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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
2章 辺境の伏竜

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2-4

案の定、ヴァスガルトの提案は簡潔であった。

戦争を止めさせる、と。先の暴竜討伐と同じように、シンプルに彼は考えているようである。

戦争が終われば今のような理不尽な兵糧の徴発もなくなるだろうし、よくすれば蓄えられた兵糧を難民に回してやれるかも知れない、とまぁそのような発想なのだろう。

無論、現実がそのようにうまく運ぶ訳はない。一旦戦争が終わったとて戦後処理は長く続くし、火種はあちこちに残るから平穏がどれだけ続くかということも不確かである。

竜殺しのような簡潔な結末にはならない、と至極理性的に判断を下して、サルディエはこのヴァスガルトの提案を否定する。元来平和を尊ぶ性向のフェイトンであっても、残念ながら見解は同様だった。

ただ、メルエーヴェだけは彼の真意を測るように、隣から彼の表情を覗き込むようにしていた。

「戦争を止めさせる、と言っても方法は色々とあるわよね。出来る出来ないは別として。ヴァスガルト、あなたはどうやって今の膠着状態を崩そうと言うの?」

「…………どうやって、って言われてもな。なんかすりゃ止まるんじゃないのか?」

同じ長椅子に腰掛けながら向かい合うようにして、メルエーヴェがヴァスガルトに尋ねた。が、特に深い考えがあっての発言ではなかったのだろう、問われて彼は困ったような表情を浮かべた。

「泥沼の混戦ですから、正攻法で止まるものでもありますまい。要人の暗殺、兵糧の簒奪や焼き払い、奇襲的な妨害や遊撃――どれをしても、一度捕らえられれば死罪は免れますまいが」

正式な交渉の場でありながら堂々と蔑ろにされて、非難がましい声でサルディエが横槍を入れる。その彼に向けても、フェイトンが嗜めるような視線を送っていたものだが、残念ながら良識の通用する相手などこの場にはなかった。

「面倒くせえな。ダロウェに一万、このレイゼルクに二万、合わせりゃ相当の数だ。力押しで攻めた方が早いだろ」

傭兵家業の長いヴァスガルトである、命を賭けることに躊躇はなかったらしい。それよりはむしろ搦め手などと回りくどい戦法をとろうということの方に彼は難色を示していた。

「数の上ではそうでしょう。ですが、所詮彼らは戦禍を逃れて辺境に落ち延びてくるような弱い民です。しかも今は食糧の配給すらおぼつかずに飢える者ばかり。兵を募ったところで、量も質も揃うとは思えませんが」

どこまでも直線的なヴァスガルトの思考に半ば辟易しつつも、しかしサルディエは自らの弁舌にいつもの冴えがないのを感じていた。この男に呑まれている? そんな考えが頭の隅に浮かんだのを、慌てて掻き消すように彼は頭を振った。

「ナバニールに救いを求めて、ってんだろ? んなお題目を幾ら唱えたって腹の足しにもならないって、連中もいい加減分かってる頃だろうよ。あっちの戦争が終われば、こっちにだって容赦なく手は伸びてくるんだ。教主さんには悪いが、どっかで戦わなけりゃ、救いなんか一生得られやしねえ。だったら、胆を括るのは早い方がいいだろが」

至極明快な論理で、ヴァスガルトは涼しい顔をしたままこともなげに核心をついてくる。

彼が今口にしたとおり、それぞれ大公たちに野心がある以上、確かに大陸統一の機運はあるのだ。今の膠着状態が解消されれば、この勢いを買って統一戦争へと雪崩れ込む可能性は少なくなかったから、その時にはダルケオ山脈の雄たるレイゼルクに戦禍が及ぶことも充分に考えられることだった。

「ヴァスガルトどの……貴公、ナバニールの子らに死ねと仰られるか?」

それを言ったのはサルディエではなく、目の前の豪胆な若者の突拍子もない提案からこちら、ずっと発言のなかったフェイトンであった。身を前に傾け、しかし非難するのではなく、真意を確かめようとするようにじっと彼の目を見据えてくる。

「ああ、その通りだ。だからって、無駄死にさせるつもりはないけどな」

そのフェイトンの視線を真っ向から受け止め、そしてヴァスガルトは迷いもなく笑い返した。

嘘偽りも企みも何もない。彼がそうと知らず備えているのは、全ての者への救済、二心ない寛容だったように、フェイトンには感じられた。

「――もし教主さまがお認めになられるなら、私に一つ考えがあるのですが」

これもしばらく発言を控えて様子を伺っていたメルエーヴェの言葉であった。伺いを立てられたフェイトンが頷き返して肯定の意を示すと、彼女は更に言葉を続ける。

「もはや正統な後継者のいないレスレンティオ王国など滅ぼして、新たな国を築こうと思います。この竜殺しの英雄をこそ次代の王として。

国を憂い、民を哀れむことの出来るこの男には、品位を除けば、およそ王者に求められる風格は充分に備わっていると私は思っております。教団が後ろ盾となれば、この大陸の統一さえ不可能ではない、とも。この者自身、覇道を往く意志を持つ者です。なればこそ、私はこの男を王にしたいのです」

