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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
3章 旭光、星辰を散らして

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3-2

「ホト王と全将兵に告ぐ!俺はダロウェの王、ヴァスガルトだ。降伏しろ、大人しく従えば配下にしてやらんでもないぞ!」

まだ日も姿を現しきらない頃。ティレイもタナヴィスも夜営地に留め、二本の大槍を持たせた槍持ち一人を従えてヴァスガルトは単身ホトの城門を遠く正面に据えて立ち、何を思ってか唐突にそのような勧告を発していた。

「へ、陛下! いきなりそのようなこと、無謀ではありませんか!?」

敵兵の視線を浴びながら鉄製の大槍二本を携えて追従した為、すっかり疲弊しきった槍持ちが青い顔で彼の暴挙を諌めてくる。が、当のヴァスガルトは涼しい顔でそれを聞き流し、槍を置いて戻るように、と指示した。

後方で口上を聞いた兵たちとて気が気ではなかっただろうが、彼らは手出し無用とヴァスガルトにしっかり言い含められていたから、その場を動くことも出来ない。ティレイは我関せず、タナヴィスもこれで死ぬならそれまでのことと諦観して、まるで道化芝居を見るかのような面持ちで、それぞれに王の愚行を眺めていた。

そんな異様な緊張感の中を割って、ひゅ、と風を切って飛来したのは、幾筋か射掛けられたホト弓兵の矢だった。いかに通れぬ道を通っての奇襲だったといえど、鼻先に留まって一晩過ごせば気付かれるのも当然のことだったろう。応戦の準備は万端、ということだ。

ヴァスガルトも、それくらいのことは分かっている。たった一人このような場所にいて、攻め寄せられれば一溜まりもあるまい。それが分かっていてなおここに留まる理由――それは理屈ではない。ただならぬ激情の滾り、戦いへの飢えが、深層から彼を突き動かしていた。

「交渉決裂――残念だ」

にいっ、と笑い、彼は大槍の一本を軽々と取り上げた。大柄な彼の身の丈をも越える鉄の長槍。それがまるで棒切れのように、高々と掲げられたのだ。

そして――

雷鳴もかくやの大音声が、平原に轟き渡る。

ホトの城門が失われていた。木製の門扉が粉々に砕かれ、石造りの城壁には遠目にも判るほどの亀裂が幾筋も走り、さらには余勢に圧されてかところどころから石壁が崩れ落ちていって城内の様子をさらけ出していく。

誰が信じるだろうか。矢も届かない距離から投げられた鉄槍が、放物線でなく直線の軌道を描いて城門を吹き飛ばしたなどという法螺話を。ただでさえ設営に手間が掛かる上に命中精度の低い、当たれば幸いという投石器や石弓といった攻城兵器を遥かに凌ぐ威力を、彼は片腕一本の膂力で引き起こしたのである。しかも、一発必中という精度で。

前後に煙のように湧き上がる動揺の音を聞きながら、ヴァスガルトはもう一本の槍を拾った。

戦いたい!

衝動はまだ彼を支配していた。矮小な者たちのどよめきが彼に歓喜を与えている。

どれほど余韻に浸っていたのだろう、日はもう地平線を離れて、地平を明るく照らし出して

いた。城内の動揺は鎮まるどころか時を追って熱を増しているようで、ついに内紛を引き起こしたか、矛と盾の打ち合わされる音声が響いてきていた。

やがて、それも収まる。唐突に、城内は音を失った。

と、門扉を砕かれたホトの城門から、十数人ほどか、集団が姿を現してきた。木の板に何者かを磔にし、それを担ぎ上げているようだった。

訊ねるまでもない。磔にされた男は、ホトの領主だった。散々に暴行を受けたようで、すでに絶命しているようだ。彼らはこれを土産にヴァスガルトの下に投降してきたのである。だが。

戦いたい! 戦いたい!

衝動は未だ彼を突き動かそうとしていた。門前に平伏し、ただただ彼に許しを乞おうとする矮小な者たち。それを見るや、衝動は更に膨らんでゆく。

戦いたい! 戦いたい!

殺したい! 引き裂きたい! 喰い千切りたい――!!

それが自らのものでないこと――否、我が身の内に棲まう禍々しい何者かの衝動であることに気付いた時、彼は既に新たな大槍を振り上げ、今にも投げ飛ばさんばかりに全身を引き絞っていた。

異変に気付いた者たちは、領主の遺体を投げ捨て、取るものも取らず逃げ出そうとしていた。

自分は、この者たちを殺そうとしている。あの暴竜のように理不尽な力を以って――!

