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FarceMythos ー屠竜王大征ー  作者: 奏似
序章

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1/26

月のない晩、人気(ひとけ)のない塔の上――そこに今、一組の男女の姿があった。それを見る者がいれば誰であれ、密会だ、とそう囁いたことだろう。

しかし、彼らに気付く者はいない。

これは真実密会であるのだから。男女はそれぞれ人目を憚ってここに至り、そして人目を忍んでここにいるのだ。

だといって、彼らが恋を語らい戯れているという訳ではない。二人は純情でいられるほど若くはなかったし、また、そのような雰囲気とは少々異なっていた。

男の目に宿る熱情は穏やかなものではなく、視線はもはや自制も利かぬ激しさを孕んで女に向けられている。だというのに、彼はひどく怯えたように身を竦ませてもいて、相反する二つの衝動の狭間で憐れに揺らいでいるばかりのように見えた。

他方、女はそれを超然と見下ろしている。そこには彼のような熱情はなく、まるで獲物を捕らえた蛇の如く、絶対者の視線を冷然と差し向けているばかりだった。

「――私には! 私には……出来ない。私は陛下を敬愛しているのだから。陛下をこの手にかけるなど……」

気力を振り絞ってか、一旦は気勢よく発せられた声も、女のその視線に射竦められると途端に勢いを失ってしまって、男は最後まで言葉を紡ぐことさえ出来なくなってしまった。

「左様か。ではわらわは世を去るその瞬間まで、ずっとかの王のもので在り続けるであろう。自ら敗北者に成り下がった者に目を向けることも、もう二度とはあるまいて」

視線同様に冷たい声が、淡々と事実を告げる。それが確実に男の心を深くえぐることを女は知っていた。すでにその心を掌中に収めていれば、ことさらに強い言葉を浴びせる必要もないと分かっているのだ。

事実、男はその言葉一つに、石の如く身を固くしてしまっていた。その固く閉じられた手の中に、小さな紙の包みがある。先ほど女から渡された包みの中にあるのは、飲む者に永遠の安楽をもたらすもの――毒薬。

それは今に至るまで王の気力を体力をじわじわと削ってきたものだった。今日までの王の容態を見れば、これが最後の一盛りであることは、彼にも容易に想像がついてしまう。

これが最後の一手であると分かって、それで男はようやく己が所業の恐ろしさに気付いたというように、事ここに及んで躊躇いを見せたのだった。

しかし、女は知っている。彼が自らの野心の為、美貌の魔女を手に入れる為に自らこの薬を欲したということを。彼がもう、後戻りの出来ないところまで来てしまっていることを。それらのことを、彼自身がはっきりと自覚している、ということまでをも。

だから、彼に脅迫の言葉は要らない。魔女は嫣然とただ一言だけを告げた。

「そなたの望むままに。わらわはそれに応えましょう」

そうして女は塔を去った。男は彫像に変えられたかのようにその場を動けずにいたが、しかし、それでも夜明けまでには塔を離れたようだった。

長く病床にあった王が世を去ったのは、それから僅かに数日後のことである。彼の死は、出奔した王子の帰還を待つべく、しばらくは伏せられたままとなっていた。だがしかしどれほど手を尽くしても、ついに王子が王宮に姿を現すことはなく、結局のところ、喪を発して王の葬儀を取り仕切ったのは、いっそ憐れなほど悲しみに暮れた正妃メリーシャヤであった。

元来連合王国の政体を採るレスレンティオ王国において、レスレント王家とはつまり五つの大公領を取りまとめる連合の盟主に他ならない。盟主でありヴァドステン大公でもあったレスレント王の玉座が空位となったことは、他四領の大公らに要らぬ思惑――いや、彼らにすれば至極当然の欲求であったのだろうが――を抱かせることとなった。

ヴァドステン大公の代官を買って出た宰相キュクノス=アダンやその他の諸侯は、この不穏な動きに反発して良好な同盟関係の維持に努めたが、大公たちの野心はそのようなものは顧みずに膨れ上がっていった。やがて大公たちが不和のままに王宮を去るに至って、王一人の手にまとめられていた拙い連携はついに音を立てて崩れてゆき――

――そうして、起こるべくして起こったのだった。レスレンティオ継承戦争に始まる大きな歴史の奔流は。

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