13時間目 お前…視力弱くなったんじゃね?
「あーぢー…」
夏休みまっただ中である八月十二日の午後…俺はケータイの電源をもう二十日以上つけずにほったらかしにしている。理由は電話やメール等からの友人達の誘いをうけないようにするためである。まぁ俺なんか誘う奴はもういないだろうがな。男時代に彼奴らとは縁を切ったわけだし…。
「彼処行くか…」
俺は三戸東高校の夏服(Yシャツにネクタイとベスト)を着て外に出た。今履いている黒の学校指定の靴は男時代の物が合わなかったため仕方なく二番目の姉が昔履いていたのを借りている。足のサイズが一緒だったのは少し驚いたな。更に言うと二番目の姉は三年前に、今俺が通っている三戸東高校を卒業したのだ。
今日は愛車(ただの自転車だがな)には乗らず歩きで目的地に向かう。エコだろ?それはともかくとして、俺は運動公園へと向かう。虫に刺されないようにスプレーも忘れてないぜ。
着いた先はラグビーだかアメフトだかをやる競技場、ちなみにここまで五分。俺は丁度日陰がある芝生に寝っ転がった。家よりも快適な気がするのは日陰があるからだろうか…それとも人気が無いからだろうか…それとも――。
目を瞑る…風が心地良い。このスポットは俺が年間でよく訪れる場所ベスト5に入っている。春夏秋冬で寝っ転がる場所は変わるが…。
一体何時間経ったか…腕時計を確認すると三時だった。なんだ、まだ二時間しか経って無いじゃないか、と上半身を起こすと―――
「…」
俺は黙ってしまう。なんと多分男の子(多分をつけたのは顔だけでは性別が判断出来ない為)が俺の頭があった場所に座っていた。
「…」
「…あー」
俺が呟くと俺よりも少し小さい位の背丈の子はビクッと体を震わせた…なんか面倒な事になるかもな。俺は笑顔を作りつつ訊ねた。
「私は岡田麻衣。君の名前は?」
「…えと…姫川楓…です」
姫川のご両親さん…なんて中性的な名前を…。しかし声でもわからないのは…どうしよう。
「あ…あの」
俺が考え込んでいると姫川が話しかけてきた。
「ここ…えと…よくきますよね」
「え?…うん、まぁ」
「僕も…その…よく来るんです…ここ」
「ふーん。じゃあ家は近いの?」
「そう…ですね。結構」
「私も家近いんだよ。こっから五分くらい」
「そうなんですか…」
「うん」
「…」
黙ってしまった…ま、それならそれで俺は構わないんだが…姫川の事をもう一度よく見る。非常に可愛いらしい、一人称が『僕』みたいだから多分男なんだろう…しかし長い睫毛や白い肌を見ていると自信なくなるな…。
「えと…なんでしょう?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「?そうですか…」
「…」
沈黙再び!俺は乗り切れるだろうか…ああ…せめて化学部メンバーの誰かここを通らないかな…。などと淡い希望を抱いていると丁度良く早乙女がジョギングをしているではないか!
「じゃあ楓くん、またね」
「あ…はい…すみませんでした」
俺が手を振ると彼も振りかえしてくれた。俺は早乙女が荷物を置いたであろう場所へと歩いていった。
「おっす。暑い中よくやるよな」
俺はわざと嫌そうな顔をして、屈伸をしているそいつに話しかけた。
「んー、まぁ習慣ってやつなんだよな。でも週三しか走ってないぞ?」
「充分だっての…」
「そーゆうお前も結構良く会うよな?」
「まぁね、中学時代に見つけたあのスポットに行くのが日課さ」
「ああ、あの柵で囲われてる競技場だよな」
「そうそう、夏は涼しく冬は寒いというあの場所さ」
「ああ、あの柵で囲われてる競技場だ―――」
「そーそー夏は涼しく冬は寒いというあの場所さー!」
「…ほらぁ周りの人見てるでしょ?そんな大声出さないの」
「誰のせいなんじゃ!」
「岡田?」
「ちげぇよ!?」
「いや…今のは呼んだだけなんだけど」
「……」
今俺の顔に殺意の色が見え隠れしてるはずだ…むしろ見え隠れして欲しい。そんなアホな会話のインターバルをとる為に運動公園入り口の所を仰ぎ見ると先程の楓くんがいた。俺はすかさず手を振る。しかし彼は直ぐに走り去ってしまった。
「お前何に手を振ったの?」
早乙女が怪しげなモノを見る目でこちらを見てきた。
「お前…視力悪くなったんじゃね?」
「まぁそうかもしれないけどさ、それでも誰もいない場所に手を振るなんて事はしないぞ?」
「お前…視力悪くなったんじゃね?」
「うん。そうかもな」
成る程、こういう回避方法があったのか…覚えておこう。俺は早乙女に背を向ける。
「またな」
「はいよ」
最初のは早乙女の、後のが俺のだ。週三で走ってるって言ってたけど、俺がここに来るときは必ずいるのは何故なんだろうな。
関係ないか…。俺は家へと戻った。
ありがとうございました。
最近短くなってたので今回は前の話の倍の文字数となっています。