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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
2章 辺境の伏竜

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2-7

翌日、兵間にて竜殺しの英雄ヴァスガルトが自ら提案した無謀極まりない大博打の話は、瞬く間に全ダロウェ軍兵士に伝えられた。

おおよそ訓練も終わり、ウルガ砦――ターニオス大公の下に移動を開始するまで後数日、という日のことである。

博打の内容はこうだ。

ヴァスガルト率いる分隊が本隊とは別行動を取り、北のデュハマ大公領を攪乱してウルガ砦に戻る。三十日経っても戻らなければそのままターニオス大公軍に編入。しかしもし彼が無事に生還するようであれば、ダロウェの兵はターニオス大公に反旗を翻して、ヴァスガルトを王と仰げ、と。

これはブレデン王やその臣下は勿論のこと、新王国建国の企みを水面下で進めていたメルエーヴェらも預かり知らぬことで、全くヴァスガルトの独断専行という他なかった。

噂が広がる、ということはつまり人の口に戸が立っていない、ということで、当然これはその日の内に王の耳に入れられ、ブレデンは直ちにヴァスガルトを召喚することとなった。

今、玉座の左右には彼の臣下が並び立ち、メルエーヴェは彼が初めてここに立った時のように、ヴァスガルトの傍らに控えている。

「ヴァスガルト、頼もしき我が臣下よ。今、貴公の周囲に不穏な霧が立ち込めているようだ。不当な疑いを晴らしたいと思うならば、臣下として我が問いに嘘偽りなく答えよ」

厳かに、しかし欺瞞に満ちた口上が、玉座から発せられた。ヴァスガルトは言葉では返さず、ただ一礼を返すだけに留める。これだけでもブレデンは感情に任せて無礼討ちにすることも出来ただろう。そうしないのは、彼にとっても失うことが躊躇われるだけの価値がヴァスガルトにあった、という証左だった。

「我が兵たちがな、妙な話を囁き合っていたと言うのだよ。竜殺しの英雄が北を攻めて戻れば、彼を王として迎えるのだ、と。可笑しな話だろう?王とは私であり、ターニオス大公であるのだからな。竜殺しといえば、このダロウェには貴公一人がいるのみだが、しかしこのブレデンの臣下たる貴公が王になるとは、全く道理の通らない話でな。まあ、貴公がこれを下らん作り話だと一言言ってくれればそれで終わる話だ。さあ、それをわしに聞かせておくれ」

たっぷりと持って回った言い方で、ブレデン王は慈悲深くもヴァスガルトに贖罪の機会を与えてくれているつもりのようだった。が、しかしヴァスガルトはそれでも言葉一つ発しようとはしない。

沈黙。

ブレデンのその柔和な笑みの裏側にあるものを感じ取ってか、誰一人としてこの沈黙を破る者はなかった。父親に対して普段あれだけ不遜な態度を取り続けたメルエーヴェでさえ、ヴァスガルトの陰に隠れ息を潜めるのみだった。

そうして、どれほどか時が過ぎる。ついにブレデンの仮面が剥がれるかと思われたその時、ヴァスガルトが笑った。哄笑。皆が唖然として見守る中、ひとしきり笑って満足したか、やがて彼はそれを収めた。呟く。

「メル、覚悟を決めてくれるか?」

傍らのメルエーヴェの瞳を見据えて、ヴァスガルトはただそれだけを言い、そしてそうすることを求めた。彼女にだけ見せるその表情には、浮ついた表情の色は一つもない。ただ、厳しくも優しい力強い意思だけがそこにはあった。

「ぁ……」

逡巡も僅かな間のこと、彼女は彼に縋り付かんとする自らの腕を跡が残らんばかりに抱きしめ、しかし弱々しく応えた。それはあまりにもか細い声で、周りの者――或いはヴァスガルトにさえ届かないかと思われるようなものだった。

「……愚昧な王などいつの世にも不要なもの。あなたが新たな王になる覚悟であるなら、私はあなたの手に父の処断を委ねます」

その表情は複雑でどのような感情を読み取るのも困難であったが、ヴァスガルトはそこにある覚悟の色だねけを然と汲み取り、そしてかたかたと震えるその細い肩を抱いた。

そして、一歩踏み出す。

「確かに、今俺はお前の臣下に過ぎない。だが、一つ思い違いをしているようだから、まずは訂正させてもらおう。俺は決してお前に忠実ではない。

多弁なのは、俺を惜しむあまりのことか、それとも恐れるが故か。残念ながら俺はお前の才覚の何一つとして惜しいとは思わん。

愚昧なる王、玉座の心地に耽り、その下に何を敷くかも分からぬ愚物よ。貴様が今俺に討たれるのは、ただその愚かしさの故だと知れ!」

ヴァスガルトの今のメルエーヴェとの接し様に憤り、勇ましくも立ち上がって彼を罵倒しようとしたブレデンだったが、しかしヴァスガルトが言葉を発し始めると、彼の気勢に圧され、浮いた腰が再びすとんと玉座の上に落ちた。

「わしを討つと? 莫迦な……貴様、謀叛でも起こすというか? 誰だ、誰に唆された!?」

彼の恫喝にすっかり動揺して――気圧されてまともに彼の目を見られないということもあっただろう――ブレデンは左右に首を巡らし、家臣の中から謀叛の首謀者を探そうとした。