メルエーヴェが柄になく熱く語りかけるのを見て、フェイトンはすっと眩しそうに目を細めた。

時はもはや乱世である。求められるのは賢者でも聖者でもなく、英雄であり覇者であるようだった。確かにもはやこの老体の出る幕はなく、ヴァスガルトは英雄の声望を置いても覇者の資質を持ち得ているだろうと思われる。その本性が悪でないことも分かれば、信徒や難民たちの運命を彼に委ねるのは神の意志であるのかも知れない、とフェイトンは考えられるようになった。

「彼を、王に」

それは肯定でも否定でもない、フェイトンの呟きであった。細めた目のままで視線を転じ、ヴァスガルトをまたじっと見据える。

その様子がどれほど長く保たれた訳でもないが、やがてフェイトンは薄く寂しげに笑った。もはや自分が教主でいる意味はないのだ、と、そう思い至って。

「ヴァスガルトどの、ナバニールの子らをよろしく頼みます。――サルディエ、唯一つ誓うがよい。ナバニールの名を汚さぬことを」

彼を王と認め、フェイトンは座したまま深々と頭を垂れた。それからおもむろに立ち上がると、隣の修道士に唐突ながら誓いを求める。

いきなりのことに、何を言い出したものか、と多少の動揺を見せながらも、しかしサルディエは教主の手を取ると、その甲を額に当て、聖句を紡ぐように短い誓いの言葉を声に発した。

「我、汝の誓いを認めん。――サルディエ=ローデンウェリ、誓いによって今この時よりお前を教主とする。神と信徒の為に生きよ。……よいな?」

教主の威厳を持って言い渡し、サルディエが躊躇いながらも厳かにこれを受けると、フェイトンはヴァスガルトに再び頭を垂れ、そうして部屋を辞した。

これが彼なりの幕引きであったのだろう、これ以降、フェイトンの名が歴史の表舞台に上ることはなかった。

「…………じいさん、呆けてたのか?」

「…………うーん、ここはおめでとう、と言うべきなのかしら?」

それぞれ呆気に取られて、ヴァスガルトとメルエーヴェがそれぞれ的外れなことを言った。が、サルディエは軽く頭を振る。

「いえ、幾分衰えはしていたといえ、そのような様子はなかったはずですが。つまりは面倒を押し付けられた、というところなのでしょうな」

おどけたように言ってサルディエは肩を大袈裟に竦めてみせたが、生来野心家の彼のことである、その表情はまんざらでもないようだった。つまりはこの男も乱世に長じた気質の持ち主だ、ということなのだろう。

「ま、あのお堅い先代よりもあなたの方が話は早そうだから助かるけれど。……それで、あなたはヴァスガルトを王と認めてくれるのかしら?」

呆気に取られていたのも過ぎたこと、メルエーヴェは早々に話を元に戻して新教主に意向を尋ねた。

「彼を王に据えることに関しては、私にも異存はありませんよ。――但し、何か堅実な策があるというのならば、ですがね?」

「らしくねーな。お前、クルヴォレクの時にはあんだけ乗り気で大博打打っただろよ。今度も素直にそうしてくれりゃいいってだけの話じゃねーか」

暴竜討伐の際にあれだけの工夫兵員を動員できたのは、サルディエが賭けに乗ったから、という面が大きい。それを知るヴァスガルトからすれば今回の彼の反応は意外という他なかったのだろう、身を乗り出して彼の表情を窺うが、しかしそれを見下ろしながらもサルディエは淡白に首を振った。

「大博打? あなた方がそう思うのは勝手ですけどね。ゾミウ山に閉じ込められた暴竜を倒すことは所詮籠の鳥を縊るようなもの、それを仕損じたところでレイゼルクに禍の及ぶ余地はなかったんです。

けれど今回は戦争です。万が一にも攻め返されれば、その時にはこのレイゼルクさえも血に染めかねない。しかも募って兵が集まるかどうか、動員できたとてそれを養いきれるかすら分からないというのでは、賭けにもなりますまい?」

「ふうん……要はあなた、ヴァスガルトが暴竜を仕留めることなんてまるで期待していなかったのね? 彼に兵を預けたのは、それで少しでも食い扶持を減らそうと考えたから――とても聖職者とは思えないわね。教主の座、早々に返上した方がいいのではなくて?」

つまり、このサルディエという男は、今やナバニール教団という膨大な物的人的資源を持つ投資家なのである。その本性は堅実かつ冷徹で、博打の要素など入る余地もない――それがひどく非人間的なものに映って、メルエーヴェは嫌悪感を隠そうともせず、辛辣にそう言ってのけた。

