中編
僕と中尉は訓練所のカフェテリアへと移動し、芝生が見える席で向かい合う。
席に着くなり中尉が切り出した。
「小官は貴方と、いつかはこの機会を設けなければならないと思っていました」
「機会ってのは僕とお茶することかい」
僕の冗談に中尉は乗ってこなかった。
「少佐殿はこの戦争を、どう思いますか」
「随分と唐突な質問だね」
本当に唐突な質問だ。
良く言えば率直、悪く言えば性急、前置きも何もあったもじゃない。
「すみません」
口では謝罪しているが、態度は早く答えろと言っている。
なんだかなぁ。
「この戦争ってのは、共和国と帝国の100年に及ぶ戦争についてだよね」
僕は当てつけのように、回りくどい言い方をする。
「そうです」
「どうと言われても困るな。奴らが押し寄せてくる。僕たちはそれを押し返す。それだけの事じゃないかな」
「それだけですか」
「それ以外にやり様があるのかい」
僕は掌を天に向ける。
この戦争の基本は、帝国軍艦隊が共和国領内に侵入することで始まる。
その逆は、ほとんどない。
密かに帝国領内に浸透した共和国軍特殊部隊が、インフラ施設を攻撃することがあるらしいが、それだって年に一回あるかないかだ。
「帝国に勝利する方法はありますか。戦場ではなくこの戦争全体においてです」
「そんな方法があるのなら、是非とも教えてほしいと思っているよ」
負ける方法ならいくつか心当たりがあるけど。
「本当ですか」
「本当です」
僕は当たり障りのない返答に終始する。
中尉の質問は軍人としては珍しくない。むしろ、ありふれたものだ。
しかし、同時に大変センシティブな質問でもある。
この手の話題は、思ったことを口にすればいいというものではない。その場の空気を読むことが求められる。本心なんて、よほど気心の知れた相手にしか語らない。
そして、僕は中尉がこの話題を口にしたことに大きな驚きを覚えた。
僕たち程度の親密さでは、話題にすべきことでもないからだ。
しかし、偶然とはいえわざわざ機会を作ったということは、かなりの重大な要件なのだろう。その辺りが僕の中で上手く繋がらないよ。
これって僕と話をして、何になるのだろう。意味が分からない。
「君はどうなんだ」
そんな思いを乗せて質問をする。
「質問に質問で返さないでください」
「では質問を変えよう。どうしてそんなことを聞くんだ。これなら答えられるだろう」
僕の問いに中尉はしばし黙り込む。
「君は本心を語らない。僕も同じように語らない。君と僕は士官学校の同期だし、幾つかの訓練でコンビを組んだこともある。同じ釜の飯を食った仲ともいえる。だが、いってしまえばその程度の間柄だよ。そんな関係性で何を望んでいる」
中尉は眉をひそませた。
それでも美人は美人だ。顔のいい奴は何をやっても絵になるな。
「私は少佐殿がこの戦争において、悲観的な見方をされていると伺っております」
「・・・誰から伺ったんだい」
話の方向性が変わった。いよいよ本題かな。
「ヒルゴネン中尉からです」
「あいつ・・・」
僕は舌打ちを禁じえなかった。
ヒルゴネンは僕たちと同じ同期の桜だ。それだけじゃない。ヒルゴネンとは士官学校時代、宿舎で同室だった、僕の数少ない友人の一人。今は駆逐艦に乗り組んでいる。
「そんなこと、いつ聞いたんだい」
「士官学校時代から何度か。つい先日も、宇宙港で会った時に話しました」
「そんな前からかよ。君から聞いたのかい」
「初めは。今ではヒルゴネン中尉からも話してくれます」
「君とあいつがそんなに仲良しとは知らなかったよ」
ちょっと意外だ。
中尉は女性候補生の中でも、堅物で知られていた気がする。
彼女には心に決めた男がいるから、他の男たちのことはしゃもじ程度にしか考えてなさそうだったからね。
「彼の話によると、少佐殿はこの戦争に対してかなりの悲観論者であると。それは士官学校時代から変わりませんでした。具体的な事例も教えてくれました。ここで、お話ししましょうか」
「結構です」
取りあえず今度会ったら、ヒルゴネンの野郎はぶん殴ることにしよう。
あいつは女となると、口が軽くなる。中尉のような美人ならなおさらだ。
中尉の質問に、喜んで答える姿が目に浮かぶよ。
「はぁ。しっかりと裏を取っているのか。中尉には憲兵の素質があるよ。僕が推薦してあげる」
「お断りします」