正に投げ打つ寸前――そのぎりぎりの瞬間に自制を取り戻し、辛うじてヴァスガルトは槍の放つ先を自らの足元に変えることには成功した。決して柔らかい土壌ではなかったが、しかし槍は泥濘に投げ込まれたかのように、すっかり土中に埋め込まれてしまった。

それで冷静さを取り戻したヴァスガルトは彼らの投降を受け入れ、そしてホトの兵を自軍に吸収編入した。三百の兵には無論被害はなく、ほぼ同数のホト軍も、ヴァスガルトの門扉破壊の際に十数名が軽傷を負ったのみだった。

ホトの統治に関しては、領主が死に、彼らが竜殺しの力を畏怖して必死に忠誠を示してきたので、殊更に介入するようなことはせずに彼らの自治に任せた。ヴァスガルトは一夜にして六百に膨れ上がった軍を率い、その日の内にホトを後にした。

それから、東進し立て続けに二つの街を攻める。

ヴァスガルトが単騎で攻めたのは結局ホトの時のみで、この二つの攻城戦に関しては先に投降したホトの将兵に説得させたり、或いは兵力の差を示して降伏を求めたり、と彼は嫌っていたはずの搦め手で戦いを有利に進めていった。

無論のこと、戦闘が全くなかった訳ではなかったが、しかし全般タナヴィスの用兵が功を奏したこともあり、被害は最小限に留められた。そうして、デュハマ大公領の公都ムオゼトを併呑した時、ヴァスガルト軍の総兵力は千を超える数になっていた。ターニオス大公領と同じく膨大な戦争消費に喘ぐ民衆は、戦争からの解放を唱えるヴァスガルトに同調し、士気も高い。

これに対し、大公ウラバラル=デュハマは前線の砦を捨て、ムオゼト奪回に全兵力を投入した。

ムオゼト郊外にて、ヴァスガルト=ジュナの千の兵と、ウラバラル=デュハマの三千の兵が対峙する。ダロウェを発ってから二十と七日が過ぎた日のことだった。



「陛下! ――陛下っ!?」

右も左も敵ばかりの絶望的な戦場で守るべき王を見失い、タナヴィスは気が気ではなかった。

僅かに残された正常な部分は、早く悪い夢が醒めればいいのに、と神か何かに祈っている。

「タナヴィス、こっちだ! 足を止めるな!」

目の前に立ちはだかってくる敵兵をまとめて薙ぎ払い、前方からヴァスガルトが呼びかけてくる。気を取り直し、タナヴィスは剣を振り回しながらも彼の元に駆け寄った。

このようにして間近で見れば見るほど、この竜殺しの力というものは尋常なものでないと悟る他なかった。後方よりどこより、ヴァスガルトの近くにいることが一番安全なのだ、とタナヴィスと彼に続く兵たちは理解した。

三倍の兵力を見せ付けるように横長に布陣したデュハマ軍に対し、ヴァスガルトは鏃のように陣を組み、一点突破によって勝機を得ようとした。その先陣を切ったのはヴァスガルトとタナヴィス、そしてダロウェから追従している二百の兵で、その後を残りの兵が続いている。

後方の兵がデュハマ軍に阻まれれば八方を塞がれて逃げ場を失いかねない下策だったが、王はタナヴィスの制止を振り切って出陣、今に至る。だが今、他ならぬヴァスガルトの力をこそ牽引力として、彼の軍はデュハマ軍を二つに割ってみせていた。

「ウラバラルだ、ウラバラルを探せ!」

タナヴィスが後に続く兵に号を飛ばす。その声に惹き込まれてか、デュハマの兵が彼を討ち取ろうと群れ来るが、しかし彼の兵はよく彼を守ってくれていた。単身突出するヴァスガルトも全く危なげなく斬り進んでいる。

祈ることを諦めた彼の正常な神経は、あの魔女がいてくれたら、と語りかけてくる。だが、魔女ティレイはいつの間にか王の傍らから姿を消してしまっていて、ヴァスガルトがそれに構わなかった為そのことはうやむやにされてしまっていた。

「――覚悟!」

そのような隙を見抜いて斬り込んでくる敵兵の剣を、タナヴィスは辛うじて受け流し、そして斬り伏せる。

前進また前進、そうして人の波が消える。その先に単身ヴァスガルトが立っていた。(やじり)の陣形が、ついにデュハマの軍を貫いたのである。

「よし、生きてるな? タナヴィス、ウラバラルの首を獲るぞ!」

正面から自軍の兵、その左右からは敵兵の視線を受けて、こちらを向いたヴァスガルトが、にっ、とふてぶてしく笑う。そうして、タナヴィスに近寄ると彼の肩をぽんと叩いた。

「もうすぐティレイが援軍を連れてくる――それまでに大将の首くらい獲っとかないと、面目が立たないだろ?」

そうして再び敵兵の群れの中に飛び込もうとするヴァスガルトを、タナヴィスは腕を掴んで引き止める。

「どうした?」

目の前の敵兵から注意は逸らさず、ヴァスガルトが行動の意味を問い質す。

「闇雲に攻め込んでもウラバラルには辿り着けやしません。居場所を突き止めないと――」

言いながらも、タナヴィスの目は忙しくデュハマの旗印を探していた。そうする間にも次々と敵兵が波涛のように押し寄せるが、後に続く味方の兵や、他ならぬ王自身がしっかりとそれを食い止める。

そして。

タナヴィスは右方に流れていくデュハマの旗印を見付け出していた。あれだ、と差し示すと同時、ヴァスガルトが猛獣の咆哮の如く号を発して再び敵陣を掻き乱してゆく。

乱戦。やがて――

「ウラバラルを獲ったぞ! 俺たちの勝ちだ!!」

ヴァスガルトのその勝利宣言に、周囲の兵が一斉に勝鬨の声を上げる。それですぐに戦闘が終息した訳ではなかったが、しかし大将を失ったデュハマ軍の士気は目に見えて瓦解してしまっていた。やがて南方から攻め上ってきたターニオス大公軍の姿を見ると、ついに戦意を失い、彼らは皆武器を捨てて降伏したのだった。

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