「……おい、どうした?」

そのように毒々しげに感情を露にする彼女の姿などは見たこともなかったので、宥めようとしたヴァスガルトが慌てて彼女の肩に手を置く。が、メルエーヴェは視線を向けることさえせずに、乱暴にその手を払い除けた。

「黙ってて。邪魔よ」

「おやおや、喧嘩かね? このような場で、好ましくはないな。――君には悪いけれど、せっかく思いがけず転がり込んできた頂点の座だ、手放す気にはなれないな。いや、悪くなどないはずだよ。君の交渉相手として、僕ほど理想的な相手はここにはいないはずだからね」

交渉の場において、感情を露にすることは決して賢明ではない。それは自らの手の内を相手に晒すことになりかねないからだ。そのことを知っているサルディエは自身が優位に立ったと考えたのだろう、寛大な聖職者の顔さえ作って、彼女を嘲るようにした。

「理想的? 自惚れもいいところ、私は誰が相手だろうと構うことなどないもの。

さあ、話を進めましょう。いいわ、あなたがそうまでレイゼルクを大事に思っているというなら、聖都には禍の及ばないようにして差し上げます。要求は二つ。一つは聖都周辺にある難民居留地での徴兵の容認、もう一つは彼らに対する最低限の食糧の援助。それだけなら、あなた方ナバニール教団の関与は表には出ないでしょう?」

あまりに簡潔なメルエーヴェの要求に一旦は目を丸くしたものの、しかしサルディエは顔つきをすぐに普段の抜け目ない表情に戻すと、その話の旨味を探った。

「まあ、悪くはないね。それで、協力した時にはどんな見返りがあるのかな?」

「徴兵した者たちはそのまま私たちが頂きます。食い扶持が減るだけでもありがたいのではなくて?」

「おいおい、冗談は止めてくれ。若い男は、耕作地を広げる為にも必要な人員だ。それを供出するというのは大変な痛手だよ。それで何の儲けもないというのでは、とても協力する気にはなれないね」

食わせ者なのはお互いさまとばかり、サルディエとメルエーヴェは上辺ばかりは和やかに、再び舌戦を開始した。

「仕方ないわね、それなら私たちが勝利した暁には、占領地での布教権を認め、これを保護致しましょう」

「布教権、ね。いっそ国教に定めてくれればありがたいのだけれど?」

「教団が表立って我々の後援を買って出るというならそれもあり得ましょうが。そのつもりはないのでしょう?」

正直、教主がフェイトンのままであればそれもよいかと思っていたメルエーヴェだった。が、しかしサルディエに代替わりした今となっては、この狡猾な男に大きな影響力を与えることは後に禍根を残すことにもなりかねなかったから、それは大いに躊躇われた。

一瞬、視線に緊張が走る。だがこの時には、先にその緊張を解いたのはサルディエの方だった。

「いいでしょう。布教にあたって教会は不可欠なもの、勿論これの建造も認めてもらえますな?」

「教会……そうですね、それは認めます。その代わりという訳でもないのですが、ドゥメラク族への口利きをお願い出来ませんか?」

「……いえ、それは出来ませんな」

国教化についてあれほどあっさりと引き下がっておきながら、しかしサルディエはこの交易権についてはきっぱりと拒否の意向を示した。

これに関しては、交易を成立させたフェイトンの功績があったためメルエーヴェも無理に承諾を取り付けようとは思ってはいなかった。が、サルディエがこれを拒否したのは、そのことばかりが理由ではない。

暴竜討伐によって主を失ったゾミウ山周辺の土地は、ヴァスガルトの報奨放棄もあって教団にその所有権が転がり込むこととなった。が、そのことが定まってから間もなく、ダルケオ・ドゥメラク族がここに巨大な鉱床が眠っていることをフェイトンに告げ、サルディエが彼らにその採掘権を認めたので、その恩もあり、教団とドゥメラク族の交易による利得は莫大なものになると予想されていたのである。

であれば、この期に及んでその利得を横取りされるような愚行は、サルディエが取るはずもなかったのであった。

「それでは、教団を仲介しての交易ということではいかが? 鉄製の剣や槍、盾などが揃えられれば、勝機はずっと増すと思われますしね」

「それならば構いませんよ、仲介料さえしっかり頂ければ、ね」

改めてのメルエーヴェの申し出を、サルディエは大層機嫌よく承諾した。その顔は聖職者のそれではなく、すっかり商売人の顔であった。

それからまた幾つか細かい取り決めをして、メルエーヴェとサルディエの交渉は終わりを迎えた。双方思惑の全てを明かそうとはしなかったから、この場で優劣の決まるものではない。むしろ両者の争いは、今この場から始まったといってよかっただろう。

世俗と教団の主導権争い――これはこの先、大陸史上において目まぐるしく上下を入れ替えながらも延々と繰り返される事柄であった。

ともあれ、目的を果たしたヴァスガルトとメルエーヴェはダロウェへの帰途についた。そのまま何事もなく城へと辿り着くと、彼女は旅の疲れも見せず、すぐさま行動を開始したのだった。

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