「断ってくれてありがとう。君と同じ部署だと思うだけで胃に穴が開きそうだ。で、僕が悲観的だから何なんだ。君には関係ないだろう。個人の感想だよ」
「あります」
「ないね」
「あります」
「どうしてだい」
「あなたがそう考えるのはおかしいからです」
僕の困惑は度合いを深める。
マジで何を言っているんだ。この女は。
士官学校時代の仲間たちが、女は何を考えているか分からないとぼやいていたが、これは女とか関係なく、誰にも分からないだろう。
「・・・正直に言おう。僕は君が何を言っているのかさっぱり分からない。この話の根幹の部分を言いなよ。言わないのなら、これ以上続けても時間の無駄だ」
中尉の言葉の意味が分からないのは、話の土台をすっ飛ばしているからだと感じた。
「そうですね。どこから話せばいいのか、どう話題を組み立ててよいのか、私も混乱しています」
「君も分からないのなら、いったい誰がわかるっていうんだい」
「・・・」
僕の返答に中尉は僅かに躊躇ったのちに、爆弾発言を吐き出した。
「いいでしょう。私も覚悟を決めました。貴方が悲観論者なのがおかしい理由を答えましょう。なぜなら貴方は・・・貴方は・・・」
中尉は息苦しそうに繰り返す。
「貴方は」
「貴方は共和国軍最低の最悪の作戦参謀、アンドレア・スープン准将だからです」
僕はさく裂した爆弾から身を守るべく、カフェテリアの席をけった。
「逃げないでください」
中尉が同じように立ち上がり、僕の腕の袖をつかんだ。
その力強さに必死さが込められている。
「逃げはしない。ここで話すべき内容でもないだろう。話の続きがしたいのなら付いてこい」
僕は大きな歩幅でカフェテリアを出ていく。テーブルの上には誰にも手を付けられなかったコーヒーが二つ。
建物を出て駐車スペースへと歩を進める。その後を中尉が小走りに続いた。
こいつは大変なことになったぞ。
完全に想定外だ。
「作戦参謀アンドレア・スープン准将」だと。
このワードが出てくるということは、彼女は、グリーンウッド中尉は僕と同じ転生者だ。
それ以外に考えられるか。
いや、ない。
成程、僕がこの世界に転生した様に、他の人間も転生していたのか。
少し考えればわかりそうなことだけど、さすがにそこまで想像力を働かせはしなかったな。失敗した。
「乗りなよ」
僕は自分のエアカーの扉を開く。
中尉の顔に脅えの色が浮かんだ。
「この車は憲兵隊によって定期的にクリーニングされている。だから盗聴器の類はない。安心して話せる。乗らないのならそれでもいいさ。話もここまでだ」
僕の最後通牒に中尉は意を決して車に乗り込んだ。
僕も車に乗り込むと、自動運転を担当するAIに命じた。
「適当に流してくれ」
『了解』
音もなく車は走り出す。
しばらくの間、お互いに無言の時間が過ぎる。
中尉も体勢を立て直そうとしているのだろう。軍の敷地を出たところで僕が口火を切る。
「いつ、気が付いた」
「貴方と私が、同じ立場の人間だということにですね」
「そう。君も僕と同じように前世の記憶がある。そうでないと、あの台詞は出てこない」
「確信を持てたのは、たった今です」
「つまり僕をカマにかけたという訳か」
「はい」
中尉の策略にまんまと乗せられたということか。
しかし、あの場でごまかせたとしても、発覚は時間の問題だったかもしれない。
「ですが最初に違和感を覚えたのは、士官学校の頃です」
「違和感? どんな違和感だい」
「私の知っている。少なくともお話で語られているアンドレア・スープンと、実際の貴方との乖離です」
「実際の僕との乖離か。小難しいことを考えたもんだ」
言われてみればゲームの中のキャラと僕は、随分と乖離しているだろうな。
僕は彼を、アンドレア・スープンを演じようなんて思ったことは一度もないから、ある意味当然の結果だ。
「君はこのゲームに詳しいみたいだね」
「いいえ。私はこのゲームを知りません」
僕の予測に明確な否が返ってきた。
「そんなはずはないだろう」
「正しくはゲームをプレイしていません。ゲームから派生したコンテンツを知っているだけです」
「ああ、そっちか」
このゲームは大人気になったため、小説や映画、アニメなどに波及していた。彼女はメディアミックスのユーザってことか。
「私の知っているアンドレア・スープンは極度の自信家で、他人の事を見下し、そのくせ劣等感の塊。後ろでこそこそ画策して、自分は決して矢面に立たない卑怯者。人の足を引っ張ることしかできない無能な存在」
