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謀叛を起こす、などと軽々しく言えるものではない。ことに父王ブレデンは小心者であったから、メルエーヴェがまず召集したのは、彼女にとって信用に足る者たちだった。
父王への表向きの報告を簡素に済ませた後で、ヴァスガルトと共に彼女の私室に集められた者は4名。その中には、彼女の幼馴染みであり、許婚でもあったタナヴィスの姿もあった。
「これから話すことは他言無用、一蓮托生のつもりで聞いてもらうからね。その覚悟がないなら、今のうちに出て行って」
始めにメルエーヴェはそう前置きをしたが、しかしそれで怖気づくような者がいるはずもない。皆の真摯な視線が全て自身に向けられていることに満足し、おどけて肩を竦めてみせながらも、彼女は後を続けた。
教団の後援を得てダロウェ、レイゼルクの民や難民の中から多く兵を募れるようになったこと、当面の兵糧や鉄器の用意についても教団から得られるように約束を取り付けたことは、先のサルディエとの話し合いの通りであり、またメルエーヴェが父王に報告した通りのことでもある。
これから先がこそ、彼女の企みであった。
ヴァスガルトを王に据えること、これだけでも彼らを動揺させるには充分だった。が、更にメルエーヴェは至近の戦略について大胆な構想を提示し、皆を驚かせた。
どれほどの大軍を組織し得たといえども、それを維持するための兵糧を持ち得ないことが現状では第一の障害となる。教団とて長期にわたって食糧の援助は続けられないと言ったし、当のメルエーヴェも約束を取り付けたのはあくまでも短期の援助に過ぎない。
「兵糧がない――それは何故か。ターニオス大公が大公領全土から前線へと吸い上げてしまって
いるから。なら、前線の砦には食糧は幾らでもあるはずよね?」
「なるほど、そこを背後から攻めて食糧を掠め取ろうということですな?」
メルエーヴェの意味ありげな物言いから企みを見抜いたつもりになったか、将の一人が彼女の
言葉を遮って後を続ける。が、彼女はそれまで机上の地図を指し示していた指揮棒を振って、ぺち、と彼の頭を叩いた。
「残念、大外れよ」
「そうですね、なまじそのようなことをして攻め返されれば一溜まりもない。やるならば反攻の余地を残さず一撃で攻め落とさなければ……しかし、飢えた兵ばかりで、そのような大胆な奇襲などかけられるものでしょうか?」
次に口を開いたのは、メルエーヴェの許婚たるタナヴィスであった。意外に考える頭はある、と感心しながらも、しかしそれとて彼女を満足させる解答には至らず、ぺち、と頭を叩かれる。
「どうして皆そう好戦的なのかしら。謀叛を起こすといっても、反旗を翻すまでは大公の軍のままなのに」
それでようやく皆にも合点がいったようだった。つまり彼女の企みとは、大公の軍として入砦し、兵糧を充分腹に蓄えた上で中から攻め落とそうというのだ。ここで大公を討ち取ることが出来れば、その時には、新王国興れり、と唱えて大公領を一挙に掌握することになる。
「――しかし」
と、また別の将が異論を唱える。
「砦を落としたとて、そこは前線。ターニオス大公を討ったとすれば、次にムオゼト、ウィーゼンの両大公と対立するのは我々ということになりましょう。砦の攻略で要らぬ消耗を強いられた
時には、苦戦は免れますまいが?」
それはメルエーヴェも考えあぐねていた点であった。痛いところを突かれて、珍しく彼女が唸ってみせる。
ターニオス大公を暗殺し、その事実を突きつけた上で数の優位を示して降伏させようというのが彼女の策であったが、それが綱渡りの如き企みであることは彼女自身も自覚していることである。大公暗殺の成否以前に、大公の軍に匹敵する数が集められるかどうかが何よりまず大きな壁となってくるから、何かもう一つ決め手となる策が欲しいところではある。
「なら、兵を二つに分けて、北の大公領を掻き回すってのはどうだ? 自分の領土が混乱させられれば、そうそう攻め手に出られもしないだろ?」
相変わらずこのような場の緊張を解さない呑気な調子で、そう言葉を発したのはヴァスガルトであった。決して下策ではあるまい――が、しかしその提案を支持するような反応は、そこには一つとして見られなかった。
