23時間目 とうとうデレたのか!
はい。今日は学校でした。
まぁそれはどうでもいいですね。
「何を読んでるの?」
その日、ギリギリで登校する俺にしては珍しく早い時間に学校にいた。時刻は七時五十分。下駄箱から俺のクラスがある三階までは歩いて約二分の距離だ。そして、恐らく誰もいないであろう教室の戸を引くと、燈邑司が窓際、前から一番目の自身の机の上で読書をしていた。彼女が何を読んでるのか気になった俺は読書中の人にしてはいけない質問をしてしまった。
「…コレ」
その無機質で無感情な目(と言ったら彼女に失礼だが)は俺をじっと捉えて離さない。見つめ合って分かったのだが司の目はとても綺麗だった。
俺は彼女に近寄り、読書を中断させ、あまつさえブックカバーをわざわざ外してくれた事に謝罪の言葉を述べて、司の持っていた本のタイトルを読み上げる。
「ユッリユリにしてあげる、7巻……」
こんな本がシリーズ化されている事へ驚いているからかどうかはわからないが、その数字の七がやけに輝いて見える。…なんてけしからんタイトルだ!?
表紙にはメインキャラなのであろうツリ目で黒髪ポニーテールの女の子がこれまた黒髪の少女に抱きつかれて頬を朱色に染めていた。
「このシリーズは現在七巻まで出ているが、売れ行きは好調。2007年に出た一巻は口コミでその人気を徐々に上げていき、2008年には“最新ライトノベルズランキング”という雑誌で一位になった。一巻の内容は男の主人公が大学受験に失敗したところから始まり、その後就職も出来ずにバイトで生計を立てていたが、自殺を決意し、一人暮らしをしていたアパートの屋上から飛び降りる。が、黒い翼を持つ死神と出会い、もう一度人生を高校生からやり直さないか、と提案されたので承諾。彼の人生は女性としてスタートした」
そこまで一気に喋り彼女は止まった。また先程と同じく司が俺を捉えて離さない。
まさか、あんまり他の人と交流しているところを見たことがない無口キャラの燈邑司にラノベ好きという趣味があったとは…というか何?何でそんなに饒舌なの?あと“最新ライトノベルズランキング”って何?
「…取り乱した」
司はそれだけ言うと、読書に戻ってしまった。その横顔がなんとも寂しそうに見えるのは俺の錯覚なのだろうか。
いや、そもそも司が無口だったのはこういう反応をされると分かっているからではないだろうか。俺達が司を無口キャラに追いやったのだとしたら?俺は彼女に何が出来るだろうか。
ネギを持って髪型をツインテールにして歌って踊ってみるか?いやそんなことでは断じて違う。もっと司に近寄るべきなのでは…?
近寄る?
「お手をどうぞ…」
「…?」
俺は司に跪き、司の手に触れてみる。案の定すごく戸惑っているようだった。頭にハテナが沢山浮いている。
「って意味が違うだろ!!」
俺は彼女のハテナで正気を取り戻し、自分にツッコミを入れた。
「…??」
ほら見ろ、俺。ハテナが一本増えてしまったじゃないか。どうしてくれるんだ?全く… “近寄る”のベクトルが違うだろ!
「それの一巻貸してくれって言ったら…貸してくれる?」
俺は勇気を持ってそう告げる。これが正しい回答かは分からないが俺なりに悩んで出した最上級の回答だった。
「……どうぞ」
司は滅多には見せない驚きの顔とこれまた滅多に見られそうにないちょっとした笑顔を見せてくれた。そしてその文庫本サイズのブックカバーに包まれた一巻と思わしき本を手に取り、俺へと渡してくる。
「じゃあちょっと借りてくな」
そう彼女に告げて、俺は音楽室へと向かう。目的は勿論ギターの練習だった…美羽を教えていたせいで弾けると勘違いされてしまったからな。せめて、本当に“弾ける”レベルまで到達せねばなるまい。
特別教室などがひしめき合っている特別教室棟への渡り廊下を歩いている途中で異音に気づいた。それはよく聞いてみるとギターの音だった。
誰かいるのかな?いるとしたら音楽室内で鉢合わせになるだろう。その場合知らない奴だったら気まずく、知っている奴でも気まずくなるという非常に好ましくない事態に陥る。
行くべきなのか、行かないべきなのか…いや、折角朝早く起きたのだから行くべきだろう。それに二・三年がわざわざ早く起きてギターを弾くなんて考えづらい。ということは一年生の可能性が高い。
特別教室棟の三階へと続く階段を上りきると目の前には音楽室があった。少しだけドアが開いていたせいで、本来の防音効果を発揮せず、ギターの音が漏れてしまったのだろう。
俺は中をこっそりと覗いてみた…そこには----
「早乙女!?何してるんだよ!?」
「お~奇遇じゃ…不思議な縁で巡り会った、じゃん!」
どんだけ辞書的な意味好きなんだお前は!!言い直すなよ!奇遇だけでいいじゃん!
「…まぁいいや。俺もここで練習してもいいか?」
俺は少々脱力気味にそう言った。
「あぁ、普通にいいよ」
ある程度この言葉は予想通りだった。だから聞き終わる前に俺は隣の音楽準備室に入り、立て掛けてあるギターを持ち出す。チューニングをやる時間がないため、一番音があっていると思われるギターを選んだ。ついでに隅っこの方に置いてある“ギター超初心者”という雑誌?も拝借した。
音楽室へと戻ると早速俺はその雑誌っぽくない本(この本が教則本だということを知るのはまた少し先である)を開く。
『まずはドレミファソラシドを弾いてみましょう』
ふむふむ、まずはドレミファソラシドを弾くんだな。
『ギターではTAB譜と呼ばれる譜面を用います。これで視覚的に分かりやすく弾いていくのです。』
これは “たぶふ”って読むのかな?