「言いたい放題に言ってくれるね。その通りだから否定も出来ないけど」
自分で言うのはいいけど、あらためて人から言われると、腹が立つな。
「そんなアンドレア・スープン准将と、いま私の目の前にいる貴方との乖離です。貴方は特に偉ぶったりもしないし、人の足を引っ張ったりしないし、無能でもない。友人も多く社交的です」
「おほめ頂き、恐縮です」
「ただ、転換性のヒステリーを起こすことは同じ」
「持病だからね」
貶したり持ち上げたりと忙しいな。
「そして何より、私を意図的に避けていました。ですよね」
「はい。まぁ。避けていました」
あれれ。バレていたのか。露骨に回れ右をしていたから当然かな。
「本来のアンドレア・スープンであれば、行わない行為だと感じました。だから、もしかしたら貴方も私と同じように、この世界に飛ばされたのではないかと。だから意図的に私と接触しないように心がけているのかもしれない・・・」
「大した観察眼だ。僕は君に違和感を覚えたことは・・・」
あるな。
あるある。
原作のグリーンウッド中尉も気が強かったけど、もう少し猫をかぶった性格だったと思う。ブルーリボン連隊の強者の横っ面を、いきなりひっぱたくことはしないだろう。少なくとも踏みとどまるだけの自制心は持っているはず。
だが、実際はこれだよ。
物事には色々なところでサインが出ているもんだ。
「あるのですね」
「まぁ、気の強さと喧嘩っ早さは五割り増しかな。そこがグリーンウッド中尉ではなく、本来の君の個性だね」
僕の返答が気に入らなかったのか、中尉はぶすっとした表情を浮かべる。
この人、口よりも表情の方が雄弁だな。
「少佐殿」
「アンドレアでいいよ。こうなったら少佐も中尉もない。僕たちは対等な立場だ」
「分かりました。では私の事もシェリルと」
「了解だシェリル」
「では、アンドレア。お願いがあります」
「何でしょう」
「死んでもらえませんか」
本日、二つ目の爆弾発言が炸裂した。
「死んでくれか・・・」
「はい」
この爆発には僕は動じなかった。
「言わんとするところは分かるよ。僕が君の立場でもそう考えるだろうからな」
「包み隠さずに言えば、私は貴方を殺したい」
シェリルは腰のホルスターから電磁ガンを抜き取ると、僕の額に押し付けた。
痛い。
僕はシェリルの瞳を凝視する。
純粋なまでの憎しみ、怒り、恐怖、そして強い意志の力が宿っているように思えた。
「僕を殺したいか」
「はい。お願いですから死んでください」
「衝撃的な告白だ。ありふれた愛の囁きよりも情熱的とさえいえる」
「私は本気です」
シェリルは銃口をさらに押し付ける。
「だろうね。僕も冗談には聞こえない」
「貴方が死ねば、数百万の将兵の命が助かり、その家族の嘆きが消えます」
「その通りだ」
「なによりも、父やあの人が死ぬことはありません」
シェリルの声が一際大きく響く。
ほとんど絶叫だ。
「あの人ってのは、君の旦那の話だな」
「はい」
僕に向けられた銃口が、小刻みに震える。
「人一人殺すには十分すぎる動機だ」
「私もそう思います」
「では、引き金を引くといい。ヒトラーを、あの独裁者をうだつの上がらない画家志望の時に射殺するようなものだ。それで多くの人の命が救われる。もしかしたら似たような人物が現れるのかもしれないが、奴よりも残忍でもなければ、優秀でもないだろう。やってみる価値は大いにある」
「貴方もそう思いますか」
「思うね」
シェリルは荒れた呼吸を整えようとする。
「では、なぜ生きているのですか。多くの人に不幸を振りまく存在だと認識しているのに」
「死にたくないから」
「・・・それだけ。それだけですか」
「それだけだ。僕にとっては十分すぎる動機だ」
言いたいことを言ったので、僕もホルスターからマグナム44を抜いて、シェリルのお腹に突き刺す。
こんなことに使うとはね。予想外だよ。
「さあ、撃つがいいシェリル。その引き金に力を入れれば、数百万の命と君の大切な人の命が救われる。だけど僕もタダでやられてやる訳にはいかない。代償として君の命をもらっていく。これでチャラだ。死出への旅の道連れってわけさ」
「死なば諸共ですか。情熱的な告白です」
「君には及ばないけどね」
僕とシェリルは互いに銃を向けて睨み合う。
実際、彼女が先に引き金を引けば、僕は成すすべなくあの世行きだろう。