「いい案だとは思うわ。実行できたなら、ね」
南のターニオス大公領から北のデュハマ大公領へと進軍する為に避けて通れないもの――それは広大なリモネ大森林に他ならない。この大森林、正確にはここを住処とするリモネ・フェルトゥク族がその策を阻んでいる事実を、メルエーヴェは彼に教えた。
それはダルケオ山脈育ちの彼の他は、皆が知っていることである。争いを好まないリモネ・フェルトゥク族は、森に武器が持ち込まれることを断固として拒絶する。魔法を用い、森の精霊と共謀して彼らは人間を迷わせ、追い返し、時には死に至らしめることさえあるという。
それこそ森の浅いところでなければ狩猟を行うことさえ許されないという徹底ぶりだが、しかしその反面武器と害意を持たないなら危害を加えることもない。だから難民が街道を避けて森を横切ろうとした時には、彼らは姿を見せてはいなかったと聞く。
しかし、ヴァスガルトらが兵を率いて行ったならば、その時に彼らが明確な敵対姿勢を示してくるだろうことは想像に難くない。森は、ここでは壁と同義の障害として立ちはだかっているのだ。
ならば、とダルケオ山脈から迂回しようにも、北部はクルヴォレクの存在もあって殆どが未踏域である。
冬の到来もそう遠くない。デュハマ大公領に抜ける道を探そうというのも現実的ではないだろう。となれば後には東回りで森を迂回する道しか残らないが、この道の途中にはターニオス大公の砦が置かれているから、大公に気取られずに進行出来るはずもない。
「ははあ……武器を持っては、ね」
それでもヴァスガルトはまだ何か考えているようだった。が、その彼をメルエーヴェが半眼で眺める。
「まさか、武器を持たずに進撃する、なんて言わないわよね? そんなことが出来るのはあなたくらいのものよ」
「何だよ、誰もそんなこと言ってねーじゃねえか」
見るからに動揺した様子のヴァスガルトを、顔にそう書いてある、とメルエーヴェが笑った。
実際、彼の考えていたことは全く別のことだったのだが、言う機会を逃してしまって、そのまま笑いものにされてしまう。
結局のところ、この会合では明確な戦略は示されず、それは後の課題とされた。その為、ヴァスガルトを中心とする新たな王国の建国という計画も伏せられ、徴兵も単にターニオス大公への奉仕と難民問題の解消という名目で行われることとなった。
本格的な冬の到来に先んじてメルエーヴェは信頼できる者をレイゼルクに派遣し、後はダロウェ周辺において地道な兵員の募集が行われた。難民は皆戦争を逃れて来ている者たちであったから、数よりは士気を重視して、彼女は強行策を避けて彼らの自主性に訴えるように、と指示を発した。
ここで大きな効果を見せ付けたのはヴァスガルトの竜殺しとしての声望で、拙くも彼が演説を披露すると、彼の英雄性に惹かれて志願する者も少なからず見られた。
そうして、春が訪れる。雪はまだそこここに残っていたが、メルエーヴェの施策が功を奏し、難民の中からの飢えや寒さからくる死者の数は最小限に留められた。それで得た信頼からも、兵数は増えていった。
難民まで含めたダロウェの周辺人口はおよそ一万強。そこから得られた兵数は、この時には千五百ほどであった。ダロウェも難民窟も、既に戦争に成人男子の殆どを取られてしまっていて、女子供や老人といった社会的弱者が人口の大半を占めている現状だったから、これだけの兵員でも動員できたということは驚異である。
そこにレイゼルクで徴兵された一団が加わると、その総数は五千強までになった。こちらは今
まで戦争と無縁であったことに加え、ヴァスガルトの声望がダロウェ以上に強く印象付けられていたことが、四千近い数字に繋がることとなった。
当然ながら、ターニオス大公の軍に勝る数とはならなかったが、それは予想を優に越える兵力である。新教主サルディエの尽力もあって当面の兵糧の心配はなく、また、鉄製の武器防具も主力のほぼ全員に行き渡らせることが出来ていた。
一時のこととはいえ、人口だけなら今や一万五千を数える中規模の都市となったダロウェ。ヴァスガルトが真に待望した人物は、訪れるなりその騒がしさに顔を顰めたのだった。