もし首謀者なる者がいるとするなら、それはメルエーヴェの他にはない。だが彼女はブレデンに隠居をこそ勧めるつもりではあったものの、実の父を討ち取るようなことまでは考えになかったから、覚悟を決めたとて、ヴァスガルトの背後で俯き、蒼白な顔を覗かせるばかりであった。

そもそも。ヴァスガルトが王位を望んだのは、誰に唆された為でもない。それは彼が自ら望んだことである。だから、左右の家臣団を割って立ちはだかる近衛たちの姿を一瞥した後でさらに一歩踏み出すことも、彼自らの意思によることであった。

「謀叛? 無粋だな、簒奪と言って欲しいもんだが――これは俺の意思だ、誰に唆された訳でもない。敵はレスレンティオ王国。お前やお前に顎で使われるだけの雑兵なんぞ、眼中にない。さあ、その玉座を明け渡せ」

更にまたヴァスガルトが一歩を踏み出す。と、別段彼が凄んだ訳でもないのにも関わらず、彼の前に壁を作っていた近衛兵たちが、それに合わせて一歩、或いは二歩後すざる。それは以前にも見られた光景であった。

「おーおー、お前の兵たちは優秀だな。勝ち目のないことは前の一件で身に染みて分かってるらしい。

……ブレデン、これが最後の警告だ。玉座を明け渡せ、そうすれば生かしておいてやる。あくまで俺に逆らうと言うなら、お前も一国の王だ。雑兵なんぞに頼らず、お前自身の力を示してみるんだな」

ヴァスガルトがとうとうそう言い放つと、途端、近衛兵たちは潮が引くように左右に分かれて壁を解き、彼とブレデンの間に道を開いていた。口を手を全身を戦慄かせた王らしからぬ王が、そこでは無様に玉座に張り付いていた。

ここで引き下がることが出来ていれば、或いは彼にも新王国の祖として誉れ高く生きる道もあったかもしれない。が、今の彼には自らの引き際を悟る機知さえも欠けてしまっていた。ただ彼は周目が自身に注がれているのに気付いて、もはや欠片もあろうはずのない王の威信を取り繕おうとしてしまった。憐れだとて、それが彼の選んだ道であることは否定しようもない。

半ば権力欲の本能に押し出されるように立ち上がり、そして近侍から剣を奪い取ると、段を降りてヴァスガルトと対峙する。

「もはや慈悲も枯れた! 英雄といえど、竜殺しも所詮は数に頼んでの、借り物の看板に過ぎまい。自らの愚かさを、我が剣の露となって悔いるがよいわ!」

そう言うと、ブレデンは両手持ちにした剣を上段に構えた。世襲とはいえ、彼とて何の才覚もなしに王になったものではない。武力至上のこの時代に王でいられる以上、彼の剣腕は決して人並のものではなかった。

が、先んじて動いたのはこの時ヴァスガルトの方であった。剣を片手に下げ持ち、何を構えることもなく歩を進めて間合いを詰める。

「愚かな、死にに来るか!」

声と共に鋭く息を吐いて、ブレデンが踏み込む。目の前の叛臣を上段から両断にする姿を夢に描いて。

しかし。

両断されたのは彼の剣であった。ヴァスガルトの剣は、ブレデンが斬り下ろすよりも早く振り上げられ、そして打ち下ろされていた。

鉄剣が青銅のなまくらを断ち割り、次にはブレデンの体をも、一刀のもとに両断してしまう。

袈裟懸けに斬り分かたれたブレデンの体は、それぞれに膝を折り、そのままどうと倒れた。びくびくと痙攣して、その場を血溜まりに変えていく――ヴァスガルトはもはやそれには構わず、左右に居並ぶ家臣団を睨み渡した。

怯え竦む者、驚嘆する者、皆表情は様々だったが、しかし何にせよ、王の敵を討ち取ろうとする姿勢はそこには見られなかった。

力尽くではあったが、皆彼を新たな王と認めざるを得ない状況がすでに出来上がっていた。少々物足りなさを感じながらも、ヴァスガルトはブレデンの死体を跨ぎ越えるとそのまま泰然と玉座についた。思ったほどの座り心地でもなく、ふん、と彼は鼻を鳴らした。

「メルエーヴェ、来い」

ヴァスガルトが、玉座から彼女に手を差し伸べる。彼女はさすがに父王の骸を跨ぐような真似はしなかったが、その脇を通り過ぎて、迷わず彼の手を取った。

奇妙な昂揚感が、今、彼を包み込んでいた。それは感慨ではない。まるであの時――暴竜クルヴォレクを討ち果たし、そうして切り裂いた心臓から迸る鮮血を浴びるように飲み込んだあの瞬間のような。

物足りない、暴れ足りない――まるで暴竜が乗り移ったような飢えを感じながら、しかし彼はその感情を押さえ込んだ。

そうして、ようやく玉座についた感慨が感じられるが、それは妙に空虚だった。傍らのメルエーヴェの、父を失った悲嘆も、彼の心に影を落とすほどのものではない。

ただ、感慨の多寡で事実が変わる訳でもない。この時、この場においてヴァスガルト=ジュナが次代の王として台頭したこと――これは明確な事実であった。

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