だけど何もしないで、やられるだけってのも格好がつかない。
どれぐらいそうしていただろう。僕はあることに気が付いて、口にする。
「ところでシェリル」
「なんですかアンドレア」
「君の銃だけど、セイフティーが掛ったままだよ。それでは僕を殺せない」
「そういう貴方も訓練モードのままではありませんか。訓練弾では私は死にません」
「あっ。そうだった。うっかりしていた」
「うっかりですか」
「うっかりだよ。だって君に銃を向けるなんて考えてもみなかったもん。うっかり忘れもするだろう。次があったら気を付けることにするよ」
僕の返答にシェリルはその瞳を大きくした。
「プッ」
「ハハッ」
僕とシェリルは同時に笑い出し、そして同時に銃口を下げた。
しばらくの間、車内に笑い声がこだまする。
いったい僕らは何をやっているんだろう。そんな気分さ。
「貴方に銃を向けたことを謝罪します。アンドレア。ごめんなさい」
シェリルが深々と頭を下げた。
「ですが、あれは私の偽りない感情です。貴方が死んでくれればいいと本気で思っています。ですが同時にそれは違うとも感じています。私の貴方への憎しみは、私本来の感情ではありません」
「んっ。どういう意味だい」
「貴方も同じではありませんか。私たちの心の内には、前世の自分と、ゲームのキャラとしての自分が同居している」
「ああ、それなら良く分かる。僕も未来を知りながら軍を辞められずにいる。何度か考えたが、強い拒否感に襲われ実行できない。このままでは破滅すると分かっているはずなのに」
「私もです。貴方を殺したいというのは、私のキャラに植え付けられた感情であって、私の本心ではありません。本来の私は貴方に恨みはありません」
「それは良かった」
「でも、士官学校で初めて貴方と遭遇した時は、危なかったのも事実です。自分を抑えられたのは、貴方が私を見るなり逃げだしたからです」
「それなら僕も覚えている。こん棒で殴られたような衝撃を覚えて、回れ右をしたからね。そうか、あのまま進んでいたら、そこで殺されていたのか」
「恐らくは、そうなったでしょう」
「どこで死ぬか分かったものじゃないね。人生ってのは」
「はい」
シェリルは電磁ガンをホルスターに収めた。僕も収める。
「謝っておいてこれを言うのは気が引けますが、私も言いたいことが言えてスッキリしました」
先ほどまでの鬼の形相が嘘のように、朗らかな笑顔がシェリルに広がる。
「言いたいことって、僕を殺してやるってことかい」
「それ以外に何があるの。これ以上この気持ちを抑え込むと、どこかで暴発しそうで不安でした」
「今日でその鬱憤が晴れたという訳か」
「そうですね。一度でいいから貴方に面と向かって、殺してやると言ってみたかったのです。ありがとうございます。これで今日からぐっすり眠れます」
こんな奇妙なお礼があるのかよ。
はぁ。
取りあえず今日が僕の命日ってことだけは避けられた。
意外としぶといぞ。アンドレア・スープン。
「ところで一つ質問なんだけど、僕たち以外にもいるのかい。この世界がゲームであると知っている人物は」
「どうでしょうか。少なくとも私が知っているのは貴方だけです」
「君の御父上はどうだろう。あの人は共和国軍の重要なキャラだ」
「父は違います。何度も探りを入れましたが、気配すらありません」
「ならば君の旦那はどうだ。あいつは共和国軍のエースだ。会ったことがあるはずだよね」
「はい。母の実家の惑星から脱出するときに出会いました」
「そうそう、ラナ・リッエトの奇跡。どうだった」
「あの時は、私の自我が芽生えていませんでしたから何とも言えません。記憶としては存在しますが、どこか他人事のように感じます」
「そうか。僕も前世の自我が芽生えたのは、士官学校に入学する直前だったからな」
「私もです」
「となると、今の奴には誰かが乗っかっているかもしれないね」
「それは大いに考えられます。アンドレア。貴方はどうですか。このゲームのキャラに会いましたか」
「うーん、僕も君以外には会った事が無いな。報道とかで画面越しに見たことはあるけど。あっ、ケストレル少佐には会った」
「ケストレル少佐・・・すみません。誰ですか」
「帝国軍のキャラだよ。白髪が似合うイケメンさ。いい声だった」
僕は一年前の事を思い返す。
「帝国軍? どこで会ったというのですか」