『TAB譜というのはオタマジャクシのしたにある数字と横線の事です。横線は下から一番太い六弦、五弦、四弦を示しています。一番上が一弦、一番細い弦です』
ほうほう、この下にある数字はさしずめ押さえる番号か?
『数字は押さえる場所を示しています。例えば下から二番目に3と書いてあるとしたら、五弦の三フレットということです』
お!当たった!つうかフレットってなんだよ?
『フレットというのは銀色に光っている、その鉄の棒の様なものです。上から一フレット、二フレットとなっています』
成る程、しかしこれは銀色と言うより銅っぽい色になっているぞ?
『それは弦が錆びているのでしょう。汚いですね』
五月蠅い!お前は喋るな!解説だけしていろ!
『恐縮です』
俺は気にせずドレミを弾いてみるが、音が綺麗に出ない。何故かビリビリと鳴ってしまう。
『音がビリビリと鳴ってしまう場合はフレットの際を押さえてみてください』
言われた通りやってみると、今度はビリビリ鳴らなかった。おお!感激だぁ!
【雑誌が喋っても気にしない! を覚えた】
あれから夢中になってチャイムが鳴るまでずっとドレミばかりやっていた。そのせいなのか、左手の人差し指・中指・薬指・小指の腹の皮がペラペラになっていた…しかも焼けるように痛い。
「すげぇな。まさか、あんな滑らかに指動かせるなんて」
「だろ?」
まだまだ弾けない分際で威張るな、と言われてしまうだろうが、俺にとってこれは凄い進歩だ。やっている途中ちょっと楽しくなったのは内緒である。
「今度さぁギターとか教えてくんね?」
ギターを片付けて教室へと戻る途中、由姫はそう言った。ちなみに、丁寧に説明してくれた本には元の場所でお休み頂いた。
「いや、お前と同じレベルなのに教えるも何もないだろ?」
「ん~、音楽系はどうも苦手なんだよね。スポーツ系なら得意なんだけどさ」
それはなんとなく分かる。音楽は聞く専門だったところへの楽器投入だからな。下手で当然だ。
「じゃあ教えられる範囲でならな」
その気持ちが分かるのでそう言った。すると由姫はそれでもいいよ、と言った。
しばしの沈黙。しかしそれは普通教室棟への渡り廊下を渡る途中で破られた。
「そうだ唄、歌うの得意?」
「はぁ?唄?…得意かどうかは分からないけど好きだよ?」
質問の深意が分からないのでそう答えた。
「じゃあさ、カラオケとか大体何点いく?」
それは平均点数の事だろうか。
「えっと…平均点数か?」
俺が質問すると由姫はそうだと答えた。平均点数か…気にしたこと無かったな。
「ん、まぁ八十は当然超えるな…五とか六辺りじゃないか?」
「マジで!?」
俺の答えが気に入らなかったのだろうか、ひたすらにうんうん唸っている。そして何かを決意したのか顔を上げた。
「じゃ、今度唄教えてくんね?」
「ああ…まぁいいけど…?」
由姫の妙な行動はこういう意図があったのか。
少し俺も考え込む。そうか!
「とうとうデレたのか!」
俺は一つの結論を出した。そう、彼女はデレたのだ、と。
「否定はしないぜ」
いや、しろよ…俺がアホみたいじゃいか。
「取り敢えずまたね」
由姫の言葉に気がつき、周りを見ると一組のクラスの前にいた。俺も彼女にまたな、と伝えて中に入る。
「何処行ってたの?」
「だから後ろから抱きつくのは止めて。暑い」
席に着くと美羽が後ろから抱きついてきた。
「おはよう麻衣」
「おはよー咲夜」
咲夜の笑顔に笑顔で返す。咲夜と話していると妙に和む。彼女はそんな空気を持っていた。
「その右手の本は?」
そういえばずっと持ち歩いていた事をすっかり忘れていた。自分でもよく音楽室に忘れなかったなと思う。しかしその話題には触れてほしく無かった。だって、タイトルが“ユッリユリにしてあげる”だぜ?しかも一巻だぜ?
「えっと…ユッリユリにしてあげる」
正直に答えてしまった。空気が冷たくなった気がした。
「麻衣も読んでるの!?それあたしも読んでるよ!」
と、いうのは気のせいだったようで逆に美羽は興奮しているようだ。つうか耳元で喋るな!耳が痛い。
「司に借りたんだ」
「へ~ちょっと話ししてくるね」
そう言うと美羽は司の下へと行ってしまった。なんだかあの二人が喋っているところを見ていると妙に見守りたくなるな。
「なんか見守りたくなるよねぇ」
不意に咲夜がそう行った。一瞬言葉にしてしまったのかと思ったが、直ぐに違うんだと分かる。
「そうだね…」
彼女のあの瞳が物語っている様に見えた。すごく愛おしそうに見つめている。司へと目を向けている俺もそんな顔をしているのだろうか。
あ、司の瞳が光った。もう彼女は饒舌に喋っているのだろう。俺の時と同じように。
「はい、席に着け」
先生が来た。
今日も残暑が厳しそうだ。
ところで、みてみん様に投稿してみたのですが…絵を。
挿絵にするには少々見えずらいかと思いますので、やめます。
もし、ご覧になりたい方はみてみん様のページで探してみてください。
なろう様で書いているときと同じ名前、出雲ちくで投稿しています。
そして、イメージを固めたくない方、下手な絵を見たくない方は迷わず見ないことをオススメします。