るって発奮したものか、すでに彼は冷静さを取り戻していた。
『まあ、ジュナ王にお褒め頂けるとは、夢にも思いませんでしたわ。――フォルティスの運命は、今にして思えば、ラズモーヴが妾に逆らった時から定まっていたこと。妾とてティレイを遣わしてあるべき処に彼を戻してやろうとはしたのです。その手を払ったのは他ならぬあの子自身、もはや妾には為しようがありませなんだ』
媒体を崩されて再び声だけとなり、メリーシャヤはその問いに応えた。その響きは確かに愛息の死を悼む母親のそれであったが、しかし、感じ取られるべき感情の色は空虚だ。
「魔女を使役し、更には王をも下僕とする女帝に、為しようがなかっただと? もういい、お前はこれ以上フォルティスの名を口にするな。友を汚されるのは我慢ならん」
『悲しみの形は人それぞれ違うもの、あなたさまがそのように仰られるのでしたら、妾はそのように致しましょう。――このままとりとめもなく語らうのも愉快なもの……ですが、そろそろ本題と参りましょうか。
新王ヴァスガルト、我が下に降るおつもりはございませぬか? あなたさまの勇名、今や大陸の端から端まで馳せております。妾が手を取られれば、大陸統一の折には千年の安寧を約束いたしましょう。王家の為にも、またあまねく全ての臣民の為にも、決して悪い申し出とは思われませぬが、いかが?』
穏やかならぬヴァスガルトの噴気も暗黒の如くに飲み込んでしまって、冷然と魔女は告げる。対して、王は憤然としたまま、吐き捨てるようにして応えた。
「手を取れと言うなら、差し伸べて言うのが筋だろう――どちらにせよ、俺がお前の軍門に降ることはない。王威に取り憑く寄生虫め、俺が退治してやるから待っていろ」
『まあ、月並みな台詞ですこと。妾が寄生虫とは中々面白い例えですけれどもね。――正しく例えるなら、妾は母。力なき子らを護り導く者。王威などはそれを為すための手段の一つに過ぎないのです。あなたがそれを拒むというなら、妾はまた新たな依り代を探し出すだけ。些かも定めが変わるものではありませぬ。
ですが……妾も性急にことを進めようという訳ではございませぬ。人の心は移ろうもの、しばらくは心変わりを待つと致しましょう――少しばかり、手助けなどして差し上げながら、ね』
メリーシャヤの口振りにはまるで変わるところはなかったが、しかし、ざわり、とした不快な感触が、ヴァスガルトに空気の変化を感じさせていた――突如、右方から射掛けられた一矢を、彼は抜き身の剣で払い除ける。
「手助けだと? クソ魔女が。貴様、俺の兵に何をした!」
その一矢を契機として立ち現れた、ヴァスガルトとダルアムを取り囲む無数の兵たち。新王には、鎧に描かれた竜貫の紋章も諸々の顔の一つ一つも、それが自らの懐の内にあったはずのものであるとすぐに理解出来ていた。
先にこの城都を去ったはずの六十の近衛兵――二人を取り囲んでいるのは、正にその彼らであったのだ。憎悪を剥き出しにして隠そうともしない視線が真っ直ぐに向けられた先は、彼らが王と仰ぐべき貴人であった。
『人は人外の力を恐れるもの……間近でそれを目の当たりにするこの者たちは、特にその思いが強うございました。妾はその恐怖をくすぐっただけ。そう、アダンの野心をくすぐったのと同じように。
これは現実の縮図――近い将来に避け難く顕れる悲しい現実の縮図なのです。守るべき臣民に矛を向けられて、あなたはいかがなさります? 彼らの歪んだ感情に身を委ね、彼らの思うさまに任せますか? それとも、自らの衝動に任せて彼らを滅ぼしましょうか?』
恐怖、疑念、焦燥、或いは後悔や絶望――様々な感情は渾然として渦となり、次第にその輪を狭めてきている。メリーシャヤに正気を奪われたというなら救いはあったかも知れない。しかし、彼らは扇動こそされ、魂を抜かれ操られた死霊たちのように、意志の光を喪ってはいなかった。
王の側にあってこれを護る者。文武共に優れ、最も信頼されるべき近衛兵たちが、護るべき王に自らの意志で牙を剥いている。その事実は、ヴァスガルトを大いに動揺させるに足るものであった。
ことに彼らは、新王が自ら選りすぐり、そして鍛え抜いた者たちである。裏切るはずのない者たちによる叛逆、それはメリーシャヤの言葉にとてつもない重みを与えていた。
「俺は……絶対に死ぬ訳にはいかない。ここで死ねば、俺たちの戦いもフォルティスの死も、全てが無駄になっちまうんだ。俺が強いてきた多くの犠牲の為、苦しみ喘ぐ臣民たちの為に、俺は何を犠牲にしてでも、この暗黒の時代を終わらせなけりゃならないんだよ。