「情報部時代。中立国で彼と交渉した」
「ああ、あの時ですか。理解いたしました」
シェリルは何度も頷く。
「知っているのかい」
「はい。貴方の動向は逐一監視していましたので」
「怖い。今サラッと怖いことを言ったよ」
「危険人物の動向をチェックすることは当然です。それでケストレル少佐はどうでしたか」
「仕事の話しかできなかったからね。分からないよ」
「仕方ありませんね。確実なのは、私たち二人だけですか」
「そうなるね。でも、他にもいるのは間違いないだろう」
「はい。今後はそう考えて行動すべきです」
「了解した」
もしかしたら、僕らと同じような苦しみを抱えているかもしれない。
「そうでした。大事なことを確認していませんでした」
「なんだい」
「アンドレア。貴方は貴方の運命に立ち向かう気はありますか。私はあると確信しています」
「君が先に答えを言うのかい」
「では、あるのですね」
「ある。僕だってこのままでいいとは考えていないよ。知ってるかい。僕の最期。それはもう悲惨なものさ。あんな目には絶対に遭いたくない。数百万の将兵も君の親父さんや旦那だって殺したくはない」
僕の様子を注意深く観察していたシェリルが、安堵の息を吐いた。
「いいでしょう。では私は貴方の味方です。貴方に協力します。一緒に悲劇を回避しましょう」
「いいのかい、それで。殺したいんだろう僕の事」
「それとこれとは話が別です」
「殺したいことには変わりはないのか」
「はい。これは私の中にある根源的な欲求です。変えようと思っても変えられるものではないでしょう。そうですね。苦しまずに殺すことが、私にできる最大の優しさです」
「優しく殺してあげる、か。君のような美人に言われると悪くない」
「・・・変態ですか」
「わりと。だって僕はあの悪名高き、アンドレア・スープンなんだぜ」
「そうでした。貴方と話していると忘れそうになります」
僕はシェリルと連絡先を交換した。
今後の事が相談できる相手が出来たことは喜ばしい。
僕一人では難しかったけど、協力してくれる人物がいればあるいは・・・
そんな希望が生まれ、奇妙な幸福感に浸ることができた。
「ところでアンドレア」
「はいはい。何でしょう」
「この車はどこへ行くのですか」
「どこって・・・」
僕は改めて外の景色を確認した。
車はハイウェイをぶっ飛ばしている。窓の両側からはビルが消えさり、緑色の田園風景が広がっていた。
僕らが銃を突きつけ合っていた間に、車はかなりの距離を進んでいた。
「ええっと。このままだと30分ほどで、トランジメナー湖に到着する」
僕は車のパネルを操作した。次のインターで降りて街に戻ろう。
「どうしてそんなところへ」
「いつもこの辺りをドライブしているからかな。AIが僕の普段の行動から選んだのかも」
「ふーん。どんなところですか」
「どんなところって、普通の大きな湖かな。水は綺麗だし風も心地いいから、休みの日にはよく行く。有名な観光地でもないから人も少ない」
「風が心地よく人気が少ない」
「ああ、特に今の季節はいい感じだ。ぼーっと湖面を見ているだけでも癒される」
「私は行ったことがありません」
「そうなんだ」
僕の相槌に、シェリルはわざとらしく咳払いを返す。
「私は行ったことがありません」
「・・・んっ? それは行きたいってことかい」
「はい」
「でも勤務中だろ。僕は悲しき窓際族だから時間はあるけど君は・・・」
「今の自分は憲兵隊の少佐殿から尋問されている立場です。勤務中とはいえ上官の命令には逆らえません。だから私の意思とは別に、湖に行くこともあるでしょう」
「どんな理屈だよ」
まるで僕が職権を乱用して、気に入った女の子を誘い出しているみたいじゃないか。ナンパよりひどいや。
「僕だけが悪者じゃないか」
「だって悪者でしょ。貴方は」
シェリルは肩をすくめて見せた。
グリーンウッド中尉の仮面の下から、悪戯好きな女の子の姿が浮き上がる。
「うーん。それが本来の君の姿ってわけだ」
「ええ。いい子ぶるのも疲れるの。気が抜けたから今日はもうお休み」
「自由人だな」
僕は行先の変更をやめた。
続く
最後までお読みいただきありがとうございます。
えーっと。はい。二部作で収まりませんでした。中編です。申し訳ございません。
次の後編で終わるはずです。
(´・ω・)。番外編へと続いたらどうしよう・・・