――お前ら、そこを退け。今なら全部なかったことにしてやる」
「――黙れ!」
鋭く、とはいいようもなく気勢を衰えさせた弱々しい叫びが、ヴァスガルトの耳を打つ。叛逆したとはいえ、彼らがそのような口をきくとは思いもしなかったのだろう、新王は我知らずそれを言った兵を睨み返してしまっていた。
その視線の鋭さに完全に気圧されてしまいながら、しかし、それでも彼らはその後を続けてくる。
「き、貴様! 竜殺しだと? 莫迦な、そういいながらその実、貴様、魂を竜に喰われた魔人なのだろうが! 我々にはそのような怪物を王に据えておくことは出来んのだ! いつ本性を現すとも知れん暴竜の化身になど!!」
睨み付けはしたものの、それきりどうすることも思いつけずヴァスガルトはそのまま固まっていたのだが、しかしそれで気を大きくしたか、彼らは段々と語気を荒げて叫びを上げるまでになっていた。
方便を用いようとすれば、幾らでも言い繕うことは出来たのかもしれない。だが、今のヴァスガルトは焼きごてを喉に突き込まれたかのように舌が動かず、焦燥から何を反論することも出来なくなってしまっていた。
魂を竜に喰われた魔人――それはヴァスガルト自身が最もよく自覚し、そして最も恐れていることを端的に示している言葉だった。だから、その効果は言葉を発した彼らの想像を越えて、新王の心の内奥深くにまで刃を突き立ててしまっていた。
「貴様ら! 自分が忠誠を誓った陛下に向けてどうしてそのようなことが言えるのだ。陛下は常に我々のことを思いやり、万民に平和を与える為にこそその剣を振るわれておられる。そのことは、我々こそが最も理解していることではないか。
確かに陛下のお力は尋常なものではない。恐れる気持ちは私とて分からんではないよ。しかし、そのお力を陛下が私情の為に用いたことがあったか? 断じてそれはない。魔女に唆された者たちよ、お前たちは真に見るべきものを見失っているのがどちらか、それすらも分からなくなってしまったというのか?」
動揺に打ち震えるヴァスガルトに代わって前に出たのはダルアムであった。彼は殺気だった叛逆者たちを目の前に置いても、些かも怯まずに朗々と道理を唱えてみせた。それを聞いて、対峙した者たちの表情にはありありと苦しげな色が浮かんでくる。
「キュクノス=アダンを唆してレスレンティオのラズモーヴを殺した魔女が、今はお前たちを唆して陛下を亡き者にしようと企んでいるのだ。真の敵は魔女メリーシャヤ、こやつを滅ぼす為にこそ我らと陛下とはここに赴いたのではなかったか? それを忘れて叛逆の意志を貫くというなら、憐れだ。もはや何も語るまい」
その口舌に、幾つかの者たちは確実に戦意を削がれたようだった。迷いを強くした者も多いだろう。しかし、それらばかりが全てではない――むしろ道理に反発するように、敵意に固まった者たちが依然大勢を占めていた。彼らは、ダルアムに気圧されて後ずさる者たちとは逆に前へと一歩踏み出し、とうとう抜刀して身構えてきた。
もうこれ以上の問答は意味もないことだろう。ダルアムは内心深い悲しみを抱いたが、しかしそれを表すことはせず、腰の剣に手を掛けた。
と、それを制したのは、ヴァスガルトだった。新王はダルアムの前に伸ばした腕でそのまま彼を後に下がらせると、自らが剣を抜いて構える。
「悪いが、譲ってくれ。こいつらを戦いに巻き込んだのは俺だ、ならば、引導を渡してやるのも俺の役目だろう」
言ったと同時、向かい合う数十の叛逆者たちのなかにヴァスガルトは身を投じていた。乱戦。しかし、どれほどの間も置かずに決着はついてしまっていた。
立っているのはヴァスガルトただ一人。他は皆地に臥して動かず、彼の剣を鎧を鮮血で赤々と染め上げていた。
もはや何を見るでもなく虚ろになった目を宙に向け、しかし言葉には乗せられるだけの憎悪と毒を乗せて、呟く。
「――メリーシャヤ、見ているな? 俺にはお前に迎合する意志はかけらもない。今は負けを認めてやるが、いずれ絶対にお前は俺がこの手で滅ぼしてやる。それまでの命だ、今はこのかび臭い廃都で悠々と過ごしているがいい」
このヴァドステンの何処かに身を置いているはずのメリーシャヤは、しかしそれには何も応えることはなかった。
ただ、埃を孕んで吹いた風が、まるで魔女の嘲笑かのように流れた。




